第10話 聞き込み
〈西第四街区の宿屋から火災発生。ロビーにあったランタンから出火か?〉
翌日の新聞は一面の大見出しで火事を伝えた。記事の内容は主に消火にあたった自警団を褒め称えるもので、若干、巡察隊を揶揄するニュアンスもあった。そして、最後の一文がネイピアを驚かせた。
〈出火時、ロビーに宿泊客以外の男性がいたことが確認されており、一部では放火の可能性を指摘する声もある〉
巡察隊はランタンの火の不始末が原因と発表しているし、放火の疑いがあることについては隊員たちには厳しく箝口令が敷かれている。大聖堂で保護されている事件当事者たちも未だ監視が解かれていないから取材できないはずだ。それなのに、放火の可能性までたどり着くとは。
──かわいい顔してなかなかやるねえ。
記事の署名は【エレメナ・アウグストリ】となっていた。
捜査は二班に分かれて行われた。宿屋のヴォルドゥ夫妻の身辺を探るチーム、そしてロマの行方を追うチーム。ネイピアは後者だ。
昨日のうちに巡察隊はベルメルン中の病院を当たっていた。手を切断されたのならかなりの出血だ。当然、医者を訪ねるだろうと考えてのことだ。しかし、手がかりはゼロだった。
ネイピアはロマがいつ街にやってきたかを調べるため、ベルメルンに五つある関税門を巡ることにした。ベルメルンは街の周囲を壁で囲っていて、中に入るには関税門で税金を払わなければならないから記録が残っているはずだ。
そして、ロマのサインが見つかったのは街の正門ともいうべきアルデラン門だ。高さ10メートルの堂々たる門構えはボミラールルの繁栄を象徴している。そこの関税徴取記録によると、ロマがやってきたのは事件の二日前だった。積荷は“花”となっていた。
聞き込みをしていたラブローが戻ってきた。
「班長、ちょうどロマの手続きを行った衛兵がおりました。ぜんぶ黄色い花やったっち言っちょります」
「黄色い花?」
「見たことない珍しい感じやったらしくて。衛兵もよく覚えちょるそうです。花が五角形のかたちしちょって、葉っぱがギザギザやったそうです」
「五角形の花か……。ラブロー、お前は知ってるのか?」
「知りません!」
「だよな。まあ花のことはよく分からんが、とにかく貴重な手がかりには違いない。その花を追えば、ロマの足取りもわかるだろう」
「追いましょう! 班長」
「よし、追うぜ! ……で、どうやる?」
「あらら……」
「ラブロー、ロマはどこで花を売るつもりだったんだろう?」
「ストラナ広場やないでしょうか? ほとんどの花売りはあそこで商売しちょります」
「花のことは花屋に聞くのがいいだろうな。とりあえず行ってみるか」
「はい!」
ネイピアとラブローは門から続く目抜き通りを東に向かって歩いた。街で一番広い道路だ。幅五十メートルはあるだろう。両脇には真新しい瀟洒な煉瓦造りのホテルや高級な仕立て屋、宝石商が立ち並ぶ。人通りも多い。
「賑わってるな」ネイピアが言った。
「新しい名所やっちみんな言っちょります。元々ここらへんは馬小屋ばーっかりでなーんもなかったらしいんやけど、五年前から国王の肝入りで整備されたっち聞いちょります」
ラブローはこの街に住んで二年足らずらしいが、すっかり溶けこんでいる様子が見て取れた。僻地の農村出身の若者が首都ベルメルンに根を張り、都会の住人になっている。
「お前、田舎もんのくせによく知ってるじゃねえか」
「班長、僕を侮らんでくださいよ。生まれはクソ田舎かもしれんですが、二年も暮せばもう都会っ子ですけん。シティボーイっちゅうんですかね」
ネイピアは思わず笑ってしまった。方言丸出しのシティボーイとは滑稽だ。
「何がそげんおかしいんですか? 班長」
「お前は一生そのままでいろよ」
「はい?」
目抜き通りをしばらく進むと道の両脇に花壇が現れた。百メートルは続いているだろうか。周りをレンガできれいに整備され、色とりどりの花が咲いていた。
「ここにも花壇があるんだな」
「はい、きれいに管理されちょるでしょう? ちょっと寄っていっていいですか?」
「ああ、いいけど。何かあるのか?」
「班長に合わせたい人がおるんです。えーっと、あ、いたいた」
ラブローは花壇で水やりをしている小柄な老女に近づいて行った。
