第9話 捜査会議

午後には隊長のビールズから召集がかかり、巡察隊のほとんどが城に呼び戻された。二階の詰所で捜査会議だ。


デスクに一人座るビールズを囲んで五十人の隊員たちが立っている。ネイピアとラブローは一番後ろで壁に寄りかかっていた。


「班長、前に行かんでいいんですか? 上官はみんな前におりますよ」ラブローが心配そうに小声で言った。


「いいんだよ、ここでもちゃんと聞こえるからさ」ネイピアはあっけらかんと答えた。


ビールズは報告書を読みながら、情報を整理していく。


「火事が起きたのが午前一時ごろ。そして、消し止めたのが四時過ぎ。火元は一階ロビー。油がまかれて放火された痕跡あり、と。ここには行商の荷物が置かれてあったそうだな」その声には威圧感が感じられる。


「はい。当日も荷物がぎっしり置かれていたそうですぅ」


 最前列に陣取ったメイレレスが甲高い声でハキハキと答えた。その声は特有のねちっこさが鳴りを潜めている。


まるで先生に気に入られようとする子供だとネイピアは思った。ラブローをいじめていたメイレレスは、どうやら隊長の腰巾着のようだ。


「どんなものがあったのか分かったか?」


「分かっている範囲では野菜、チーズ、子供向けのおもちゃ、革製品、全部商品ですぅ。保護した宿泊者たちに確認がとれました。ただ、分かっていないものもありますぅ。上から布をかけられていた荷物が一組あったそうですぅ」


「それが、フラーツ・ロマのものだな」


「おそらくは」


「現場に残された切断された右腕もロマのものと見て間違いないだろう。ロマの特徴は?」


「宿屋の主人によると年齢は六十歳前後。中肉中背でこれといった特徴はなかったそうですぅ。着ていた服から察するにあまり裕福ではなかったろうとのことですぅ」


「あの宿に泊まる時点で貧乏商人だろうがよ」ビールズはイラついているようだった。


「は、はい……」メイレレスわかりやすく萎縮した。


 ネイピアは思わず笑ってしまった。


「アハハ、先生に怒られちまったな。生徒会長さんよ」


「班長、しーっ」ラブローは人差し指を口元にあててネイピアを睨んだ。


 ビールズは不機嫌そうに続ける。


「問題はいつ誰が切断したのかということだ。何かわかっていることはないのか?」


「切られたのは客が避難する前かと」メイレレスが恐る恐る答えた。


「理由は?」


「二階で寝ていた宿泊者がロマのものと思われる悲鳴を聞いていますぅ。その声で目が覚めたそうですぅ。そして少しして、『火事だ』という若者の声を聞いたと」


「火事現場でみんなを起こしてまわったヤツだな」


「はい。一階の宿屋の夫婦も二階の客も、その声で火事に気づいたそうですぅ。何人かが、姿を見たそうですが、若くて背が高かったそうですぅ。そして、声は甲高い特徴的なものだったと。名簿と照らし合わせると、その若者は宿泊者ではありません」


「そいつはどこへ消えた?」


「分かりません。現場はあらいざらいひっくり返しましたが、死体も出てきませんので、どこへ行ったものやら」


「ロマの足取りはつかめてないのか?」


「血痕を辿ると、トロヤン川の船着場に着きますぅ。しかし、そこまでで……」


「放火事件がおこり、現場から二人の人間が逃亡。どちらかが放火魔だ。どっちだと思う?」


「状況から考えてロマが放火したと考えるのが自然かと。若者はその場にいたものを救おうとしていますぅ。こんな推理が成り立つのではないでしょうか。ロマが放火するのをたまたま見てしまった若者が、止めようとして剣をふるい、ロマの腕を切った。しかし、火はすでに燃え上がり、若者は人々を救おうと、起こして回った。そして、その隙にロマは逃げた」


