第9話 魔力と組手

 昼休みも終わり、授業が始まった。5時間目は魔力学という教科だ。

 魔力学というのは、前世で言うところの科学。教科で表すなら理科といった立ち位置になのだろう。魔物を倒したら魔石が取れる。その魔石を使った変化や、それをどのように生活基盤に使用しているかというのを学ぶらしい。そのためこの世界には理科という教科はなく、非常に残念なことに、元素記号や楽しかった化学変化の勉強も無いようだ。

 授業の内容や、教科書を見て分かったのは、エネルギー源でありそこから抽出されるエネルギーを様々なものに変換して前世と同じくらいの生活基盤を形成していること。さらに高度なエネルギー塊として、魔晶石というものが鬼門内からとれることが分かった。

 魔力学は、エネルギーをどう変換するかだけが追及されていて、その原理にを解明しようという動きはないようだ。


「眠い…」


 したがって、内容も教科書を見て話を聞くだけであり、非常につまらないものとなっていた。今はなしている内容は、魔力の取り扱いを間違えた時の事故の例について並べているところだ。まるで新しい道具の取扱説明書の朗読を聞かされている気分だ。


「寝てはだめよ。竜司君」


 うつらうつらとする竜司にレーヴェが注意した。名前呼びなのは、昼休みに自分が名前呼びするのだからレーヴェもと竜司が言ったためである。


「ぐ…でも、これ教科書読んでるだけじゃん。これはだめよ、これは」


「それでもよ。魔力の危険性もしっかり把握しておかないと、何かあったときに困るわ」


 それはそうなのだが、内容が自分で教科書を読んでいたほうがましな感じなのだ。実践でもあれば違うのだろうが。


「それに来週からは魔力実践が始まるでしょう。余計にやっておかないと」


「まりょくじっせん?」


 聞いたことのない単語に疑問符を浮かべる竜司。その様子にレーヴェは驚いたように言った。


「まさか、わすれたの?体が成長して身体強化に適応しやすくなるのが今の時期。そこから、護身や将来、国軍や探索者になって困らないようにって魔力の扱いを学ぶのでしょう。それに、魔装契約もあるし」


「そ、そうか」


「そうよ」


 魔装契約というのは分からないが、来週から魔力を使うというのは分かった。レーヴェいわく、この魔力学は、魔力実践で無茶をやらかして事故が起きるのをできるだけ防ごうという意図で行われている面もあるようだ。

 だが、眠いものは眠いのだ。昼食後のただでさえ眠くなる時間だというのに、その授業が教科書の朗読なんて聞かされているのだ。起きて真面目に話を聞くなんてできるわけがない。そうしてまた夢の世界に旅立とうとするとレーヴェに起こされる。5時間目はおおむねこれの繰り返しであった。

 

 そして6時間目。竜司たちのクラスは運動場にあった。教科は護身術。ふいに魔物や犯罪者に襲われたときに少しでも生存率を上げよう。というのが目的である。ちなみに、対象に人がいるのは、平和と言われていた前世の日本と違い、テロに巻き込まれる可能性があるからだそうだ。そのせいか、この教科は1日に一回は必ずあり、2時間分とられている日もある。そして体育はない。


「よーし。準備運動は終わったな。二人組を作れ。男女は関係なしで構わん。相手が同姓か人間かなんて決まってないからな。ただ、前回組んだやつとは組になるなよ」


そう指示を出すのは護身の担当教師の吉岡だ。指示された生徒たちは各々で二人組を作り始めた。


(これは…。見事に避けられてるな)


だが、竜司とレーヴェの周りにだけ誰もいない。もとより、レーヴェと組もうと思っていたので問題はないが、ここまで避けられると、少しくるものがあった。


(まあ、なったもんは仕方ない)


そう思って竜司はレーヴェのもとへむかっていると、教師から声をかけられた。


「真島、今日は参加するのか」


「え、あ、はい。それがどうかしましたか?」


「いや、その、あれだ、事故の件からだな、この授業はほぼ見学だったから…」


なるほどなと竜司は思った。両親の死からほとんど参加していなかったのであれば、吉岡の言葉にも納得である。また彼はこうも言った。


「しかし、真島。お前なんか雰囲気変わったな。いつもは、言っちゃ悪いがもっと暗い感じだったしな。なんかあったか?」


何かあったかと言われれば、あった。だが、本当の持ち主は死んで別の人間が入ってます。など言えるわけがない。


「まあ、いつまでも下を向いてるわけにはいかないなと思っただけですよ」


だから、もっともらしいことを言ってごまかした。やはり、しっかりとみている人間にはわかるのだろう。この分だと、鈴音も違和感を覚えている可能性が高いなと竜司は思った。だからといって、完璧に演じるなど不可能なので開き直って生きていくしかないのだが。


