第15話 霊界そして修業

 水の膜を通るような感覚とともに、視界が切り替わる。入り口を抜けた先は家ではなく草原だった。近くに川が流れている以外は何もない。振り返れば先ほど通ってきた入り口が閉じていくところであった。


「これ、どうやって戻るんだ?」

『先ほどと同じようにしてくれれば、最初に入り口を開いた場所につなげられるゆえ、問題ないのじゃ』

「そうか、なら早速やろうか。何からすればいい」

『うむ。まずは一対一ならば基本となる身体強化じゃの。近づかれたら戦えませんでは意味がない。魔力操作の練習にもなるからちょうどよかろう』


 身体強化は魔力を体内で循環させることによって、魔力量に応じた強化ができるらしい。竜司の魔力量は一般的な兵士二人分程度の魔力量だそうで、うまくできれば三から四倍程度の強化ができるそうだ。


「…思ったより難しいな、これ」


 左に回せば右が、右に回せば左が、とどこかに回せば違う部分に魔力が行き届かず、うまく循環させることができない。


『魔力を動かすのもイメージじゃ。お主の一番やりやすいものを探すとよい』


(イメージ、イメージか。循環、体内なら血液だろうか)


 魔力の位置は心臓の裏側。これならイメージしやすい。心臓の拍動に合わせ、血管を通り毛細血管へ、呼吸のために酸素が細胞へいきわたり、そしてまた血管を通って心臓へ戻る。全身へまんべんなく。


(できた!)


 ゾワリ。魔力の循環が完成すると同時に体の奥底から力が湧いてくるような感覚。この状態ならなんだってできる。そんな全能感が竜司を包み込む。


『見事じゃ』


 狐月の賞賛を聞きながら、ゆっくりと立ち上がった。まだ、気を抜くとすぐに途切れてしまいそうだ。竜司は自分の体の状態を確認すると、強化が途切れないように気を付けながら、軽く飛んでみた。

 ビュウと風を切る音とともに視界が切り替わる。軽く跳んだだけにも関わらず、竜司の体は地上から3メートルくらいのところを浮いていた。


「は、はは、ははは!すっげえ!」


 アニメや漫画の登場人物のような動きができている。その嬉しさのあまり笑い声をあげる。着地した後、体を痛めた様子もない。本当にただ軽く跳んだだけといった状態だ。


『うむ、では次はその状態で、魔法が使えるようにと言いたいところじゃが、今日はいったんここまでにしよう。もう深夜を過ぎておる」


 思ったよりもかなり時間が過ぎていたらしい。狐月に分かったと返事をし変える準備をする。


『ああ、そうじゃった。その強化は常に切らさずに生活するようにな』

「マジ?」

『うむ、マジじゃ』

「…わかった」


 そうして今日の修業は終了した。

 次の日、竜司は宣言通り学校を休み朝から霊界にいた。常に強化を切らさないようにしているせいか動きがぎこちない。強化に特化した魔装はここから魔力を消費してさらに強化の倍率を上げるため、今の状態が維持できないならば話にならない。なので、今日はこの状態で自然に動けるようにすることと、この状態で魔法を使えるようにすることが目標だ。


「っ。これホント難しいな」

『まあ、こればかりはなれじゃ。頑張るしかあるまい。ほれ、また崩れかけておるぞ』


 草原を走りながら、強化を維持し続ける。強化のおかげか体力的には問題ないため、あとはどれだけしっかり維持できるかである。ひたすら走り続けること数時間。昼頃になってようやく形になり始めた。


『ふむ。これくらいならいなら、戦いにも間に合うじゃろう。なら、ここから魔法を使う練習じゃの』


 ということで、ここから魔法で水を出す練習を開始。これが、身体強化で動くよりはるかに難しかった。全身を循環する魔力から、一部切り離して魔法を使用する。この切り離すというのが、異常に難しい。少し気を抜けばすぐに強化が切れ、また最初からやり直し。

 これをひたすら繰り返すこと三日。ようやくすべての動きが自然にできるようになった。

 そして四日目、模擬戦まで残り今日を入れてあと三日。


『この分なら、魔装の能力について説明しておこうかの』

「能力?自然の力を操るとか言ってなかったか?」

『それもそうじゃが、もっと詳しくといったやつじゃ』


 狐月曰く、まず前提として魔装なしでは魔法は個人の適性のある属性しか使えない。そのうえで契約すれば、魔装の持つ属性も魔法として使えるようになるらしい。狐月の場合はほぼすべて。魔法型ならこれが基本らしい。そこからさらに魔装固有の能力というものがあるらしい。これは強化型の魔装でも変わらず、必ず一つはあるそうだ。

 そして、魔装にはさらにもう一段階上の能力があるらしいが、竜司ではまだできないのでできるようになったら言うとのことだった。


『妾の場合は変質。モノや魔力に特性を加えたり変化させたりできる。効果は主のイメージしだいじゃの』

「なるほど…。それを説明したってことは、今ならうまく使えるってことか?」

『うむ』


 ならばと、いろいろ試してみようかと考えたところで、少し気になることができた。


「てことは、この雪花にも固有の能力があるってことか」


『そうなるの』


「それが何か分かればいいんだが」


 と竜司と狐月が話していると、急に雪花が震え始めた。


『…。……』


「なあ」


『うむ、何を言っているかは聞こえんが…。確かに反応しとるの』


 何か伝えたいことがあるのは分かる。だが、その声が聞こえない。どうすればいいか悩んでいると、狐月が思いついたのか提案してきた。


『主よ、魔力を流してみたらどうか。妾達は魔力を糧に存在しておるゆえ、何か変化があるやもしれん』


「確かに…。わかった、やってみる」


 早速、竜司は魔力を雪花に流し込んでみた。


「うおお!?」


『主⁉』


 途端、ものすごい勢いで魔力が吸い取られていく。ゴリゴリと消費されていく魔力に体が追い付かず、力が抜けその場にへたり込んでしまう。それでも雪花の吸収は止まらず、もう限界だというギリギリのところでようやく止まった。


『大丈夫か』


「はあ、はあ」


 狐月が心配そうに聞く。だが答える余裕はなく、肩で息をしながら仰向けに倒れこむ。そこに、狐月ではない声が聞こえた。


『魔力、回復、主、感謝』


 少し息を整えてから質問する。


「雪花か?」


『肯定。主に永遠の忠誠を』


「おう。けどよ、もう少し加減してくれると嬉しかったぞ」


『謝罪、反省』


 その言葉とともに、落ち込んだような感情がダイレクトに伝わってくる。言葉は無機質だが感情はかなり豊かなようだ。


「しゃべんの、苦手なのか?」


『肯定、思念、伝達』


 今度は嬉しそうな感情が伝わってきた。自分のことを理解してくれたのがうれしいのだろう。


「んで、代わりに感情やらイメージを伝える感じか」


『肯定』


 竜司はずいぶん変わったやつだなと思った。魔装にもいろいろなものがいるようだ。と、自分がさっきまで何を話していたのか思い出し、早速雪花にもどんな能力があるのか聞いてみた。


『能力。分裂、浮遊。力、操作。属性、光』


 言葉とともにそのイメージが伝わってきた。

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