17  鳥族、度し難し

 ニヤリと笑って、隼人はやとが言った。

「そんな束してないよ」

「むむっ……言ったな、隼人!」

「どこにも行ってない!」

「……確かに、隼人、ここにおるな」


 そんなことではなくってだ、と奥羽おくうさんがギロリと隼人を見る。

「どうせなら、針金ハンガーよりもキラキラシールが良いぞ、が、キラキラテープはダメ、あれは美しいが足に絡みつく危険を伴う」

「あー、絡みついて足が千切れるって聞いたことある――」

そしてまた隼人がニヤリと笑う。


「そんなこと言って奥羽ちゃん、ほんとはテープが欲しい? 余計な脚、減らせるかも」

「な、なにを! 吾輩の神聖なる三本目の足を、何を、なんてことを!」

怒髪、天をく――冠羽(と言うと語弊があるか、頭に生えてる短い羽根)を起こすほど怒った奥羽さん、ソファーの上に立って両腕をパタパタさせ始める。


「一度痛い目見せちゃろか! かーかーかー」

「フン! イタイメって、どんな形? どんな色? どれくらいの大きさ? イナイメってのもあるのかい? カラス臭いの、ボク、嫌い」

隼人、そうあおるなよ。奥羽さんの丸いサングラスが三角に変わりそうだよ?


 奥羽さんの怒りを感知したさくみちるが慌て、隼人の前に立ちはだかる。万が一、奥羽さんが何かを仕掛けても無効化するつもりだ。術の無効化は満の得意技だ。

「どけ! 犬っころ! 四峯山よつみねやまに帰れっ!」


 奥羽さんのこの言葉は朔を怒らせた。首筋の髪を逆立たせ、唸り声をあげ始める。犬に怒ったのか四峯山に怒ったのか……神社になんか閉じ込められて堪るかと、いつか言っていた朔だ。今更、神の役目を果たすなんてぴらごめん、と言っていた。苦しい時に助けてくれたのは隼人だ。その隼人のそばを離れるもんか。


 当の隼人はソファに座ったまま、朔と満の間から顔を覗かせて奥羽さんを見る。その顔がニヤリと笑う。

「あっかんべー」


 隼人っ! おまえ、ガキか? てーか、神経を逆なでする方法、よく知っているよな。どこで覚えてくるんだ? しかしその言葉、死語じゃないのか?


「隼人! おまえ、ハヤブサのくせに犬っころになぞ守られおって! プライドってもんはないのか?」

奥羽さん、それ、隼人に求めちゃダメ。そして朔をあおらないで!


「犬だとっ? 犬っころだとっ?」

朔の、腹に響くような低い声が聞こえる。


「うん、ワンちゃん。子犬のころはめっちゃ可愛かった。ペットにしたいくらい」

隼人っ! それ、今、言うか!? うわっ! 朔まで敵に回すのか? 瞬時に朔の顔が蒼褪めたぞ?


「朔ちゃんもミチルもすっごく可愛くて、ボク、放っておけなかったの。かわいいいねって、しょっちゅう撫で撫でしたよ。母さんオオカミみたいにめてあげられないから、人形ひとなりになって撫でてあげるしかなかったの」


「隼人ぉ……」

満が泣きそうな声で言う。身体を撫でてくれる隼人、あれは紛れもなく愛だったって、満、言ってたよね。隼人は食や知だけじゃなく、愛もくれたと言ったよね。


 朔もそれを思い出したのか。隼人のワンちゃんという言葉に蒼褪めた朔の頬が、今度はほんのり赤くなる。


「だからね、奥羽ちゃん。朔ちゃんとミチルはボクの可愛い子どもたち。何かあったら、奥羽ちゃんでもボク、焼くよ。焼き払うよ」

「なんと! 吾輩に『ラーの目』を使うと? 何もかも焼き尽くす気か?」


「ンなモン、誰が使うって? やくだけに――洒落しゃれをくれって言うからさー、奥羽ちゃん。だいたい、焼いたってカラス、不味そう。鳩女のポポちゃんは美味しそう」


 うん、鳩はフランス料理とかの食材だし、ポポさんは美人だしね――あれ、そんな話だった? なんでここにポポさんが出てくるんだ? しかも隼人、洒落じゃなく、奥羽さんが言ったのは謝礼だぞ?


