第3話 小麦会議の開催とその数ヶ月後

私はヴァルイリス城の一室での会議に参加していた。

それは小麦の品種改良についての会議である。


会議には私とウラジーミル王子、

そして植物学者やベテランの農夫達が参加している。


この会議は私の提案によって開かれている。

小麦の品種改良をするなら専門家に話を聞くのが一番だと思ったからだ。

ウラジーミル王子もそれに同意してくれたので速やかに開催された。


私も思いついた事を提案してみるが、

厳しい意見と共に却下されてばかりであった。

でも私はそれを嬉しく感じた。


それは王女の私は意見を否定された事が殆ど無かったからだ。

でも、ここでは一人の人間として私の事を見てくれている。

そう感じられたので嬉しかったのだ。


それに他の人達の意見はもっともだと思えた。

彼らは真剣に小麦の事を、そして国の未来を考えているのが伝わってきた。

そんな体験はカリンルカ王国に居た頃は一度も無かった気がする。


皆の意見を聞いたウラジーミル王子はこんな提案をした。

「来年からは品種改良用の小麦を育てる面積を増やそうと思うのだが、どうだろうか?」


その提案に対して植物学者の一人がこう言った。

「そうですね。それが最善の策だと思います」

それに続いて農夫の一人がこう言った。

「私も賛成ですが、一体何処で育てるんですか?」


それを聞いたウラジーミル王子はこう答えた。

「それなら問題無いよ。王室には所有している土地が沢山あるからね」

こうして彼の提案は満場一致で採用される事になった。


会議が終わってからも、ウラジーミル王子は小麦について熱く語っていた。

「今は輸入に頼っている小麦を我が国で栽培できれば、きっと民の暮らしも豊かになる筈だよ」


そう熱弁する彼の表情は壮大な夢を見る少年の様だった。

私は彼のそんな表情と国の未来を考える姿勢を見て、

とても素晴らしい人だと思った。


私は今まで大勢の王族や貴族の人達に会ってきたが、

一族の名誉や財産を求める人ばかりだと感じていた。

だから彼のような王子が居る事にとても驚いていた。


気づいたら私は笑顔になっていた。

それは作り物ではない本物の笑顔だった。

そんな笑顔を浮かべたのは何年ぶりだろうか。


幼い頃の私は一つ年下の妹と遊んだりして笑顔で過ごしていた。

その日々はとても楽しかったのを覚えている。


でも私が7歳になってからは厳しい勉強や習い事に没頭する日々が続いた。

私はそれを淡々とこなしたが楽しくはなかった。

しかし「王女は人前では常に笑顔でなくてはならない」と父様に言われた。


私はその教えを守るために作り笑顔で笑うようになった。

最初は苦労したが、いつしか自然とできるようになっていた。

だが本当の笑顔を失ってしまった様な気がしていた。


そんな私が今は心の底から笑えている。

それはウラジーミル王子と出会えたからだ。


そんな彼とやがて結婚するのだと思うとなんだか恥ずかしくなってきた。

私は顔を赤くして俯いてしまった。


ウラジーミル王子はこう言った。

「これから忙しくなるよ。ナタリーも協力してくれるかな?」

私は顔を上げてこう答えた。

「はい!勿論です!」


するとウラジーミル王子は笑顔になった。

彼の笑顔を見ていると私も嬉しくなった。




それから数ヶ月が経過した。

今日は私の18歳の誕生日だ。


この辺りの国では、

婚約している女性は

18歳になると結婚するのが慣例だ。


けれどウラジーミル王子が結婚はまだ待って欲しいと言った。

それは小麦の品種改良に集中したいからだという。

私はその言葉に従った。


それに私は彼を尊敬しているが、

愛しているかは分からなかった。


私は彼と結婚するのは

親に決められたからではなく、

心が通じ合ったからこそ結ばれたい。

だから私は待つことにしたのだ。




そして更に数ヶ月後。

夏が来て小麦の収穫の季節になった。


しかし、畑に辿り着くと小麦の大半は枯れていた。

少しだけ収穫できたがこれでは量産は不可能だろう。

今年の小麦の品種改良は失敗に終わった。


でもウラジーミル王子は落ち込んではいなかった。

彼はこう言った。

「少しだけど小麦が収穫できた。それに今回の結果を踏まえれば、来年はもっと良い結果が出るだろう。だから落ち込んでなんて居られないよ」


私はこう答えた。

「そうですね。また皆で会議から始めましょう。そして来年こそは結果を出しましょう」


彼は微笑みながらこう言った。

「ありがとうナタリー。来年小麦が豊作になったら、その時に結婚をしよう」

私は笑顔でこう答えた。

「はい!その為に私もお手伝いを致します!」


こうしてまた小麦の品種改良の日々が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る