開花その96 結果オーライ(八歳編最終話)後編



 翌日、姉上は一通り学園での用事が済んだので、ネリンに王都の観光案内を頼んだ。


 入学手続きやその他の準備に数日かかるようなので、一度実家へ帰り編入の支度をすることになる。勿論、移動は私が請け負います。


 一方、残る三人は再び商業ギルドへ来ている。


「先に、もう一度屋敷を詳細にご覧いただきたいのですが」

 というわけで、馬車に乗り込み屋敷に到着する。


 前回は建物の奥へ入りたがらなかったナタリー嬢が、今回はずんずん奥へ進んでいく。おいおい、大丈夫なのか?



(ああ、これは酷いですね)

 今日はルアンナも一緒だ。前回は入口近くの改装済み区画を主に見た。しかし今日は、その奥に広がる未改修部分へ入っている。


 手前の部屋は内装が剥がされ工事中だが、その奥には手付かずの古い部屋が残っていた。


(何がどう酷いの?)

 そう言い終わる前に、足元から嫌な魔力が吹き上がるのを感じた。


(これは、まるで迷宮のような……)


 プリスカとセルカも何かを感じたようで、足を止めた。


(単なる呪いというより、地下で精霊が魔物化しているようね)

 ……また迷宮案件なのか?



 逃げ出したい気持ちを振り払い、ナタリー嬢の後を追う。


「姫様、この屋敷に金を払う馬鹿はいないと断言できます」

 近寄って来たプリスカが、耳元で囁いた。


「そうだな。ルアンナも酷いという位だから、もう帰ろう」


 プリスカはそれを聞くと緊張を少し緩め、ナタリー嬢の隣へ並ぶと、何か言った。

 ぴたり、とナタリー嬢の足が止まり、両肩が上がる。


「お願いです。もう少しだけお付き合い願います。皆様は一流の冒険者と伺っております。この館の現状を見て、是非ともご意見を戴きたいのです」


「そんな事は、冒険者ギルドに言ってくれ」

 プリスカがそう言って、こちらを振り返る。


「何か事情が?」


「この館の持ち主である貴族様は一族の多くを失い、当主様も重い病に苦しんでおります。この館を購入した貴族様と仲介した商業ギルド双方の立場上、正式に教会や冒険者ギルドへ依頼を出すことは困難なのです」



 世間体という奴か。下らない理由だが、巨大な貴族社会の中心地に生きる者にとって、それを否定することは自らの存在をも否定することになる。精霊に護られた王国では、精霊の呪いを受けるのは実に不名誉な事だ。


「この館を持つこと自体が大きな負債となっている今、我が商会がこれを無償で譲り受けることにより、全ての呪いも同時にこちらで引き受けましょう」


 プリスカのとんでもない提案に、ナタリー嬢が飛びついた。


「プリム殿、それは本気ですか!」

「当然、我が主の承諾が必要ですが」



「……アイリス殿は、商会の代理人権限をお持ちですよね?」


「そうですね。検討はしますが、これだけの呪いを祓い去る費用を考慮に入れれば、改装費用を逆に頂戴したいところですが」


「そ、それで結構です。では無償譲渡の上、残りの改装費用は売り主負担とし、所有権の移転作業は可能な限り大至急、という条件でよろしいか?」


「それで構いません」


 タダどころか、お金も戴ける。これを売買契約というのか?


 いや、契約書にはこちらの負担する莫大な解呪費用相当額が経費として載ることになるぞ。



 上手くやったな。相手にとって、これぞ盗人に追い銭なのか?

 だが、人聞きの悪い事を言わないで貰いたい。面子を守るための出費は、貴族の必要経費なのだ。


 しかも、なるはやで所有権を移転して、呪いの矛先をこちらで一手に引き受けようという、愛のある契約内容だ。


「ではギルドに戻り、早速契約を」


 ナタリーも必死だな。どうにか我慢していたけど、一刻も早くこの館から逃げ出したいのだろう。よく見れば、足が細かく震えているもの。


 うん。冒険者など辞めて、王都でゴーストバスターとして暮らすのも悪くない。きっと儲かるぞ。



 大急ぎで出て行くナタリーを追って、私たちも玄関へ向かう。そんなに慌てると危ないぞ、と思う間もなくナタリー嬢が派手に転んだ。


 ふわりと広がった黒いスカートから伸びる膝に血が滲んでいて、痛々しい。


 仕方がない、サービスで治癒魔法を使ってやるか。

 ほれほれ。


(……姫様。館の呪いが綺麗に消えてしまいましたね)

(ええっ?)


