断罪返しは隣国の王子と(後編)




リッタ・バッカス男爵令嬢は、1枚のカードを突き出してザルツボルトに詰め寄っていた。

シュメールに噴水に呼び出され水に落とされたときに使われた証拠のカードだ、と。



「筆跡鑑定、していただいて結構ですよ?」


「ふむ。それは確かにシュメール嬢の字だね。」


「そうでしょう?!」


「だ け ど 残念。私はそれを書いているシュメール嬢と一緒にいたんだ。」


「……はっ?」



本物かどうかはザルツボルトがよく知っていた。なんなら、それを書くようにアドバイスしていたのも自分なのだ。



「彼女は悩んでいたんだよ。」


「っ、だから! 私が気に食わなくて――」


「ではなくて、君との逢瀬をやめられない王子について。」


「な……。」


「シュメール嬢は、君と王子が人前でも構わず触れ合っているのは問題だと言っていた。」


「……。」



シュメールは顔を顰めた。


彼女は忠告していたのだ。何度も、一国の王子がひとりの女性に入れ上げているなどというのは良くない、と。彼女が好きならそれでもいいから、まずはせめて立太子して、地盤を固めてからにしてほしいと。


口うるさく言うシュメールに嫌気がさしていた王子は、しばらく彼女を遠ざけていた。なので直接話はできないし、どうしたものかと悩んでいたのだ。

そこでザルツボルトは、そこまで言って聞かないし蔑ろにするなら、最終通告として手紙で呼び出してみるのはどうか、とアドバイスしたのだ。


来ればまだ、改善の余地あり。


来なかったら……。



「そのときの、カードだね?」


「……ええ。そうですわ。」



つまりこのカードは、シュメールがリッタに送ったものではなく、王子に送ったものだということだ。



「そ、そんなの、その女が言っているだけで!」


「確かに、殿下の鞄に入れました。護衛の方に許可を取ってからでしたので確認してください。カードの内容も見せています。」



王子が通っているだけあって、そのための護衛は至るところに配置されている。勝手に荷物を触るなんてできようもない。確かに、荷物が見える位置にいた護衛にこのカードをかばんに入れるとシュメールは申告していた。それを、どこかのタイミングで、睦み合っているときにでもリッタが抜き取ったのだ。



「さて、どうする?」


「…………り、リッタが、そのような……」


「そんなことするわけないわっ!」


「リッタ……」


「思い出してラスタ様! 私と過ごした日々をっ」


「っ……!」


「これからの、日々を……っ!」



過ごした日々イコール触れ合ったこと、つまり性交して気持ちよかったでしょ?と言いたいリッタ。これからの日々も、あんなことやそんなこと、しようね! と言っているのだ。

王子は行為を思い出し、その湧き上がる熱が、ただの性欲なのだがそれをリッタへの愛だと勘違いし、決意の表情を浮かべた。



「私は、リッタを信じる!」


「ラスタさまっ」



「「「なっ、(どよどよ)」」」



これだけ暴露されたのに、まだ非を認めないのはある意味メンタル激強なのだがそういう問題でもない。

今や会場中がザルツボルトの、シュメールのことを信じているのだ。そんな中押し通すなんて悪手でしかない。



「悪役令嬢シュメール・イスナー! 私の真実の愛の相手であるリッタに嫉妬していじめた罪、償ってもらうぞ!」


「もう、手の施しようがないね。」


「貴様はそもそも関係ないだろう!」


「あるさ。隣国の王子だ。君が王になったのちも付き合いは続いていくのに、それに……」


「ザルツボルト様?」


「こんなのは、見てられない。もういいね? シュメール嬢。」


「…………はい。」



幼い頃からなにかと押しつけてくる婚約者だったが、国のために、婚約を喜んでくれる親のためにと何事にも手を抜かず頑張ってきたシュメール。王子は、勉強嫌いだし、かといって剣術が強いわけでもなく、イケメンかそうでないかで言えばどこにでも出てきそうな金髪碧眼のイケメンだが、それだけだ。


12歳のときに婚約を結んでから、6年間一緒に過ごしてきた。情はある。

王妃になり国の為に尽くすのが務めだとずっと思ってきた。



だからシュメールは悩んでいた。



王子には王子の務めを果たしてもらいたかった。しかし、もう何を言ってもこの王子はリッタを選ぶのだろう。それではもう、王子として存在する意味すらないというのに。



「私は、国外追放で構いません。」


「そうか。では我が国に来ればいい。」


「それも、いいですわね。」


「ま、まて!」


「……なんでしょうか、第一王子殿下。」


「そ、そんな、隣国など許さん!」


「国外追放なのでしょう? 何か問題が?」


「そ、それは……」


「それじゃあ償いにならないじゃない!」


「そうでしょうか。」


「そうよ! もっと、何かないの?!」


「……もうあなた方と話すことはありません。失礼します。」


「お、おい! シュメール!」



そのとき、会場に兵士が駆け込んで来た。



「お、おお。ちょうどよい。お前たち! シュメール・イスナーを捕えて牢へ入れておけ!」


「失礼します。」


「わっ、なっ! 何をする!!」


「国王陛下よりのご命令です。大人しくなさってください。」



声高々に指示したはずが自分が拘束されてしまった王子。そのまま連行されていった。


会場のものは皆ポカンとしていた。


この断罪劇が始まったとき、ザルツボルトの手のものがすぐに動いて国王に知らせに行っていたのだ。



「恐れ入りますがこの場は解散とさせていただきます。皆さまどうか、ご退場くださいますようお願い申し上げます。」



学園の教師の声が響いた。



「イスナー侯爵令嬢。国王陛下がお呼びですのでご同行お願いいたします。」


「え、ええ。」


「私も行こう。」



シュメールとザルツボルトも、兵について王宮へ向かうのだった。





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