14  ハヤブサはペットに非ず

 身動きできない窮屈きゅうくつさに目を覚ました。いつの間にか隼人はやとを腹に乗せたまま、僕も眠っていた。隼人の頭をでていた僕の右手に、人形ひとなりに戻った隼人の頭が乗っかって動かせない。それで僕は目を覚ましたのか。


「隼人、動かすよ」

頭の下から右手をそっと抜く。うっすら目を開けたけれど、隼人に起きる気はないようだ。


 なんだか腹のあたりが無性にかゆい。かと言って隼人が密着しているのだから、手を突っ込んでくわけにもいかない。


「ちょっと、右側に降ろすよ」

左で隼人の右側を支え、右で隼人の肩のあたりを支えて横向きにさせた。


「おなか、撫でて。上から下にそっと……」

そう言ったのは隼人だ。離した時にサクッとした感触があった。もう羽根がえてきてるんだ。


 言われたとおりに撫でてみると、パラパラと目には見えない何かがこぼれるのを感じる。きっと生えてくる羽根を包んでいるさやだ。えてしまえば不要になって、鳥の姿の時ならクチバシで取り除いているアレだ。


 鞘が取れたばかりの羽根には血管が通っている。乱暴には扱えない。やがて乾いて成長が止まれば血流も止まり、羽根軸は空洞となる。今、僕が落とした不要になった鞘は目に見えないまま宙に消えていくのだろう。


「お腹はもう、いい……バンちゃん、腕枕。今度は左腕を撫でて」


 言われた通り左を下に、つまり隼人の右を下に横に抱いて、左腕を撫でる。やっぱりパラパラと何かが零れていく。


 隼人がしがみ付いてぴったりと腹をつけてきた。


「バンちゃん。ボク、重かった? いつの間にか人形ひとなりに戻ってた。やっぱりボクはもともと人形ひとなりでいいのかな?」

「自分で元は人形ひとなりだって言ってたじゃん。今更どうした?」


「うん、ハヤブサに化身けしんするときはパワーが必要。人形ひとなりに戻る時はそうでもない。だから人形ひとなりだって思ってた。でも、あの部屋、見たでしょ? ハヤブサの習性が出てくる。出てきて自分じゃ止められない。ひょっとしたらボク、自分がホルスだと思い込んだ、ただの鹿かもしれない」


 神である隼人でさえ、自分が何者なのか揺れている。もとをただせばの僕が揺れたって奇怪おかしくない。


「ハヤブサに『ラーの目』も『ウジャトの目』も扱えるわけがない。隼人はまぎれもなく太陽神ホルスだ」


 首を曲げて僕を見ていた隼人が、僕のあごに顔を潜り込ませ、小さな声で『ありがとう』と言った。


「で、ボクは重かった?」

僕の胸に置いた隼人の手に、何気なく力がこもる。


「え……?」

うわっ、これ、返答次第じゃ急激にご機嫌斜めになるパターンだ。横に降ろしたのが気に入らなかったか? それともほかの事なのか? なんて答えよう?


「うん。ハヤブサなら一キロ弱でも人形ひとなりなら五十キロ。身長から考えると軽いけど、重さとして考えるとちょっとね」

「ふぅーーーーん」


なんだか、いつもより、長く伸ばしていないか? 僕は答えを間違った?

「フン!」

不機嫌に隼人が鼻を鳴らす。


「あのね、バンちゃん――ボク、ハヤブサ姿でも、バンちゃんのペットってわけじゃないから」

「えっ?」


「インコじゃないんだから、頭や頬を撫でたりしないでよっ! モフモフを楽しんだでしょっ!?」

なに、そこか!? おまえ、気持ち良さげな顔していたぞ? しかもここでインコを出すか? ハヤブサはインコの親戚のくせに? おまえ、タカよりインコに近いんだぞ? 笑いたいのを必死に抑えた僕だ。


「判った、もうしないっ! だから爪を引っ込めろっ!」

ギリギリと僕の二の腕に隼人の鉤爪かぎづめが食い込んでいく。でも、まぁ、隼人に元気が戻った、少し僕は安心する。


「ふん……」

気が済んだのか、隼人が爪を引っ込めて、再び僕にしがみ付く。


「雨は昼頃には上がるんだ――トプトプちゃん、夜中にまた現れる。今度は別の何かを連れてくるよ」


 いきなり隼人が話題を変えて僕の耳元でささやくように話し始めた。


「別の何か?」

「武者のミイラ……怨霊はボクたちに消滅させられた。トプトプは消滅した怨霊を連れて帰ったけれど、もうモアモアちゃんたちには恨みを晴らすパワーは残っていない――トプトプはまた別のを連れてボクたちの前に現れる。ボクたちに、恨みを消して欲しいんだ」


「それって、こっちを利用してるってこと?」

「利用、かな? 頼ったのかもしれない――どっちにしろ、トプトプの正体が判れば対処できる。正体が厄介なモンじゃなければいいのだけれど」


「厄介なモンって?」

「例えば――そうだね、とかね。そしてボクは、多分神で間違いないと思ってる。奏ちゃんたちには言わないで。相手が神なら絶対 ボクを止めるから」

「……神」


「奏ちゃんたちが武者ミイラを始末している間、ボクね、トプトプちゃんをずっと観察してたんだよ。あのよだれみたいな雨、あれは雨であり涙だ。多くの恨みを一身に引き受けてトプトプちゃんは――トプトプちゃんの本体はずっと耐えてきた。だけど耐え切れなくなって恨みたちをへ帰すべく、ボクたちに頼ってきた」


「トプトプの本体?」

「うん、トプトプちゃんは操られていると言ったけど、本体が出したものだ。操っている物の怪と言ったけれど、物の怪じゃなく正しくはきっと神だ。その神は、自陣をまだ出ていない。あるいは出ることができない」


 小規模でも、トプトプちゃんは雲と雨に他ならない。雲を呼び、雨を降らせる。そんなことができるのは神だ。


「どこかに閉じ込められたまま、トプトプちゃんを出現させた。だからどことなく中途半端な雲と雨、ボクはそう感じた」


「でも、隼人……地場の神とは戦わないって、言わなかった?」

「そうだね」

隼人がクスリと笑う。


「戦えば異国の神のボクに勝ちはない。消滅させられるのがオチだ」

「――そんな……」


「でもね、バンちゃん。向こうは戦いを挑んできている訳じゃないとボクは思う。さっきも言ったけれど、頼ってきたんだ。助けて欲しいんだ――助けを求める者に、たとえそれが神であろうとも、別の何か、物の怪だろうが人間だろうが、神たるボクは手を差し伸べる。間違ってないよね?」


 僕に何が言える? 神の決断に口を挟むなんてできないよ、隼人。


「バンちゃん」

「うん?」


「一緒に来てくれるよね? ボクの見立てが間違っていなければ、もう武者は出てこない。バンちゃんはボクが守る」

「うん、隼人は僕が守る」

「バンちゃん、それ、ちょっと生意気」


 あごの下で見えなかったけど、きっと隼人はムッとして頬を膨らませた。

「ま、いいや、たまにはバンちゃんにも生意気を言わせてあげる」


 昼までは寝ていよう、と隼人がさらにしがみ付く。抱き返す僕の耳に、隼人の小さな声が聞こえる。


「たまにはモフモフしてもいいよ……バンちゃんならね」

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