「俺もほぼ同じ見立てだ」ビールズは身を乗り出して言った。いつの間にか機嫌は直ったようだ。


「そうですか!」メイレレスが嬉しそうに叫んだ。


「その場合、謎が残るのはなぜ、ロマが火をつけたかということだ。自分の荷物もあるのに、だ。いや、自分の荷物などハナからなかったのかもしれん」


「どういうことでしょう?」


「宿屋の主人の前歴は調べたか?」


「はい、タッカー・ヴォルドゥはプレジネッタで商売をしていたようですぅ。今はボロ宿の主人に収まっていますが、かつてはかなり成功していたようですね。ホテルを数軒、持っていて羽振りもよかったようですぅ」


「プレジネッタといえば、成金商人の街だな。そこで成功していたのなら、恨みの一つや二つか買っていてもおかしくはない」


「つまり、タッカーを狙った放火……」


「そうだ。タッカーに恨みを持つものが、ロマを雇ったのかもしれん。布がかぶせてあったという荷物だが、布の下にあったのは油じゃないかとも考えられるわけだ」


「なるほど。さすがですぅ。隊長」


「タッカーがなぜプレジネッタを離れ、ベルメルンでボロ宿の経営を始めたのか? その理由は分かっているのか?」


「いえ、今後、事情聴取でそこらへんを詰めていきますぅ。ただ、一つ気になるのが……」メイレレスは、言い淀んだが、意を決して言った。「妻は親子ほども歳が離れていますぅ。何か臭うんですが」


「重体の女房か。よし、意識が戻ったらお前が聴取しろ」


「は!」メイレレスの甲高い声が響いた。


 ビールズは勢いよく立ち上がって、地鳴りのような威圧感ある声で全員に告げた。


「いいか、宿屋の怨恨の線を中心にいくぞ! プレジネッタにも隊員を送って徹底的に調べ上げろ‼︎」


「は!」五十人が声を揃えて叫んだ。


「ちょっと待ってください!」


 隅っこで一人、考え込んでいたネイピアが初めて口を挟んだ。全員の視線がネイピアに刺さる。


「なんだネイピア。お前もいたのか?」ビールズは冷たく言った。


「怨恨が理由だとしたら、なぜロマは主人たちを殺さなかったんです? ロビーのすぐ隣で二人とも寝ていたんですよ」


「若者が現れて殺しそびれたんだろ」ビールズはイライラを隠さず言った。


「それも変な話です。殺すつもりなら火をつける前に始末するのが普通でしょう。寝ている間にやった方が楽に決まってる」


「殺す目的じゃなかったのかもな。宿を焼き払い、財産を失くさせて生き地獄を味わせるつもりだったのかも」


「そもそも、最初から放火を計画していたのなら、ロマが宿泊する必要はないのでは? 夜中にロビーに忍び込めばよいだけなんですから。わざわざチェックインして主人に顔を見られて何の得があります?」


「夜中は宿屋も戸締りをするだろう? つまり、行商を装って宿泊するしかなかったんだよ」


「戸締りをしたとしても、プロならば簡単に侵入できますよ。物音ひとつ立てずにね。いや、もっと言うともし宿を焼きたいのなら忍び込まずとも窓を割って火炎瓶を投げ込むだけでいい」


「じゃあ、お前はどう思うんだ⁉︎」


ビールズは眼光鋭く睨みつけたが、ネイピアは全く意に介すことなく答えた。


「狙われたのは宿屋ではなく、ロマですよ」


「どういうことだ」


「放火を中心に考えるから、こじれるんです。これは殺人未遂事件として考えるのがいいかと。ロマの腕の切り口は鮮やかなもので、相応に腕のたつ剣士に違いありません。もともと若者はロマを殺そうとしていたのではないかと。そして、もみあっているうちに図らずも火がついた。ロマがなぜ狙われたか? それは荷物です。相当やばいものなんでしょう。我々、そして世間に知られてはならないような。だから、ロマはそれを持って逃げた」


「やばいものって何だ?」


「例えば、盗品とか?」


「ネイピア班長、お言葉ですがねぇ、そもそもロマの腕を切ったのが、その若者という確証もないですよぉ」メイレレスは苦し紛れに反論した。


ビールズは子分の援護射撃に満足そうに頷くと、改めて全員に指示を出した。


「繰り返すが怨恨による放火の線が中心だ。わかったな‼︎」

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