王の謝罪と告白と
王宮にある謁見の間に、拘束された王子とリッタの姿がある。
そこにシュメールとザルツボルトがやってきて中央に立つ。
すると、国王が入場し、玉座に着いた。
「楽にしてくれ。」
王子はむぐむぐと、うるさいから嚙まされた猿ぐつわの下で唸っていた。おそらく文句を言っているのだろう。
兵士は、王子にはそれなりに気を使ったのか、一応傷つけないよう連行した。しかしリッタはただの犯罪者扱いなのか、乱暴に連れてこられたので恐怖で俯いているようだ。
「まずはシュメール嬢に謝罪を。ほんとうに申し訳ないことをした。」
「そんな、陛下が謝ることでは……」
「いや、そもそもラスタの出来ないであろうことを優秀な貴殿に穴埋めさせていたのだ。今までも……これから先も、押し付けるつもりでいた。」
「……」
「王が駄目でも王妃がそなたなら、この国は平和を保ち、この先も存在していけると、そう思ったのだ……。」
「陛下……。」
「ラスタをきちんと教育することを諦めすべてを押し付けた。その結果がこれだ……。ほんとうに、すまなかった。」
王は、自分の息子の能力をきちんと把握していた。そして、諦めていたのだ。シュメールが優秀だからラスタがちょっとアレな王子であっても大丈夫だ、と。
ラスタのためを思うなら、心を鬼にして矯正すべきだった。しかし、国にとってはシュメールの能力さえあれば問題ないとそれをしなかった。いい父親ではなく、物事を取捨選択する国王だったのだ。
「そなたは、この先どうしたい? もちろん、この婚約は王家有責で破棄して構わない。」
「……ありがとう、ございます。」
シュメールとしての人生は、勉強一択だった。しかし彼女には、前世の明日葉だったときの記憶がある。自分で仕事をしてその分の報酬をもらい、ひとりで暮らしていたのだ。この世界での生き方も、無限に広がっているように思えた。
「婚約は解消させていただきます。」
「そうか。」
「よろしいですか?」
「ザルツボルト殿。」
シュメールと共に来ていたザルツボルトが声を上げた。王は発言を許可し、見守った。
「シュメール侯爵令嬢には、ぜひ我が国へお越しいただけたらと思うのですが、構いませんか。」
「それは、旅行、ということか?」
「いえ、ぜひ私の妃として」
「き、妃?!」
驚いたのはシュメールだった。それもそのはず、いきなり妃としてだなんて、友人とは言っていたし実際そうだったが、そんな前触れまったくなかったのだから。
「ど、どういう??」
「シュメール嬢。私は以前からあなたのことを、友人以上に想っていた。」
「えっ……!」
「あなたが幸せなら、この学園の卒業式を経て国へ帰り、この想いに終止符を打とうと、そう決めていた……。しかし……。」
シュメールは幸せではなかった。
少なくとも、ザルツボルトはそう判断した。
「覚えているかな。3年前の国交のときに初めて出会ったこと。」
「3年前……。」
シュメールは思い出す。3年前、近隣諸国から要人を招いたときのことを。
そのときは、未来の王妃として王宮で案内役を務めていたのだ。そして、ザルツボルトにも会っている。
案内役として務めるシュメールは、各人の困りごとを解決するため奔走していた。
皆が皆、この国の言葉をきちんと話せるわけではなかったが、シュメールは外国語が堪能だったため問題なくその役割をこなした。
困っている人の、その国の言葉で話をし的確な解決方法を提示している彼女。何人か、邪な下心を持って話しかける輩もいるようだったが、それにも毅然として対応していた。ザルツボルトはその姿にしばらく見入っていた。
「何かお困りですか?」
「えっ、あ……。」
自分に向けられた視線を感じ、困りごとを相談したいと勘違いしたシュメールは、ザルツボルトに声をかけた。
「よろしければお伺いします。」
「えっと……」
「??」
「あ……。」
「あ、もしかして、わたしのことばまちがっていますか?」
「えっ、いや、」
話しかけても戸惑い、黙ってしまったザルツボルトに、もしかして言葉が通じないのかと不安になるシュメール。
「ち、ちがうんだ。よく、できている。きれいな発音だ。」
「まあ、ありがとうございます。王子殿下。」
「私のことを知っている?」
「もちろんでございます。リューヘン国の第一王子、ザルツボルト殿下。」
もちろん、ザルツボルトだけではない。シュメールの頭には、今回国交で訪れているどの要人のデータもある。王族でもなかなかそれを記憶しているものはいないというのに、彼女の記憶力は群を抜いている。
「子どもの頃、リューヘンの絵本を読みました。とてもきれいな景色が描かれていて……いつか、行ってみたいと思います。」
「そうか……。あなたは、すごいな。」
ぽつりと出た称賛の言葉。
しかしそのつぶやきは、確かにシュメールに届いたのだ。
「ありがとう、ございますっ」
「っ……!」
褒められたことが嬉しくて満面の笑顔をザルツボルトに向けた。
それを見て高鳴る胸。彼女は優しさと勤勉さ、そして気高さを兼ね備え、さらにこんなひとことで笑顔を見せてくれる純粋なかわいらしさも持っている。ザルツボルトが惚れるには充分だった。
しばらく話をしたのちに、シュメールがこの国の王子の婚約者だと知ったザルツボルト。
仕方ないと諦めそのときは国に帰ったが、一度こもった熱は冷めることがなかった。
その1年後、2年次になってから留学してくるほどに。
それでも、シュメールが幸せならそれでよかった。見届けて、国へ帰ろうと思っていた。
しかし、彼女は幸せではなかった。すくなくとも、ザルツボルトの目にはそう見えた。
その原因は、やはりラスタ王子だろう。
もともとそれほどいい噂を聞く王子ではなかった。シュメールも苦労しているのだろうな、と思っていた。
しかし、支え合って国を統べるものになればいいと、見守ろうと思っていた。
だが、そうはならなかったのだ。
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