 ルアンナの言う通り、私の広域治癒魔法により館のおかしな魔力がすっかり消えている。


 ヤバい。ナタリーにバレる前にここから離れて、大至急契約書にサインをしなければ。


「さあ、急ぎましょう」

 私はナタリー嬢の手を取り、結婚式場から花嫁を略奪する映画のラストシーンのように、大慌てで走って館を出た。


(そんなに急いで逃げ出さなくても……本当に、姫様は大物なのか小物なのか?)

 ルアンナから見れば、どうせみんな小物なんだろ?



 双方の利害の一致による猛スピードで、その日のうちに屋敷の譲渡契約が成立した。


 この世界にギネスブックがあれば、きっと掲載されただろう。あと、呪いを解いたスピードも、ね。


 私たちは、晴れて王都の一等地に屋敷を持つことになった。しかも、既に悩みの種であった呪いは取り除かれている。


 今後の改修はプリセルに任せることにして、私は翌日には姉上を伴い再び空の旅に出た。


「姉上、王都はいかがでしたか?」


 空の上で甘い焼き菓子と、とっておきのポテトチップスをつまみながら、寛いでいる。姉上の様子も、行きに比べればかなり落ち着いていた。


「楽しかったわ。ありがとう、アリソン」


「来週にはすぐ学園の寮へ入り、入学です。早くお友達ができるといいですね」


「それが不安だわ。兄上もやはり最初は田舎者なので緊張した、とおっしゃっていましたから」


「大丈夫です。兄上もすぐに慣れましたから」

「それは、アリソンが一緒にいたからでしょ」

 今回の旅で、姉上には色々とバレてしまった……



「姉上は婚約者のある身ですから、上位貴族の子弟にはご注意を。特に第三王子は危険です」

「アリソンは、クラウド殿下との婚約を蹴ったのでしょ。よくそんな事が出来たわね」


「あれは、五歳の時の事ですよ」

「たったの三年前でしょ」


「他にも公爵家のいやらしい男子などが、学園にはうぞうぞとおりますので、ご注意を」

「私の婚約は、解消されるみたいなの」

 初耳だ。


「まさかそれで、学園へ行きたいなどと……」

「さあ」


「いえ、そうなると尚更、兄上の監視の目が強くなりますね」

「え、兄上とそんな話をしていたの?」


「クラウド殿下は、兄上の親友ですから」

「……そうだったの」


「くれぐれも、錬金術研究会へは近寄らぬよう忠告いたします」

「うん、わかったわ」


「魔術研究会もダメですよ。あと、殿下の警護担当にステファニーという腹黒い女がおりますので……」

「アリソンも、もう一度学園へ入学すればいいのに」


「それは無理です」

「あなたは王都でドタバタしていたけど、何をしていたの?」


「ああ、王都で屋敷を手に入れまして……」

「はぁ?」



 さすがにあの呪いの館に、兄上と姉上を住まわすことはできない。そうなったら、エイミーが可哀そうだ。


 それに、我が商会はウッドゲート家との関りを知られてはならないのだ。



 姉上が編入試験に合格し、来週にも王都へ向かうと知ると、父上は大いに悲しんだ。来年には、また弟か妹が増えているかもしれない。


 私は谷の館で一息つくと、ご先祖様のネルソンに会うため、北の鉱山へ向かった。


「あれ、姫様お帰りでしたか」

 サトナが気さくに話しかける。こういう精霊なら大歓迎なのだけど。


「どういう精霊が歓迎されないのか、詳しく聞きたいのですが」

 ルアンナが拗ねている。


「そういうところだよ!」



「エドとネルソンを呼んできますね」

 私がここへ来ることは、デンデンムシで二人に伝えておいた。


 迎賓館の二階にある暖炉の前で寛いでいると、二人が部屋に入って来る。


「おお、やっと姫さんの顔を見られた」


「姫様、旅はいかがでしたか?」


「うん、収穫は少ないかな」

