第7話 登校初日

 時は一日あいて月曜日。この体になって初の登校日がやってきた。すでに朝の支度は終えておりあとは、出発するだけだ。


「じゃあ行こっか。お兄ちゃん」

「おう」


 鈴音と二人で家を出る。今のところ通学路自体は変わっていないようだ。


「昨日は、大変だったね」

「ああ、書類に誓約書にいろいろやることがあったからな」


 昨日あったことを話しながら、見慣れた道を歩く。駄菓子屋、魚屋、制服の売っている服屋、シャッターの降りた商店街どれも懐かしい。


(思ったより、変わってるところは見つからないな)


 そんなことを考えているうちに、竜司たちは校門前についた。見上げた先にあるのは、なつかしき母校、ではなかった。


(でかっ⁉)


 記憶にあったものとは違い、ぱっと見だけでも3、4倍はあろうかという建物だった。


「お兄ちゃん?」


 驚きのあまり、思わず足が止まっていたらしい。突然立ち止まった竜司に鈴音や周りにいる生徒が不思議そうな顔を向けている。


「あ、ああ。やっぱでかいなって」

「そりゃそうだよ。1学年15クラスもあるもん仕方ないよ」


(じゅ、15クラス、だと?俺の時は4クラスだったんぞ⁉いや待て、それよりも俺、何組だ?)


「もう。お兄ちゃん?そんなとこで止まってたら迷惑だよ。早くいこ」

「あ、ああ。そうだな」


 そう言われて仕方なく、校門をくぐる。だが、問題が解決したわけではない。それどころか自分の下駄箱の場所さえ分からない。しかも、人数に比例して、昇降口も広くまた、下駄箱の数も多いのだからもうお手上げである。幸い、鈴音と別れる時の会話の流れで2年の下駄箱の場所は分かったが、それでもまだ15クラス分ある。刻一刻と過ぎていく時間に焦る竜司。


(どうする。どうすればいい。一つ一つ見ってたら日が暮れるぞ。何とかして自分のクラスがわかる方法を見つけなければ。…ッ!カバン自体は同じなんだからもしかしたら!)


 ひらめいた竜司は、カバンの小さいポケットのを開けあさり始めた。そこから出てきたのは生徒手帳だ。その内側には学生証が入れられてある。


(あった!あー、よかったぁ。14組とか1から見てたら終わってたな。教室は地図あるし、あとは席だけど…まあ、そっちは何とかなるだろ。…はぁ)


 ため息をつきながら、自分の下駄箱がある場所に向かう。学校はまだ始まってもいない。早くも不安になりながら竜司は靴を履き替え教室に向かっていった。


場所は変わって2-14教室前。中からはがやがやと騒がしい声が聞こえる。竜司にとって、ここはすでに未知の場所。緊張とともにドアを開ける。途端、教室が一気に静まり返り、全員が竜司を見てすぐに目をそらす。そのうちの一部が、そそくさと一つの机から離れていった。おそらくそこが竜司の席なのだろう。


(なんだよ、これ…。両親が死んだってのもあるんだろうけど、こいつはひどいな)


次第に喧騒を取り戻していく教室を眺めながら思う。おそらく、学校でもかなり浮いた状態だったのだろう。一様に腫れ物に触れるような空気を感じる。


「今日は、妹と来たのね」

「あ、ああ⁉」


隣から声をかけられた。その声の主を見て竜司は驚きの声をあげる。なぜなら、その生徒、少女の耳は長くとがっていたからだ。


「え、エルフだ」

「急にどうしたの?私はずっとこのクラスにいたでしょう。それとも、あなたも馬鹿にしに来たのかしら」


竜司の言葉に、眉間にしわを寄せ訝しむような表情で彼女は見返してきた。それに対し竜司は答えなかった。いや、答えられなかった。見とれていたのだ。そのあまりの美しさに。何も答えぬ竜司に彼女の表情はますます険しくなっていく。だが、それすらも様になっている。


「ねえ。聞いてるのかしら。ねえ!」

「っ‼すまん見とれてた。あ…やべ」

「は?」


思わず漏れた本音に、間の抜けた表情になる。そんな表情もやはり美しい。同時に教室もまた静まり返った。


「いや、真島。さすがにソレはないだろ」


近くにいた男子生徒が言った。その生徒には見覚えがあった。たしか、米村亮よねむらりょうという名前だったはずだ。顔が全く同じなので分かった。


「なんで?」

「いやだって、エルフのレーヴェ・イルシュタインだぞ?そりゃないって」


彼女の名前はレーヴェ・イルシュタインというらしい。図らずも彼女の名前を知れたことに感謝しながら、再度じっと彼女の顔を見る。


「な、何よ…」


白磁のような肌。金糸のような髪。ぱちりと開く大きな目に、宝石と見紛うほどに透き通った翠色の瞳。女神のごとくすべてのパーツが整った顔。そしてなにより、時折ピコピコと動く耳が、特に、かわいらしい。

竜司は米村のほうに向きなおり、言った。


「ちょっと何言ってるかわからない」

「いやわかれよ!エルフだぞ⁉役に立たずの魔法しかできない劣等種族じゃねえか」

「そんなことない!魔法だって役に立つ!」


思わずといった感じで言い返すレーヴェ。しかしその耳はしおれて下を向いている。表情ではわからないが、もしかしたら落ち込んでいるのかもしれない。


「立ってねえだろ。国防軍と探索者だって戦闘に魔法は意味ねえって言ってんじゃねえか。それに無駄に長いその耳が気色悪いんだよ!」

「…っ」


キッと米村をにらみつけるレーヴェ。強気にふるまっているが耳は先ほどよりもしおれている。きっと深いショックを受けているのだろう。探索者というワードや魔法についてなど気になることも聞こえたが、それよりも聞き捨てならないことが聞こえた。


「…おい」


低く静かに、だが、無視できない圧力を伴ってその声は発せられた。何人もエルフ耳を馬鹿にすることは許されないのだ。


「な、なんだよ」

「耳を馬鹿にするな」

「は?耳?いやだって、役立たずなうえに変に動くんだぜ?気色わりいじゃん。普通だろ、なあ」


周りの生徒も同意するように頷いていた。どいつもこいつもエルフ耳を馬鹿にする輩らしい。レーヴェの耳もしょぼくれている。


「そこが!いいんダロゥ!美しい容姿のアクセントにエルフ耳!この良さが、なぜ!わからない!動くのが嫌だぁ?そこが、いいんだろうが!それがわからないとか貴様らホントに人間か⁉」


魂の叫び。肩で息をしながら教室を睥睨する。静まり返った教室。皆一様にドン引きしたような視線を竜司に向けていた。レーヴェの耳も驚いたように上に伸びている。が、少しピクピク動いている。もしかしたら少し喜んでいるのかもしれない。

そんな、地獄のような空気の教室にチャイムの音が響く。それをきっかけにこれ幸いと自分の席に戻っていった。


「あー真島。なんか、よくわからんが、わ、悪かったな?」

「黙れ。貴様は敵だ」

「お、おおう?ま、まあがんばれよ」


逃げるように戻っていく米村を見送ると、どさりと椅子にすわった。レーヴェじゃないほうの隣の生徒がビクリとなった。きっと竜司の魂の叫びに感銘を受けたのだろう。


(エルフ耳を馬鹿にするなんて…。この世界は間違っている!)


そう強く思いながら竜司は朝のホームルームを迎えた。

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