「そう、か。…わかった。なんかあったら相談しろよ?俺は教師だからな。こういう時に頼ってもらうのが仕事だ。まあ、なんにせよ気を取り直してやるか。真島の相手は…、イルシュタインか?」


「そのつもりですし、何より他はもう決まってます」


「それもそうか。まあ、イルシュタインなら今のお前にもちょうどいいだろう」


そう言って吉岡は、元の位置に戻っていった。竜司も、レーヴェとともに指示された場所に向かい横に並んで立つ。


「よーし。全員用意はできたな。前回から引きつづき組手を行う。もうすぐ魔力実践もあるからな、動き一つ一つ意識してやるように。じゃあまずはじゃんけんして勝った方、攻めろ。負けたほうは一般人役。ひたすら防御だ」


なぜ、お互いに攻撃しないのか。そう竜司は思ったが、すぐに答えがわかる。


「何度も言ってるが、犯罪者や魔物なんてのは基本、お前らより格上だ。倒そうなんて考えるより、ひたすら防御して逃げるほうが生存率は上がる。だから受けるがわは、勝てるからって攻撃しないように。攻撃する側も自分だったらどうするか考えながら全力でやれ。それが、お互いのためになる」


『『はい!』』


実に最もな考え方である。これはきっと、生き残るために戦い続けるこの世界の積み重ねの結果なのだろう。納得した竜司はレーヴェのほうを向きじゃんけんをする。結果は竜司の負け。


「全員決まったなようだな。時間は救援が来るまでの平均時間4分。攻めるタイミングは各自に任せる。それじゃあ、はじめ!」


吉岡の号令とともに全員が構えをとる。竜司も周りを見て見様見真似で構えた。


「じゃあ、よろしくね」


レーヴェが言った。それに竜司がうなずく。


「フッ!」


瞬間。鋭い呼吸とともにレーヴェが踏み込み、その細腕が竜司の顔に向かって伸ばされる。


「ぬおおっ」


何のためらいもなく、顔を狙われ思わず声が出る。なんとか、横によけるが、レーヴェの攻撃は止まらない。よけたこぶしが開き再び顔を狙ってくる。頭を下げれば足が。それをよければ、今度は腹に向かってこぶしが。休む間もなく放たれる攻撃を竜司は必死でよけ続ける。

しばらくそれが続いていると、違和感に気づく。


(あれ、なんで俺よけれんの。普通だったら一回も当たらないなんてありえないはず)


そう、前世の竜司であれば絶対によけられない。それどころか全部命中してもおかしくないはずなのだ。それがよけることができている。


(っ…、見える。反応も、できる。たぶん、この体のおかげだ。こいつすごかったんだな)


そこまで気づくと、半ばパニックになっていた頭も冷静さを取り戻す。よけれると分かれば、余裕も出てきた。


(よく見ろ…。腕と足だけじゃない。全体を見て予備動作で何が来るのか理解しろ。ゲームと一緒だ。ギリギリなんて欲張るな。余裕をもって安全圏に移動しろ)


右突き。相手の右側面へ。薙ぎ払い。一歩後ろへ。左蹴り上げ。右側面から後ろへ。

攻撃が続くほど、時間が過ぎるほど、竜司は冷静にレーヴェの間合いを、癖を見抜いていく。動きの無駄がなくなっていく。


「そこまで!」


時間が来たようだ。同時にレーヴェがへたり込む。かなり消耗しているのだろう、彼女は激しく息を切らしていた。


「お、おい。大丈夫か?」


「大、丈夫、ではない、わね」


竜司の質問に、レーヴェは息も絶え絶えといった感じでそう返す。そこに教師の吉岡の声がかかる。


「イルシュタイン、いったん休め。その様子じゃあ次のは無理だろう」


「は、はい」


吉岡に言われ、返事はするが動く様子はない。よくよく見てみれば、手足が震えている。どうやら動かないのではなく、動けないようだ。


「肩かそうか?」


「お願い、するわ」


「わかった」


竜司はへんじをすると、レーヴェの腕を肩にかけ立ち上がった。そして、ものすごく後悔した。なぜ気が付かなかったのか。レーヴェは極めて美しい少女である。肩を貸すということは、その少女と密着するということである。運動場の端まで20メートルほど。その距離が果てしなく説く感じる。

だが、言ってしまったものは仕方がない。竜司は己の中の何かがガリガリと音を立てて削れていくのを歯を食いしばって耐えながら彼女を運んだ。


(く、組手よりしんどかった。なんて恐ろしいやつなんだ)


座ってお礼をいうレーヴェを見ながらそう思った。もう少しでまっすぐ歩けなくなるところであった。


「気にするな、じゃあ行ってくる」


「ええ、頑張って」


そうして、竜司はまた授業に戻っていった。


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