シュメール・イスナー侯爵令嬢
イスナー侯爵家に新たな生を受けシュメールと名付けられた女の子は、とても大人しく、本を読むことが好きだった。
文字を読めるようになるのは早かったと思う。なので幼少から屋敷にある本を読み、10歳になる前にはすべての本を読み終わっていた。というのも、イスナー家には、物語や国の歴史、基本的な政治経済、そして近隣の国の歴史書くらいしかなかったからだ。
シュメールは、もっといろいろな本が読みたかった。外国の絵本でもいいし、仕事の専門書でもいい。とにかく新しい本を欲していた。
強く願うと、それは聞き入れられ、父に王宮図書館に連れて行ってもらうことができた。
そして、父の仕事中は図書館で過ごす、という日々が始まった。
そこにある蔵書数は、どれだけ通っても読み切れるものではなかった。
しかし新しいことを知るのがとても楽しくて、シュメールは、毎日本を読みふけっていた。
この世界の一般的な貴族の子女は、15歳になると貴族学園に入学するのだが、それまではほとんど外に出ることがない。現代の日本では考えられないようなことだ。
なのでシュメールにとっては、屋敷から出て王宮の図書館にいるというだけでも、それはとても楽しいことだった。
ある日図書館で、この国の王子に出会うシュメール。
勉強嫌いな王子になんとか興味を持たせるために、教師がいろいろな本を薦めている。
そんなときに、普段家から出されることのない同じ年頃の女子がいるのが珍しかったのか、王子から声をかけてきた。
「おいお前、ここで何をしている。」
「こ、ここで……えっと、ほ、本を……」
初めて、父がいないとき誰かに話しかけられたため緊張してしまうシュメール。うまく話せないでいると苛立った王子がシュメールの持っている本を取り上げたのだ。
「これは、なんだ?」
「えっ、こ、これは、隣国のリューヘンの……」
「隣国? お前は隣国の言葉がわかるのか?」
「あっ、はい……。」
「ほう。」
この時12歳だった王子とシュメール。本ばかり読んでいて学ぶことが好きなシュメールと、剣術の真似事をして強くなった気でいる勉強嫌いの王子とでは、知識にかなりの差があった。
教師にうんざりしていた王子は、気弱そうなシュメールなら何でも言うことを聞くと思い、すべてを押し付けることに決め、なんと婚約者にと望んだのだ。
王妃となるものが代わりに教育を受け、政務をすれば、自分は王になっても遊び暮らせるのではないか、と。
そうした経緯だったが、イスナー侯爵家に王家から婚約の話がきて、侯爵はとても喜んだ。
シュメールの勤勉さが王子の目に留まったのだ。王家と繋がりができるし王子の婚約者とは、この上ない光栄なことだった。
すぐにシュメールは、王子妃・王妃教育の名目で王宮に通わされることになる。
実際には、王子・王政教育までも上乗せされていたので大変な量だったのだが、それでもシュメールはこつこつと知識を積み上げていったのだった。
そうして順調に学び、15歳になり学園にも通い始めた。
シュメールは、学園で学べる知識はすでに備わっていたので、人脈を築くことに力を入れた。
そうして王妃になったとき、王を、国を支えるのに必要な要人たちともいい関係を築いていたのだが、その間に、王子は男爵令嬢であるリッタと、運命の出会いを果たしたのだ。
リッタ・バッカスは、明日葉だった頃の日本で流行っていた乙女ゲームのデフォルト主人公だ。
貧乏男爵家のリッタが学園に通い始めるところから物語は始まる。
ちなみにだが、貴族学園は貴族なら誰もが通うことになる。王立の学園なので費用はかからない。どんな貧乏貴族でも通えるのだ。
リッタは、ゆるくウェーブがかった明るい栗色のふわふわとした髪をしたかわいらしい女の子だ。
背は小さめで、無駄に胸が大きい。一目見ただけで庇護欲をそそるような外見をしている。
物語の中のリッタは、学園でこの国の王子を始め各種イケメンと仲良くなり、勉強に部活動に精を出し、イベントをこなして最終的にはひとりと結ばれる、というのがハッピーエンドだ。
ほかにも愛情パラメーターが足りずに友情エンド、能力パラメーターが足りずにデスエンド、なんてのもある。
シュメールとして現実を生きるこの世界にいるリッタは、どうやら王子ルートを通ってきたらしい。
王子ルートでは、婚約者のシュメールが学園の卒業式で断罪され、リッタは王子の婚約者となりハッピーエンド。
今は、その断罪式だった。
「そんな……ありえない……悪役令嬢で断罪だなんて……てかいじめてなくない? ゲームの中では、シュメールはヒロインにいろいろしてたけど、私いじめてなくない? そんな暇なかったと思うんだけど。あれもこれもそれもやれって押し付けてくる王子のせいで。」
「な、なにをぶつぶつ言っているのだ! 本当に陰険な奴だな!」
「シュメールさん、私をいじめたことを、認めて謝ってください!」
「そうだ、謝るのだ!」
悪役令嬢転生もので言えば、身に覚えのないいじめで無理矢理断罪、となればヒロインも転生者でしかも性格が悪い系なのではないか、と前世でそういった小説を読みまくっていたシュメール=明日葉はあたりをつけた。
ここは鎌をかけてみるか、とシュメールは前世今世合わせてアラフィフの知識経験を動員して意見してみることにした。
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