27  花屋は深夜営業中

 照らすのは月明かりのみ、ほぼ真っ暗闇のハイキングコースを三十分かけて下っていき、やっとそうさんたちと合流する。奏さんが気を利かせてハイキングコースの出口まで車をまわしてくれなかったら、もっと時間がかかっただろう。


 暗いね、怖いね、足元見えないね、と僕にしがみ付いていた隼人、奏さんたちと合流した途端に、

「ほんっと! バンちゃん、歩くの遅いんだから!」

ツンツンし始めた。僕の腕を止まり木代わりにして自分じゃ歩いてないくせに、よく言えると思っていると、

「おかげでおなかすいた、腹ペコ」

と涙目になる。そういうことか、と隠れて笑ってしまった僕だ。


「奏さんにコンビニに寄ってもらう? それとも早く帰ってカレー食べる? まだ残っているよ」

「カレーまだあるの?」

目をクリッとさせた隼人、

「それじゃあ……奏ちゃん、コンビニ寄ってね、何か甘いモノ買って。で、それから帰ってカレー食べる」

はいはい、よく食べるよね。


 コンビニに寄ってもらって、シュークリームを人数分、それと隼人のコーヒー牛乳を買ってから帰った。いつもは買ってくるとすぐその場、駐車場に止めた車の中で食べる隼人が今日は帰ってから食べると言った。だから、みんなの飲み物は帰ってコーヒーを淹れることにした。


 隼人がカレーを食べる横で、娘さんと若者の様子を奏さんとさくみちるに話す。

「トプトプに抱きこまれていたのはこれで全部――残るは本体だけ、だな」

と、奏さんがうなる。


「しかしよく、人身御供ひとみごくうを返してきたね」

そう言ったのは朔だ。


「山の上に感じた神威しんいからは怒りを感じなかったよね」

満の言葉に朔が嫌そうな顔をした。


「満は慈愛を感じた? 龍神は荒ぶる神だ。そんな温和おとなな考え方をすると思えない」

「なぁにが大人なのよ。奥さんを愛してたって話じゃん。愛情ってもんは判ってるってことだよ」

「そのあたりは、満の言う通りかもしれんな」

面白そうに朔と満を見ていた奏さんが満の肩を持った。朔の顔があからさまに不機嫌になる。満が朔の古傷をえぐらないかと冷や冷やする僕だ。


 朔は随分前にボルゾイ、大型犬の女の子と恋に落ちた。が、こっぴどくフラれてしまった。それからというもの、愛も恋も信じない。そんなの幻想だと決めつける。それでも今回、久喜里くきりに対して批判的な発言が少ないのはきっと空気を読んで我慢しているんだと思う。ま、そんな朔だから、妻を愛しているらしい久喜里を高評価する満が気に入らないのだろう。


 僕の心配は杞憂に終わり、朔も満もそれ以上は口をつぐんだ。喧嘩を回避したのかもしれない。仲間内で争っても意味がない。そしてそうこうするうちに隼人がカレーを食べ終える。


「バンちゃん、シュークリーム――龍神ちゃんはね、きっと待ち草臥くたびれちゃったんだよ」

隼人はちゃんと朔たちの話を聞いていたようだ。隼人にしては珍しい。


「待ち草臥れたし、娘さんを取り込んでいるのにも疲れた――武者ちゃんたちや妖怪モアモアも同じ、飽きちゃったの」


 シュークリームを配ると嬉しそうな顔をした隼人だが、手に取って小首をかしげた。僕が座るとシュークリームを渡してくる。まったく、仕方のないヤツだ。僕は受け取って開封してから隼人に返す。隼人、自分では絶対開封しない、なぜだろう? できないのか?


相撲すもう川には相撲すもう湖と多々井たたい湖ができた。どちらも相撲すもう川の水を利用してる。川の流れがそのままだ」

シュークリームにかじりついて隼人が言った。あふれてこぼれそうなクリームを舌を出してペロリと舐め取る。そういうとこ、隼人、器用だよね。


「でもさ、大松おおまつ湖は違う。多々井湖から汲み上げた水だよね。区霧くぎり川の源泉は大松湖に面した山腹にあるのに、大松湖に水をそそぐには水量が足りなさ過ぎた――ここでも久喜里は自分と相撲すもうの格の違いを見せつけられてしまったんだよ」

奏さんが腕を組んで目を閉じた。久喜里に同情を感じたんだと僕は思った。


「そうだとしても、なんで飽きたんだ?」

朔の質問に

「さぁ?」

と、隼人。ムッとした朔の腕に満がそっと触れ、怒るなと言ったようだ。


「何しろね、疲れちゃったんだよ」

「それって、あれか?」

奏さんが隼人に向き直る。

「まさか、久喜利、自分を消すつもりか?」

神は己の存在意義を感じられなくなると自らを消滅させる。


「うーーーん、かもしれないし、そうじゃないかもしれない――大松川は今も区切川に流れ込んでいる。久喜里は自分が消えれば小母妻おもつも消えると知っている」


「ねぇ、隼人……」

遠慮がちに訊いたのは満だ。

「本松ダムのすぐ横に神がいないほこらが見えたんだけど、あれは?」

隼人はそれには答えない。紙パックのコーヒー牛乳に手を伸ばし、一口飲んだ。


「明日で終わりにしよう。夜明けに久喜里の祠に行く。朔と満はお留守番」

慌てたのは朔と満だ。


「隼人! 龍神の領域に踏み込む気か?」

「そうだよ、隼人、気は確か?」


コーヒー牛乳のパックに挿したストローがズズズッと音を立てる。その音に喜んだ隼人がニヤッと笑う。まったく、なんでそんな、変な音が好きなんだか。


願掛がんかけしてそれがかなった。ボクはお礼に行かなくっちゃ。礼を尽くせば大丈夫……多分ね――奏ちゃん、花束を用意できる? 持って行きたい」

果物の次は花束ですか。龍神相手にそんな供物で本当に大丈夫なのか、隼人?


 奏さんは知り合いの花屋に聞いてみると言って、すぐ電話した。こんな時間に電話? と思ったけれど、どうやら相手も人間じゃなさそうだ。謝礼に熊笹、なんて言っている。きっと芭蕉精ばしょうのせいか何かだ。


「隼人、今から花屋に行ってくる」

隼人のありがとうに見送られ、奏さんは出かけて行った。


 おさまらないのは朔と満だ。隼人が行くなら自分たちも行くと言い張る。

「朔ちゃん、ミチル……心配しなくても大丈夫。それにね、神格が三柱も揃って押しかけたら久喜里ちゃんに迷惑でしょ?」

と隼人に言われ、とうとう諦めた。


「判った、祠にはいかない。でも、奏さんの車で待機してるから」

少し休んでおく、と朔と満は部屋に戻った。


 今の時期の日の出は六時ころだ。五時半には事務所を出ると隼人が言う。


「バンちゃん、寝坊しちゃダメ、ちゃんとボクを起こしてね」

時刻はそろそろ深夜二時、朝食はシリアルで決定、起きるのは四時四十五分頃。もういくらも眠れない。


「バンちゃん、背中貸して」

どうせ隼人も熟睡しようとは考えていないだろう。僕は隼人と一緒に、隼人の部屋に向かった――

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