28 逆鱗はあごの下
鳥たちは夜明け前、
僕たちに聞こえているのは周囲の山の鳥たちの声だ。
山頂に着くと隼人は足を止め、サングラスをはずして眼下に広がる
不意に隼人の左目が光を放った。ウジャトの目を使ったのだ。光は大松湖に届き、それから本松ダム、さらにダムの向こうの小さな祠、満が神は不在と言った祠を差した。そして目を閉じ、光も消えた。
「奏ちゃん、花束ちょうだい」
湖を見たまま隼人が
花束を隼人は湖に向かって投げた。花束を放した隼人の手は追いかけるように花束に向かう。力を使って花束を導いているのだろう。花束は落下することなくクルクルと
祠に対峙して隼人が立った。
《 われは古代エジプトの太陽神ホルス、ハヤブサの化身にてエジプトを守護する者、時に地上の支配者ファラオの象徴なり 》
人には聞こえない隼人の声が
《 龍神久喜里に尋ねたき事あり。現れたまえ 》
ズンッと、空気が重くなる。
《 吾を永き眠りから呼び醒ましし者よ。なに用か? 》
目をパチクリさせた隼人、少ししゃがんで祠を覗き込む。おい、おまえ、それは龍神に対して無礼なんじゃないのか?
「いやいやいや……久喜里ちゃん、嘘
おーーーーい、隼人! 急に態度を変えるな! このニワトリ頭っ! もう少し我慢できないのかよ? てか、大丈夫なのかっ? 龍神に無礼討ちされないかっ?
「ボクが起こしたわけじゃない、久喜里ちゃん、ずっと起きてて大松湖と
祠を覗き込むのをやめた隼人、今度は祠に触れようとして手を伸ばす。でも、こちらはすぐに引っ込めた。さすがに龍神もそこまでの無礼は許さなかったと見える。
《 ふむ……異国の神よ、異国の守護者よ。
「水没した妖怪たちや、武者の魂のこと? うん、あれはボクがいるべきところに送ったよ。ボクを知ってて頼ってきたんじゃなかったんだね」
《 力に導かれたのみ――哀れな乙女を許嫁のもとに送ってくれたのも貴殿……だがそれは貴殿の
「なんだ、判ってるんじゃん ――久喜里ちゃん、ほかにも何かボクにして欲しいことがある?」
《 もう吾には願うことはない。貴殿はなぜここに来た? 見返りを
「見返り? 久喜里ちゃん、振り返って見たって何もないよ」
隼人、見返りの意味が判らないのか? 龍神、おちょくられたと怒らないか?
「ボクはね、久喜里ちゃんに『もう頑張らなくっていい』って言いに来たの」
《 うぬ……吾に消えろと言うか? 》
「消えろ? ううん、そんなこと言わない。日本は龍の国だもの。龍神がいなくなれば国も亡びる」
《 吾はそこまでの神に
「龍だけに流域? 久喜里ちゃん、面白いっ! 座布団あげたい」
隼人、それ、龍神には判らないんじゃ? いいや、元ネタ知らない人も多そうだぞ?
「人間って勝手だよね」
急に隼人が話題を変えた。
「自分たちじゃどうにもできなかった頃は、やい、雨を降らせろ、やませろ、
隼人……それはおまえの身にも起きたことか?
「でもね、祠がある限り、久喜里ちゃんはここに居てねってことだと思うよ。それとも、ここにいるのは嫌になった?」
《 自ら籠ったこの地、否も応も今更あるものではない 》
「でも、寂しいんでしょ?」
地面の揺れが僅かに大きくなったような気がする。隼人、久喜里を怒らせちゃダメだってば。
「奥さん、もう、消えちゃったもんね……」
え? 小母妻が消えた? 小松川は流れてるって言ったじゃないか。
ピューッと風が急に吹き付けた。山肌から雲が湧き立つ。地揺れはさらに激しさを増し、雲は立ち込めポツポツと雨粒を落とし始める。
隼人! 龍神の
奏さんも同じことを考えたのか、
「隼人、山をおりよう、領域から出よう」
と、声をあげる。
隼人は全く何も感じていないようで、キョトンとしている。
「なんで? まだお話、終わってないよ。ボク、久喜里ちゃんとお話ししてるの」
「隼人、おまえ、逆鱗に触れちまったんだよっ!」
「ゲキリン? なに、それ?」
「龍の
「ふーーん、猫ちゃんとは反対なんだね。でもボク、そんなところ、触ってないよ」
「あぁ、めんどくさい! 龍を激怒させるようなことをおまえは言った、そういうこと!」
「変な奏ちゃん、久喜里ちゃんは怒ってなんかないよ」
えっ? と奏さんが周囲を再確認する。僕も改めて周囲の様子を窺う。確かに、風が吹いて雨が降ってはいるものの、嵐になるような感じじゃない。
「久喜里ちゃんは判ってても、今まで知らん顔してたことをね、やっと認める気持ちになったの。でも、悲しくて泣いてるの――泣き止むのを待ってあげようよ」
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