目的消失! ギャンブル定食、やってない

 大学時代、僕の精神性の半分はこの教授に支配されていたと言っても過言ではない。

 第一志望のゼミ(面接に行った時、先輩方はみんなパリピで蕁麻疹が出た)に落ちて入ったこの教授のゼミは、やる気がある生徒とそうでない生徒が併存する両極端なゼミだった。

 そして僕はやる気がある方(少数派)だったので、ゼミ内では浮いていた。

 ゼミで件の教授に厳しくしごかれながらも頑張っていた僕は、卒業してみればやる気がなかった生徒の後塵を拝す形となった。

 要は社会的には負けたわけである。先方は大企業の朝日生命入社。一方こちらはITベンチャー入社も二年で退社。プータロー生活である。

 今まで好きなことを優先してきたという自負で、客観的な社会的敗北という現実から目をそらして来た僕にとって、教授の鋭い指摘は僕の心に決して小さくない風穴を開けた。

 そうして軽い気持ちで訪問した研究所で以前とお変わりなき鋭さの教授に尊厳を踏みにじられた僕は、心に深く負った傷を癒やすため、意気揚々と惣菜さとうにやってきたのだった。

 そもそも今回の旅の目的は、人生最後になる惣菜さとうでギャンブル定食を腹いっぱいかきこむことだ。決して、教授にコテンパンにされることではない。


 大学から歩いて五分。店の中に入ると、誰も客がいない。しめた! 目論見通り、時間を外していったから、他の客に煩わされることなく、最後の惣菜さとうを堪能できるぞ。

 店ではテイクアウトの受付もしており、どうやら今はお持ち帰りの対応で忙しい様子。カウンター奥の弁当手渡し口では、店主の佐藤さんが接客中だった。

 しょうがない、待ちますか。そう思って五分ほど待つと、佐藤さんが申し訳無さそうな顔でこちらにやってきた。

 ようやく来てくれたか。僕は意気揚々と声を張り上げた。

「ギャンブル定食ひとつ――!」

「せっかく来てくれたのに、悪いね。中での食事やってない」

 思いっきり出鼻をくじかれガクリと肩を落とす僕。

 まあ、しょうがない。閉店間際だし、一人で経営している分、店内飲食の客を捌ききれずに弁当販売に絞ったのだろう。

 全く、佐藤さんの経営手腕には驚かされる。

 僕は素直に店から出て、裏側の弁当売場に回り込むと、そこには弁当を求めに三人ほど並んでいた。高校生、サラリーマン、そして主婦。全く、幅広い年代の人がこの店を愛しているんだな。

 しかし、これで惣菜さとうの弁当にありつける。出来立てを用意してくれるさとうの弁当は、実は中で食べる定食と同じくらいコスパが高くて人気だ。味噌汁がつかない分、価格的には弁当のほうが安い。

 大学の講義前に買ってよく食べてた思い出の味だ。もちろん、他店の弁当よりも深い器にみっちりと米が敷き詰められ、弁当一個で十分満腹になる。

 よし、これがさとう最後の弁当! 僕は元気よく頼もうとした。

「じゃあ、弁当を……」

「弁当も、材料が切れてて……、今日は作れない、ごめん」


 ……あ゜っ゜。









 






 明日は水曜日なので惣菜さとうは定休日。買えるとしたら明後日だが、ちょうど僕の休みも明後日で終わる。

 弘前から富山まで帰るのに六時間。帰りの電車のデッドラインがあるからもたもたしてると食べられない!

 だったら、開店直後に弁当を貰えば!!

 僕の頭がスーパーコンピュータ並みの試算を叩き出す。

「……明後日、木曜日に、メンチカツ弁当を一つ。11時に取りに来てもいいですか?」

「あー、その時間は材料がやってこないから駄目だな」


 ン゜。


 いや、諦めるな、ここまで来たんだ。食べなきゃ片道25,000円が紙くずだ!

「何時なら……」

「木曜の4時なら大丈夫」


 ……。


「じゃあ4時でオネガイシマス……」

「ありがとう! 折角来てくれたのにごめんね!」

「イエイエ~」


 注文して、スマホで弘前滞在最終日の時刻表を確認すると、弁当を受け取る時間は終電に間に合うかどうかギリギリの時間帯だった。

 動揺で視界がブレる。いや、ここまできたんだ、後悔はない。後は当日、天に任せるのみ。惣菜さとうを食べなければ、きっと人生後悔する。

 思わず息を止めているのに気づいて深呼吸する。色々なことがありすぎて、何だか、過呼吸になりそうだった。


 ゼミ担当の教授に教えてもらったメアドから、メールの作成を押す。僕にはもう一人、会いたい教授がいた。

 大学4年間の担任で、僕に自由人としての心がまえを教えてくれた先生。僕がやりたいことを話すと、全力で背中を押してくれた先生。

 先生に会うためにはアポ確認のメールしないといけない。

 しかし、頭の中ではゼミ担当の教授の顔がちらつく。もしかして迷惑なのでは? 大して理由もなく会って、教授の時間をムダにするのでは?

 社会人として、人の時間をムダにするのは不敬なことだった。

 それくらい事前アポを忘れた僕にだってわかる。


 僕は小一時間悩んでメールを送信した。ええい、成るように成れ!

 一段落ついて腹が鳴った。空きっ腹でふらふらな状態で会っても、失礼だろうか。僕は大学近くの生協でヤマザキのチーズバーガーを購入し、食べた。昨日の昼からものを入れていない胃袋に和製のバンズが沁みた。

 生協の前でハンバーガーを食べ終えた時、スマホに返信があった。担任の教授からだ。

「本当はこういう直前のメールは困るのですが、ちょうどこの後予定も空いていますのでお待ちしております」

 思わず手に力が入る。

 僕は富山土産の白えびせんべいの入った袋を握りしめ、一歩大学へと足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る