スイートルーム

T旅館には知る人ぞ知る人気の部屋がある。

何の変哲も無い部屋なのだが…

「絶世のイケメンが出るんですよ〜!」

イケメンに目がないOさんは興奮気味に話す。

江戸時代から始まったこのT旅館は名だたる文豪や俳優といったセレブが利用してきた。

「殿はですね、特にこの旅館が大好きで…」

殿とは出ると呼ばれている幽霊の生前のニックネームだ。

生前は映画会社をしょって立つ大スターだった。

「一度泊まりにきてすぐ気に入ったらしくって、それからご贔屓にしてたみたいです」

庭から見える紅葉が好きで、よく秋口にお忍びで来ていたそうだ。

ある日、いつものように泊まりに来た彼はそのまま生きて旅館を出ることはなかった。

「眠るように亡くなっていたそうです。激務が祟ってしまったんでしょう」

大騒ぎとなったことは想像に難くない。

「近所のお年寄りに聞いたら、それはもうすごいパニックだったらしくてT旅館は営業どころじゃなかったそうですよ」

しばらくしてT旅館に「殿」が出るという噂がまことしやかに囁かれ始めた。

「亡くなった部屋は最初開かずの部屋だったらしいんですけど…」

ある人は紅葉を眺めている殿を見かけたと言い、ある人は開かずの部屋に「殿」が入っていくのを見たと言う。

周囲の勧めもあってT旅館では開かずの部屋を貸し出すことに決めた。

「窓辺で寝てたら「風邪をひくよ」と声をかけられたり、「紅葉が綺麗だよ」て呼ばれた子もいるんですよ。旅館に迷惑かけちゃったからサービス精神が働くんですかね?いつもニコニコしてるそうですよ」

私まだ一度も会えてないんですよね〜、そうOさんは不満そうにひとりごちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る