「なにをぉ! 食ってみなくちゃ判らんだろうが! ポポなら吾輩も食ってみたい、かもしれん……」

「えーーー、ヤだよ、奥羽ちゃんなんか食べたくないよ――ポポちゃんならでも

よだれを垂らすんじゃない、隼人! しかもなんとなく、話の方向が奇怪おかしいぞ!


 キッチンからそうさんがニヤニヤしながらコーヒーを運んできた。やった! これで通常モードに戻るはずだ。奏さんが戻してくれるはずだ。僕はホッと胸を撫で下ろす。


「何してる? おとなしく座れ、コーヒーでも飲めや」

「おおおお! 奏のコーヒー、待っていたぞ」


 いつも通り、奏さんに気を取られ、奥羽さんが隼人を忘れる。サッサと座って、目の前に置かれたカップに手を伸ばす。なんでこうも鳥族は移り気なのか、感心する。


 隼人の言葉に毒っ気を抜かれた朔は、満と一緒にとっくにソファーに座っている。


「奏ちゃん、お砂糖五つ入れてくれた?」

隼人はいつも通り、奏さんをすがるように見つめて訊いている。


「隼人、今日だけだからな。明日からは三杯までだからな」

「うん――山盛り三杯にしとく」

山盛りか、と奏さんが笑った。


 それで吾輩は何故なにゆえ呼ばれたんだろう、と奥羽さんが本題を切り出した。すると隼人、なんだったっけ? と、僕に訊く。


「カラスに話を聞きたいんじゃ?」

「バンちゃん、やっぱり馬鹿なの? 奥羽さんになんの話が訊きたかったか、ボク、訊いているの。奥羽さんがカラスだって、バンちゃん知らないの?」

いや、知ってますよ。そりゃあもう充分に――


「だからさ、カラスをたくさん集めて話が訊きたいって、隼人、さっき言ってたよ」

僕の言葉に隼人が小首をかしげる。大きな目を見開いて僕を見つめる。小鳥好きなら身悶えしちゃうあの仕草だ。


「そんなこと言ったっけ?」

ニワトリ頭っ! 思い出せよっ! なんでハヤブサなのにニワトリ頭なんだよっ!?


 僕から目をらし、隼人が呟く。たくさんのカラス、たくさんのカラス……

「あっ! 矢間森やまもり公園はダメで、殿出とのいでもダメで、御敷山ごしきやまもダメ」


 そうだ隼人、もう一息!


「それじゃあ、どこならいいんだったっけ?」

隼人、そっちじゃないって!


「あ、そうだ。奥羽ちゃんに集めて貰うんだ」

ヒョンと首を伸ばして隼人が言う。やっとたどり着いたか?


「奥羽ちゃん、ボクね、たくさんのカラスちゃんとお話がしたい」

奥羽さんに向かって隼人が言う。

「なにぉ!? 吾輩だけでは物足りないか?」


「足が二本のカラスちゃんたちに訊きたいことがあるの。足が三本だと知恵がありすぎてダメなの」

――隼人、お世辞が言えるんだね。言えるようになったんだね。


「ふむ……そういうことならば手伝ってやらんでもない――そうだな、カラスを集めるなら亜津貫あつぬきの山道だな。あの周辺に集まって寝るから、待ってりゃ勝手にやってくる」

「ってことは、日暮れ? 陽が落ちる前が良かったんだけど。うーーん……まぁ、どうせ日付が変わるころしか出てこないし、いっか」


 隼人が奏さんを見て、奏さんがそんな隼人にうなずく。日付が変わるころ出てくるのはトプトプちゃんだ。


「それじゃ、夕方までお昼寝――バンちゃん、ボクの部屋ね。早く来て」


 えっ? 今、隼人、僕をにらみつけなかった? その顔、怒ってるよね? 僕、何かしたっけ?

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