第5話 叔父襲来

「ふんふんふんふ~ん」


 下に降りると鈴音が鼻歌を歌いながら、昼食を作っていた。材料的にチャーハンのようだ。


「何か手伝おうか?」


「いいよいいよ。お兄ちゃんは座って待ってて」


「そうか、なら出来たら言ってくれ。持っていくくらいはするから」


「うん」


 とはいっても、ただ待つだけだと暇である。そこで、竜司はパソコンの前に座った。少し調べたいことがあったのだ。


(パスワードか…。とりあえず一緒のやつ打ってみるか。違ったら聞けばいいし)


 そう思って、元居た実家のパソコンと同じパスワードである、9654と打ち込んでみた。


(開いた!掛け算をパスワードにすんのは一緒なんだな。まあ、これでいろいろ調べられる)


 そうして竜司は、日記の中で気になっていたことの一つ、遺産について調べ始めた。内容のニュアンス的に相続に関して問題があるのかもしれないので、元居た世界と違うところがないか知りたかったのだ。


(ん~。基本的には変わんねえな。これなら問題ないな)


「できたよ。お兄ちゃん」


「お、うまそうだな」


 ちょうど昼食もできたようだ。チャーハンのいい匂いが竜司の鼻をくすぐってくる。竜司は鈴音とともに食卓にを囲んだ。

 出来上がったチャーハンの味は久しく食べていなかった実家の味がした。目の前では鈴音が嬉しそうにスプーンを口に運んでいる。


(この世界には妹だけしかいない。どっちにしろ父さんと母さんにはもう会えないんだよな)


 広いテーブルの空いた席を見ながら思う。そう考えるとやはり寂しいものだと感じた。そんな、竜司の様子に何か感じたのか、鈴音が不安そうな顔でこちらを見ていた。


「お兄ちゃん、どうか、した?」


「いや、なにもないよ。ただ、ずいぶん機嫌がいいなと思ってな」


「ふぇ!?ま、まあ、それもそうだね。だってお兄ちゃんとお昼ご飯食べるの久しぶりだもん。最近の休みはずっと寝てたし…」


 竜司が答えると、安心した表情で鈴音が言った。どうやら、鈴音は鈴音で色々感じているらしい。その姿を見て少なくともこの妹だけは笑って暮らせるようにしようと日記を読んで思ったことをより深く決意した。

 そうして、幸せそうな妹を眺めながら一緒にチャーハンを食べていると、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。途端、妹の表情が曇り、泣きそうな不安そうなそれでいて怒りを感じる複雑な表情になった。


「どうしたんだ?」


 そう竜司が尋ねると、鈴音は泣きそうな表情で答えた。


「遺産と保険金。お兄ちゃんがいなかったり寝てる時を狙ってくるの。私たちじゃ管理できないだろ。遺産の整理や管理をしてやるから管理する権利を渡せって。親戚の人たちが。いやだって言ったらすごく怒鳴ってくるし、無視したら家の前にごみ捨てたりしてくるの」


「なるほどね。で、いつもは俺が寝てる時間だから来たってわけだ」


「う、うん」


 そう話している間も玄関のベルはなり続けている。ドアもたたいているようで、ドンドンと部屋中に響いている。とてもうるさい。


「どうするの?」


「とりあえず俺が出て何とかしてみるよ」


「大丈夫なの?」


「ああ。問題ない。鈴音は一応警察?に電話していおいてくれ」


「う、うん」


 不安そうな鈴音を安心させるように、できるだけ笑顔でそういって竜司は玄関に向かった。

 玄関はさらにうるさかった。先ほどから続く騒音もそうだが、それに加えて「開けろ」とか「無視するな」とかいろいろ怒鳴っているせいだ。相手が、中1の女の子だと思ってなめているのだろう。

 入ってこられると困るのでチェーンがかかるように半分だけカギを回す。ガチャリと音がするや否や、その親戚は勢いよくドアを引っ張った。

 ガンッ!ガンッ!とものすごい音を立てて、ドアはチェーンに止められる。


「なんじゃこれ‼おい!なめとんのか‼こんなんせずにちゃんと開けろや‼」


 と、親戚は怒鳴りながら何度もドアを引っ張っている。壊れないか少し心配になりそうなほどだ。対して竜司は、何もしなかった。


(ああ、泰三叔父さんね。こっちでも金にがめついんだな。しっかし、開けるにしてもそんなことしてたら、開けようにも開けらんないんだろ。まあ、開けないけど)


 それどころか、のんきにそんなことを思いながら、竜司は黙ってその叔父の行動を眺めていた。そうしていと叔父はどんどんヒートアップしていき、言葉もひどくなってきた。


「クソガキが!黙ってねえで、はようあけんかい!こんなんしてわかってんだろうな!大人なめんなよ!ぶっ殺したるぞ!ゴラァ!」


(おーおー、すごいねえ。周りの見えてないんだろうなあ、哀れなり泰三叔父さんってね)


 チェーンで開いたドアの隙間からは何事かと周りに人だかりができ始めていた。皆、冷ややかな目で叔父の行動を見ている。その中にはこの時期ならまだ新しいであろうスマートフォンで撮影している人やどこかに電話をしている人も見えた。そんな様子を竜司はひたすら黙って眺めていた。

 しばらくして遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音がだんだん近づいてくるのがわかると、竜司はにやりと笑った。待ち望んでいたものが来たようだ。しかし、叔父はその音が聞こえていないのか、それとも聞こえていても関係ないと思っているのかお構いなしに叫び続けている。


「そこの男!何をしている!今すぐやめなさい!」


 鋭い声を出しながら近づく、数人の制服姿の男たちが見えた。


(来た!)


 その男たちは、すぐに距離を詰め叔父を取り押さえた。突然のことに驚いたのか、ただ自分の思い通りにいかないことに激高し冷静でないのか、あるいはその両方か。叔父は取り押さえられてなお叫び暴れていた。


「もう大丈夫だ。暴れていた男は我々警察がとらえた。事情を聴きたいから。ドアを開けてくれないだろうか」


 警官の一人にそう言われ、今度は素直にチェーンを外しドアを開く。


「怖かっただろう。よく頑張ったな、少年」


 そこには、人を安心させるような笑みを浮かべた警官が立っていた。その顔を見て竜司は体の力が抜けていくのを感じた。


(気楽に構えてたつもりだったんだけどな。想像以上に気を張っていたらしい)


 自分の意思に反してへたり込む体と、震える手を見てそう思った。


「ありがとう、ございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る