「やはり、そうですか」


「これから、よく考えてみるよ」

「それがよろしいかと」


「ところでさ、ネルソンが私のご先祖様だと聞いたんだけど」

「ど、どこでそんな事を?」


「それは、ヒ・ミ・ツ」



「やっぱり本当なんだ」


「いや、昔の話です。今じゃ谷の領地でも知る者はいないでしょう」


「あれ、姫様はご存知だと思っていましたよ」

 エドは、意外な顔をしている。


「いやぁ、危なくご先祖様をフランシスとくっつけるところだったよ」


「勘弁してくだせぇ、俺はもう年寄りですから」


「でも、ネルソンにはエルフの血も混じっていると聞いたしさ」


「まあ、そうですけど」

 昔話をする気は無さそうだなぁ。



「あ、そうだ。王都に家を買ったから、今度王都へ来る時には泊まりに来てね」

「ほう。ついに姫様も居を構えましたか」


「うん、姉上の学園への編入も決まったし、私も王都に拠点があると便利かなって」


「それなら鉱山の金庫に溜まっている物を、全部持って行って戴きたいのですが」

 エドが困ったように言う。そうか。商業ギルドの口座以外にも、こっちへ来ている資産が色々あったな。


「これから屋敷の改修工事をするんで、王都のドワーフたちを紹介してよ」

「そりゃいいけど、どの辺です?」


「えーと、お隣さんは確かクリストフって貴族で、向かいがハースト伯爵だったかな」

「おい、姫さん。それは最近王都で名を売る成金貴族じゃねぇか?」


「へえ、そうなんだ。うちの屋敷はエアリアル商会の所有だからさ、商売相手として気楽に訪ねてくれればいいよ」


「ほう。良い場所を選びましたね」

「おい、そこってまさか、エドも知ってるあの呪いの館じゃねぇか?」


「そんな事は無いでしょう。幾ら姫様が悪趣味の変わり者でも、あの救いようのない屋敷に住むような物好きではないでしょう」


 いいえ、たぶんその救いようのない呪いの館に住む物好きなのですけど……



 週が明け、私は姉上と二人で王都を再訪した。


 いよいよ本日入寮で、明日から入学となる。学園の小童こわっぱどもよ、姉上様の気高き美貌に打ちのめされるがよい。


 私はファイに姉上を預けると、呪いの館へ急いだ。


 我が館では庭師が木に登り、ドワーフの内装業者が慌ただしく出入りし、什器備品の搬入やらも重なって、大騒ぎになっている。だがそれ以上に屋敷の周囲には、見物に来た野次馬の姿が異常に多い。


 王都中の暇人が集まったかのようで、王国の主要メディアが全部取材に来ているようだ。


 午後のワイドショーには、きっと各局で私のインタビュー映像が流れることだろう。

 まるでそんな感じに、普段は静かな貴族街に大騒乱が起きている。


 ご近所の皆様には、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。


 私は王都で有名な高級菓子の詰め合わせを手に、近隣のお屋敷を謝罪して回る。


 平日の昼間なので、対応するのは屋敷の留守を預かる侍従や警護の方々なのだけれど、一様に、感謝の言葉を重ねて頂戴した。


 呪いの館のお陰で格安で入手した邸宅の資産価値が突然爆上がりして、当主は天にも昇るような喜びようであるらしい。



 おかげで、私の屋敷は周囲の貴族から陰湿で理不尽なイジメにあう事もなく、安穏な生活を始められそうだ。


 姉上の学園生活が軌道に乗れば、私は谷の館へ帰り弟と触れ合いながら、春までのんびり過ごそう。

 その頃には、呪いの館の工事もすっかり終わっているだろう。


 あ、オプションの地下牢工事も、忘れずに発注しておかないとね。



 アリソン八歳編 終



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