18 絶対的な不利
機嫌鳥に――間違った、機嫌取りにグレープジュースを二杯、お盆に乗せて
隼人の部屋はドアを入るとすぐ横に大きな机、その先の窓際には三人掛けのソファーがあってローテーブルがある。ソファー対面のキャビネットにはテレビ、棚には本やソフト類がごちゃごちゃと詰め込んである。一番奥にベッドだ。隼人はソファーにちょこんと座って僕を待っていた。
「バンちゃん、それ、なぁに?」
目の前にグラスを置くと、判っているだろうに聞いてくる。
「グレープジュース……ブドウのジュースだよ」
「ボク、ブドウ、大好き。飲んでいいの?」
「うん、隼人の分だよ」
「ボクの分……そっちはバンちゃんの分?」
僕が自分の前に置いたグラスを見ながら訊いてくる。もちろん、少しだけ隼人のグラスより少なく注いである。
「そうだね」
「判った、じゃあ、半分こしよう」
「半分こ?」
えっ? 隼人の目がギロリと光る。ボク、何か気に障るようなこと言った?
「なんだ! やっぱりバンちゃん、判ってなかったんだね! もういい、バンちゃんには言っても無駄。出てって! 自分のジュース持って出てって!」
「えっ? 隼人、どうしたんだよっ?」
「出てけって言ってんだよっ? 引っかかれたいか? それとも
いや、いや、僕、呼ばれたから来たんですけど? 怒っている隼人に言っても意味がないと、
リビングでテレビを見ている
ダイニングテーブルにジュースを置いて奏さんを手伝う。手伝いと言ったって、洗い終わった食器を拭いて食器棚にしまうだけだ。
「隼人に追い出されたか?」
奏さんが笑う。
「隼人、時々、訳が判らなくなる……僕にどうして欲しんだろう?」
僕の言葉に奏さんがニンマリ笑う。
「前にも言ったが、鳥族の気まぐれを気にすんな」
「気紛れだけなのかな?」
「忘れっぽくて移り気。そして気分屋」
「そうなんだけどさ……ジュース、ちゃんと二人分持ってったのに、半分こしようって言うんだ。なんで?」
すると奏さんの手が止まった。
「なんだ、バン。判っててさっき、パンを半分に分けたんじゃなかったのか?」
「えっ? なんか、隼人もそんなこと言った。判ってなかったんだね、って」
「そうか!」
ケラケラと奏さんが笑う。
「まぁさ、隼人も今回は少しばかり……いや、かなりか。心細いんじゃないかな?」
「心細い?」
「隼人は物の怪って言ってたが、本当のところ、神だと思っているんだろう?」
「……」
「おや、黙ったね。やっぱりそうなのか?」
「奏さんには言うなって、言われたんだ」
「うん、隼人のヤツ、バンと違って俺には弱味を見せないからな――そうか、やっぱり神か」
奏さんが洗い物を再開する。
「さっき、パンを半分ずつにしてただろう? あれ、愛情表現だぞ。鳥族がよくやってるだろ、大事な相手に自分の餌を分け与える」
「……そんなの、鳥じゃない僕は言われなきゃ判んないよ」
「まぁ、そうだよな……バンさ、
「言ってくれれば、それくらい僕だってするのに」
「うん。だけど隼人のあの性格じゃ、言えないと俺は思うよ」
「うん……」
洗い物の最後の一枚を受け取って、拭いてから食器棚にしまう。
「僕は、どうしたら隼人の心に添えるんだろう?」
煙草に火をつけながら奏さんが僕をチラリと見た。僕はダイニングテーブルに置いたジュースを手に取った。
「バンが鳥じゃないのは隼人だって判ってる。それでもパートナーにバンを選んだ。それがすべてだと俺は思う」
「それがすべて?」
「隼人は思っていることを巧く言えなくて
「……」
「隼人は今、口にも顔にも出さないが怖がっている。異国の神が地場の神とやりあう危うさは、諸国を巡ってきたあいつが一番よく知っている。大気も大地もすべて、地場の神の味方だ。あいつは太陽神だが、この国にも太陽神はいる。絶対的に不利だ」
「うん。かなり昔だけど、トリトーンとやりあった時もすごく怖がってた」
いったいいつの話だよ、と奏さんが笑う。
「そうだ、忘れてた――」
タバコを吸い終わった奏さんが冷蔵庫を開ける。
「ほら、隼人に持って行ってやれ」
とプリンを出し、僕の飲み終わったグラスを取って『洗っておくから気にするな』と頷く。
「これを持ってけば、隼人はとりあえず機嫌を直す。そのあとは隼人が眠るまで、
プリンとスプーンを手に、隼人のドアを叩く。開錠される音がしたのは隼人が神通力で開けたからだ。案外素直に開けたな、と思ってドアノブを回すと、いきなり鍵が閉められた。おぃ! いやがらせか? 仕方のないヤツだ。
「隼人。プリン持ってきたよ」
プリンの誘惑には勝てないらしく、すぐに開錠された。
ドアを開けると隼人はさっきと同じところに、やっぱりちょこんと座っていた。
「バンちゃんの分は?」
プリンが一つしかないことに気が付いて隼人が尋ねる。
「一つしかないんだ」
「そう――それじゃ、バンちゃん、隣に座って」
言われたとおりに座るうちに、隼人はプリンを開けて、スプーンで
「はい、バンちゃん」
「えっ?」
そのスプーンを僕の口元に差し出してくる。
「隼人……」
「うん?」
「僕、隼人の傍にいるから、安心していいよ」
「そっか」
と隼人が笑顔を見せた。
「でも、ひと口だけ食べて。ボク、バンちゃんに食べて欲しいんだ。残りはボクが食べる」
隼人が差し出したプリンは物凄く甘かった――
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