河川敷にて

リモートワークとなったLさんは早朝仕事を始める前のマラソンが日課だ。

「T川沿いの河川敷を走るんです。お馴染みの顔ぶれの人もいます。仲良くなったりして結構楽しいですよ」

最近、新たな楽しみが増えた。

「歌の練習をしている女の子がいるんです。声が独特でとても落ち着くんですよ。顔もチラッとしか見てないんですけどかわいくって」

ある日、仕事が忙しかったLさんはかなり遅くに仕事を終わらせることとなった。

「少し仮眠を取ろうと思ったんですけど、目が冴えちゃって。リフレッシュのために走りに行ったんです」

時間は明け方に差し掛かってた。

「でもまだちょっと暗かったんで誰もいなくてすごく快適でした」

いつものコースを走り終わり、土手で休憩しているとあることに気づいた。

「あの女の子がいたんですよ」

正確には「来た」ところを目撃したらしい。

「海とつながっている汽水域って言うんですか?そっち方面から河川敷に何かがバシャバシャって来てたんです」

あの女の子だった。

彼女は真冬であるにも関わらず平然と陸地に上がりこんだ。

足が何かに覆われ、さながら人魚のような姿だった。

そして周囲を用心深く見渡していた。

「もう怖くて怖くて」

固まってしまっているLさんに気づくと、ハッとした顔で

「また川に入ったんですよ!で今度は帰っちゃったんです」

彼女を見ることは二度となかった。

海から海洋生物が遡上した川は多数ある。

「でも人魚はさすがにT川だけでしょうね」

Lさんはそう語る。


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