「こんにちは、セレスティアさん」
セレスティアと呼ばれたその女は顔を上げ、人懐っこい笑顔で応えた。
「ああ、ラブローちゃん」
「班長、こちらがセレスティアさんです。花壇の手入れをボランティアでやってくれちょるんです」
「初めまして。新任のルーニー・ネイピアと言います」
「ネイピアさんね、よろしく。あなたお花はお好きかしら?」
「ええまあ。あんまり詳しくはないですけど、ここの花壇の美しさを感じる心は持っています」
「お花は心を穏やかにしてくれるわ。ずっと戦争ばっかりで気持ちが沈んでしまうけれど、美しいものを見て美しいと感じる心を忘れてはいけないわ。生きる喜びはしっかり享受しないとね。ねえ、そうでしょう?」セレスティアは目をキラキラさせながら言った。
少女のような無邪気さの中にも気品が感じられ、ネイピアはすっかり彼女を好ましく思っていた。よく見ると目鼻立ちが整っていて、若い頃はさぞや美しかっただろう。
「もちろんですよ。お花もいいですが、われわれ男にとってはあなたのような美しい女性の姿を拝むことも生きる喜びです」
「あら、ダメよ。おばあちゃんをからかうなんてねえ」セレスティアは笑いながらネイピアを見た。
「からかってなどいませんよ。心の美しさに年齢は関係ありませんから」ネイピアは真顔だった。
「フフフ、面白い人ねえ」
「セレスティアさん、班長はすごい人なんよ。戦場の最前線で隊を率いちょって勲章を何個ももらっちょるっち」
「へえ、そりゃすごいねえ」
「すごいのなんの……」
さらに言葉を続けようとしていたラブローを制して、ネイピアが言った。
「まあまあ、そんなことはどうでもいいんですが、一つ質問をしても?」
「なんだい?」
「セレスティアさんは五角形の黄色い花を知りませんか? 三日前にとある行商がベルメルンに持ち込んだらしいのですが」
「五角形の黄色い花? 知らないわね。でも、見てみたいわ。ラブローちゃん、見つけたら買ってきてちょうだいな。お金はあとで渡すから」
「了解!」ラブローは元気に答えた。
ネイピアとラブローはセレスティアに笑顔で挨拶して再び歩き始めた。
ラブローが言うには、セレスティアはもともと裕福な商家に生まれ、ホテルを経営する夫の元に嫁いだそうだ。夫婦で切り盛りしていたが十年前に夫が死に、息子が事業を引き継いだ。セレスティア本人はすでに仕事を引退し、気ままに目抜き通りの花の世話をしている。
「セレスティアさんは、毎日、ストラナ広場に集まる花売りのところへ出向いておしゃべりをするっち聞いたことがあります。街中の花屋と知り合いなんです。ベルメルンで扱っちょる花の情報は一番知っちょるんやないですかね。でも、そのセレスティアさんが黄色い花のこと知らんとなると……」
「ロマの捜索は難航するってことだろうなあ」
ストラナ広場に着くと、いつものように多くの露店で賑わっていた。花売りたちは中央にある花壇の近くに集まっている。
ネイピアとラブローは一通り、例の黄色い花を探してみたが、該当するようなものは見つからなかった。
「いらっしゃい。巡察隊の方々。女性にプレゼントする花束でもお探しで?」
エプロン姿の痩せた鷲鼻の男がネイピアに話しかけてきた。
「オヤジ、黄色い鉢植えの花はないかな? 五角形の花びらで葉っぱがギザギザな感じの」
「うーん、そんな花は見たことないですねえ。黄色い花ならこちらの百日草などいかがです?」
「いや、買いに来たなんじゃなくて捜査なんだよ。昨日の火事について調べててね」
「ああ、やっぱりね。じゃ、帰ってくれ。何も話すことはねえ」
それまで、作り笑顔でうやうやしく腰を屈めていた男は急に態度を変え、ふんぞり返った。
そのあからさまな態度にネイピアは思わず笑いそうになってしまった。
「じゃあ、その百日草を一つもらうよ。失礼した」
「あ? なめてんのか? 巡察隊なんかに買っていただかなくても結構。おとといきやがれ」
男は背中を向けて花の手入れを始めた。
ネイピアの後ろで話を聞いていたラブローが身を乗り出して、男の肩をポンポンとたたいた。
「まあまあ、そげんこと言わんとちょっとだけ話を聞いてよ、オヤジさん」
「うるせえ。邪魔だ」
