12 鶴は機織り上手
「ふふん、いい匂いだな。さては自分たちだけで食ったな?」
案の定、奥羽さんがギラリと僕を睨みつける。
「おい、バン!」
「は、はいっ?」
「おまえ、俺のコートに触りたいか?」
奥羽さんのコートは、実は表面が濡れているらしい。カラスの濡れ羽色だと、いつか自慢していた。
今日も奥羽さんは黒のハンチング、丸いサングラス、そしてご自慢の黒いトレンチコートに黒いブーツ、と年がら年中、真っ黒けの同じ服。
「ま、触りたいと言われても触らせてなんかやらんがな」
僕は内心ホッとする。奥羽さんになんか、絶対触りたくないと思う。
「吾輩の衣装はだな、実は特注品だ」
「そうだったんですね」
「ま、サングラスは市販品だ、たぶん。ごみ置き場で見つけたからな」
カラスの習性が抜けきらないんですね、と言いそうになって慌てて僕は口をつぐむ。
「が、ハンチングとコート、この生地は特別
「鶴?」
「おうさ! 鶴の織物は特上品だ。しかも多少の無理も聞いてくれる」
「鶴って、鳥の? 織物って、ひょっとして機織り?」
「当り前のことを聞くでない。鶴の恩返し、あの美しい物語を知らぬわけではあるまい?」
「はい、もちろん!」
ここで知らないなんて言ったら、奥羽さんに
猟師に助けられた鶴が
「でだ、吾輩の衣装は
奥羽さん、奥羽さんが自分大好きなのは、マジ、よぉーく判った。
洗い物を終えた奏さんが話に加わり、コーヒーが振舞われる。
「で、奥羽、頼んだものは手に入ったか?」
「やっぱり奏のコーヒーは旨いな――ふふん、夜中に
――奥羽さん、それボコられそうになったんじゃなくて?
僕の心配をよそに、奥羽さんはトレンチコートのポケットからガラス瓶を3本取り出した。それぞれ白黒灰色、灰色の瓶は少し小さめだ。
ダイニングテーブルに置くと、灰色の瓶を指して奥羽さんが言う。
「これが一番大変だったぞ。
そして白い瓶と黒い瓶を指す。
「こっちはな、鶴の
鳥用の回復薬? 羽根? ハヤブサ? 隼人!
「ま、こんなの飲んだところで、気安めだ。肝心なのは充分に養生することだぞ、判っておるな?――謝礼は隼人から
カアカア笑ってからコーヒーを飲み干し、奥羽さんは帰って行った。
言葉を失くした僕に奏さんが語る。
「俺に抱かれて運ばれながら、隼人は必死に
事務所が近づいて、国道からの分かれ道に差し掛かる少し前、隼人がいつになく真剣な眼差しをした。そしてハヤブサに化身し、あっという間に飛び立った。
「朔をおいてどうしたんだ? 俺はそう思ったが、それでも走り続けた。事務所の様子を確認しに行ったのかもしれない、と思ったからだ。それにあの場で止まるわけにはいかなかった。行く先は『ハヤブサの目』しかなかった」
隼人はすぐ戻ってきた。ハヤブサの姿で俺の懐に飛び込んできた。でも、その姿はボロボロで、腹なんか皮膚がむき出し、羽毛が一切ない状態だ。
「隼人すぐに
隼人は神の力をできうる限り朔の手当てに使いたかったんだと思う。隼人なら、自分の羽根を使わなくても霧くらい出せるはずだ。でもそうしなかった。力を極力使わずにいるために、羽根を
「なぁ、バン」
奏さんが僕に微笑む。
「隼人は横暴で自分勝手で、わがままで甘ったれで、まるきり子どもで……でも、可愛いヤツだと俺は思う。バン、おまえはどうだ?」
「うん……」
「隼人は、どこまで行っても神でいるしかない。神なのだから――そして神は横暴で自分勝手で我儘で甘ったれで子どもっぽい、そんなもんだ。そして今、誰よりも隼人を許してやれるのは、バン、おまえだと俺は思っている」
奏さんが、二つの小瓶を僕の前に置く。
「奥羽が『これは隼人がハヤブサ姿の時に飲ませろ』と言った。ぼろぼろのハヤブサ姿を誰にも見られたくないと隼人が感じていると俺は思う。バンもそう思うだろ?」
「弱った姿なんか、誰だって他人に見せたくないと思う」
「そうだよな――で、この薬、俺が持って行くかい? それともバンが持って行くかい? どっちなら隼人が言うことを聞くと思う? どっちのほうが隼人は安心するだろう? どっちが持って行けば、隼人は素直にハヤブサに
奏さんの顔を僕は見詰めた――
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