13 嫌いになれない
許しとは何か――またも僕は自分に問いかける。
きっと二人が言う許しは、同じ言葉でも別のものだ。だけどやっぱりどこかで繋がっていると感じる。
「どうする、バン?」
僕は……奏さんに
大きなトレイに
施錠されていないドアを開けるとベッドに
「奥羽ちゃん、来たんでしょ? なんの用だった?」
「うん……それより隼人、奏さんが身体を拭いてやれって。お湯を持ってきた」
「やだよ……」
隼人が目を
「奏ちゃんに聞いたんでしょ? ボク、今、痛いの」
やっぱり痛むのか……羽根を無理に
「奏さんがね、一度ちゃんと拭いてからハヤブサに
「鶴の回復薬? あれ、ほかの鳥にはそう簡単にくれないのに?」
「奥羽さんが頼んだみたい」
「でも……苦いって聞いてる。ボク、苦いのイヤ」
「薬を飲んだらね、そのあとはハヤブサのままでも、
横たわったままの隼人が首を持ち上げてもう一度僕を見た。
「奏さんから聞いた……どんなに柔らかな布でも引っかかって、新しい羽根がうまく
「奏ちゃんのオシャベリ――」
「だけど人の肌なら引っかかりも軽減される、滑ってすんなり生えてくる、って奏さんが――隼人、いつも僕の背中を使うじゃないか。今夜は僕の胸と腹を使うといい」
隼人は何も答えない。顔を何かに突っ込んで座ったままか、
僕は隼人の机にトレイを置いてタオルを絞った。
「背中には
おとなしく体を拭かれながら隼人が言う。
「左の翼を少し朔の腕に使った。風切り羽も何本か……本当はもっと広い範囲で霧を起こせばよかったんだけど、あの翼で飛べるのはあれが限界だった」
「うん、よく頑張ったね」
そっと押さえるように隼人の身体を拭きながら僕は答える。悔しかったのか、痛みを思い出したのか、隼人の声が震えている。僕はそれに気が付かないふりをした。
「
隼人といえど、ハヤブサ姿のままでは力を振るえない。奏さんのもとに帰り、
「バンちゃん……」
「うん?」
「あのね……ボクね、今、とっても
「羽根が
「うん、そう――バンちゃんが、綺麗だって言ってくれるボクじゃないの」
隼人の声がまた震えた。
「隼人、怪我をしているだけだ。ちゃんと養生すれば羽根も生えるし、姿も元通りになる」
「でも、今は醜いの……醜いボクを見ても、バンちゃんはボクを嫌いにならない?」
それくらいで嫌いになるならとっくに嫌いになっている。自分勝手なおまえの我儘に振り回されたり、虐められたり、何度嫌気がさしたことか。
「嫌いになんかならないよ」
笑いながら僕は言った。嫌いになんかなれないよ……笑っているのに胸が苦しくなって、目頭が熱くなる。
「バンちゃん……なんで泣くの?」
「そんなの判んない。でもきっと、隼人が好きだからだ」
「変なバンちゃん……」
身体を拭き終わり、薬をカフェオレボウルに
隼人はものすごく大人しい。
隼人は一度 僕を見上げ、それから首を
飲み終わると僕の胸に頭を
隼人が眠る態勢に入ったのを見届けて、僕も隼人のベッドに横たわる。仰向けになればハヤブサはそのまま腹に乗る。一キロもない体重、腹に乗せていたってどうということもない。敏感な鳥類は、僕の動きに少し目を覚まし、自分に添えられた僕の指を甘噛みした。
僕から見て右、つまり左の翼はだらりと垂れ下がっている。僕は右の翼に左手を添えて、腹から落ちないように支えていた。そして右手の指先で、そっと隼人の頬を撫でた。気が付いただろうに、隼人は目を開けもしない。嫌がる様子もない。
僕は隼人に許されている――陽光が差し込こむようにそう思い、僕を照らしたと感じた。
『バンちゃんはね、バンちゃんのままでいいの』
隼人はよく僕にそう言う。
『記憶がないならないままでいい、バンちゃんはね、どんなことがあってもバンちゃんなんだよ』
許しとは、ありのままを受け入れることか? あるものをそのままに、認めることか? 僕が欲しい答えはこれか?
腹の上で眠るハヤブサに僕は触れた。もう一度、そっと頭を撫でる。腹の上のハヤブサ、鳩より少し大きいだけ、体重は一キロにも満たない。腹の上にいたってどうってことはない。
そう、ハヤブサのままならば――
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