「三日前にベルメルンにやってきた花売りが行方不明なんよ。オヤジさん、何か心当たりないかなあ?」
「その花売りが放火魔だってか。お門違いも甚だしいね。花売りは心の優しいやつがやってんだよ。いかつい顔しててもな」
「放火だとは誰も言ってないぞ」ネイピアが言った。
「広場じゃみんなそう言ってんだよ」
「オヤジ、新聞読んだのか?」
「新聞なんか読まなくたって分かるだろが。冬の油を使う時期じゃねえんだ。こんな時に火事なんて滅多に起きるもんじゃねえ。放火に決まってるだろ。馬鹿なのか、巡察隊は」男はネイピアを睨みつけた。
「とにかく、花売りを探してる60代くらいの男らしいんだ」
「知らねえよ」
「名前はフラーツ・ロマ。偽名かもしれないんだが」
「しつこいな! 知らねえって言ってるだろ。帰った帰った」
男はネイピアたちに水をかけて追い払った。
その後、花売りだけでなく広場にいた行商に片っ端から聞いていったが、みな同じような反応だった。
「巡察隊の嫌われっぷりは尋常じゃねえな。ある程度は覚悟してたんだがな、完全になめてたわ」
途方にくれたネイピアはベンチに座り、ぐったりして言った。
「市場にも行ってみますか? 外から入ってきた行商やったら、ここかそこか、どちらかに顔を出します」
「そこは少しはマシなのか?」
「マシ?」
「協力的なのかってことだ」
「いえ、同じような感じやと思います」
「じゃ、いいや。どうせ別の班が行くだろ」
「そうですか……」
「……巡察隊の人気のなさには感心するぜ。いつもこんな感じじゃ、捜査にならないだろ?」
「嫌われちょるのは間違いないんですが、今回はひどいですね。多分、みんな疑心暗鬼になっちょるんやと思います」
ラブローは、笑顔で接客している行商たちを見ながら言った。
「どういうことだ?」
「ここに集まる行商たちは仲違いが激しいっち聞きます」
「そりゃ、商売敵だからな」
「喧嘩沙汰もしょっちゅうですから、恨むもの、恨まれるもの、の集まりですよ」
「しかしそうは言っても、協力しないとやっていけないこともあるだろ?」
「だから、派閥をつくっちょるんですよ。この広場には三つの派閥があって、商売人はそのどこかに必ず属しちょります。場所取りから客の奪い合いまでいろんなことで年中揉め事が起こりますが、そのたびに派閥の実力者どうしで話し合って事態を収めるんです」
「丸く収まらないことだってあるだろ?」
「はい。僕が知っちょるだけで、死者が三人出ちょります」
「なるほどな。じゃあ移民受け入れが始まっていよいよ面倒くさいことになってるんじゃねえのか?」
「その通りです。移民は第三の派閥に属しちょったんですが、そこが分裂して派閥が四つになりそうな気配が漂っちょります」
「爆発寸前だな」
「そうやと思います。そやけん、商売人たちはこの広場に集まる者の中に放火魔がいると思っちょるんやないでしょうか?」
「宿屋に泊まっていた行商の誰かに何らかの恨みを持ったヤツの仕業だと?」
「はい。だから下手なことを言ってしまうと、仲間を売ることにもなるかもしれんし、他の派閥との火種を作りかねんと思うのも無理ないっち思います」
「だが犯人がつかまらなければ、あいつらもオチオチ寝れないはずだろうに。俺たちに協力した方が結果、いいと思うがな」
「信頼されてないんやと思います。商売人たちの揉め事なんかに我々は介入したりせんから。何度か商人たちが陳情に来たのを見たことがありますが、隊長は話も聞かずに追い払うっちゅう感じで……もうこの一年くらいは何も言ってこんようになりました」
「ビールズからしたら、貧乏商人に付き合っても得は何にもないものな。それよりも橋の向こうの東街区に住む金持ち連中の相談に乗った方が断然意味はあるだろ」
ネイピアは少し考えて言った。
「で、実質この西街区を守ってんのは……アイツかあ」
「はい、アイツです。みんな困ったことがあるとアイツのところに行きますけん。街のいろんな情報はアイツのところに集まります」
「……結局アイツしかいないんだよなあ」
ネイピアは頭を抱えた。
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