開花その96 結果オーライ(八歳編最終話)前編



 私の個人情報が漏れぬようドワーフたちが気遣ってくれて、商業ギルドへの登録はダミー会社を経由している。


 つまり冒険者アイリスは、種族を越えて大陸を舞台に商いをする総合商社(笑)、エアリアル商会の代理人という立場である。


 王国側の商人も、商会のバックにいる大賢者と呼ばれる存在に気付きつつあるが、その出自が王国の住人ではない事を疑い、深入りを避けている。


 まあ、普通に考えればドワーフだと思うよね。

 だから、この商会が救国の女神との繋がりを疑われることはない。筈だ。



 プリセルの二人も私と同じく、商会の従業員扱いとなっている。正確には冒険者ギルドを介さない、期間を定めた個人的な委託といったところだ。今後の事は知らん。


 エアリアル商会の主な取引先がドワーフの鉱山組合なので、人間の国としては慎重に扱いたいと考えるのが普通だ。


 他の取引先は、例えばバルム親方の工房とか、あとは王宮かな。決して表には出ないけど。


 でもこの国の商人は組合を介さずにうちの商会と直接取引をしたいと、隙を狙っている。


 だからプリスカが問い合わせていた不動産の情報も、かなりの優良物件が含まれていた。


 今日は、そのうちの幾つかを見られるらしい。

 楽しみだ。



「おお、姫様。商業ギルドがその気になって、積極的に動いております。ここは慌てず、じっくり構えて行きましょう」


 プリスカは堂々としていて、やけに頼もしく見える。そういえばこいつ、商人の娘だったな。


 逆に、セルカは無駄に緊張しているが、そのまま黙っていてくれればそれでいい。


 私は、剣術の稽古ができるような庭付きの家を求めている。そうなると、それなりに建物も大きくなるので、長期で借りられるのなら、それでも良いだろう。


 ただ、借りた物件に地下牢を造るのは難しいか。パンダをがっかりさせたくないので、できれば購入したい。


 あと、あくまでも住居として考えているので、店舗として使う予定はない。



「さて、ここから先は、間違っても私を姫様と呼ぶなよ」

「はい、アイリス様」

「……」

 セルカは黙って頷く。返事くらい、してもいいよ。


 二人の身元をよく調べれば、例の救国の女神様の元侍女であったことに行きつく可能性も無くはない。ただ侯爵家の使用人が冒険者であったことを知る者すら、極めて少ない。


 二人は変わらず、プリムとセルカの名で冒険者を続けている。



 商業ギルドでは応接室に通されて、若い女性職員から幾つかの物件案内を受けた。全て売り物件らしい。


 プリスカが無表情のまま事務的に多くをボツにして、三か所の物件を選んだ。これからそこだけ、物件を見せてもらう。ギルドの馬車で案内してくれるというので、さすがに不動産の取引となると扱いが違う。


 まぁ、こちらの資産状況もある程度は知られているから、堂々と金持ち面をして悪い笑顔を浮かべていれば良いのだろう。今の私は大店の番頭のような扱いなので。


 ふふふ、越後屋、お主も悪よのう……などと一度は言われてみたい。貧乏人には、裕福な商人がみんな悪党だと思い込む、歪んだ性癖がある。


 商業ギルドなんて、悪の巣窟のイメージだ。騙されないぞ、と私は肩肘を張りまくっている。


 油断をすると身ぐるみ剝がされそうで、怖いのだ。王宮に行く方が、気楽かも。


 セルカも同じように、無駄に緊張している。彼女には、貧しい田舎者同士のシンパシーを感じる。



 最初の物件は、王宮に近い貴族の邸宅が並ぶ一角にあった。元はどこかの没落した田舎貴族の屋敷であったらしい。


 貴族の間ではそれなりに有名な物件で、屋敷の所有者が三代続けて没落しているため人気薄となっている。今が狙い目か。


 それとも私のような無知な商人に、少しでも高額で売りつけようとしているのだろうか。


 私としては、貴族街の立地というだけでほぼアウトだが、さすがに元貴族の屋敷だけあって立派だ。周囲は更に広いお屋敷が並ぶ地区なので、決して目立ちはしない。


 ただ建物全体が、確かに何かただ事ではない魔力に覆われている。


(あれれ、噂の姫様じゃないですか?)

 屋敷にいた精霊が、話しかけて来た。庭にある大きな銀杏の木の精霊らしい。


(おお、丁度いいところに。この屋敷ってさ、もしかして呪われてる?)

(はい、その通りです。でも姫様が住むのなら、問題ないですよ)


(どういうこと?)

(人間に深い恨みを抱いたアンデッドと屋敷精霊が呪いの源ですから、エルフの姫様なら何も問題ありません)


(いや、私が良くても、うちの従者たちは普通の人間だからさ)

(あ、エルフじゃないんですね。そりゃダメです。今の屋敷精霊は正気を失い、マトモに話が通じる相手じゃありませんよ)


(そうか。じゃ、軽く見るだけ見て、他にいい物件が無ければ、また呪いを解きに戻って来るよ)


 こんな時にルアンナは、またどこかへ遊びに行っていて不在だし。

 きっとどこかの教会で、他の精霊と井戸端会議の最中なのだろう。



 屋敷の一部は改修工事が行われ、趣味の良い上品な内装が埃を被っている。しかし工事は途中で止まっているようだ。多くの部分がカーペットや壁紙を剥がしたまま放置され、長らく使われた形跡のない黴臭い廊下が続いていた。


 この屋敷なら地下牢どころか、拷問部屋があっても驚かない。


 私は、精霊の呪いを解呪することができる。ステフに騙され呪いのアイテムを身に着けて、偶然その能力を得た。だが、呪いのアイテムは消え去り、残された謎の能力は消えていない。


 世間的にはこれを、精霊の祝福と呼ぶらしい。しかし解けない祝福など、呪いと同じだ。積極的に使いたい能力ではないし、またどんな弊害が出るかわからない。



 二番目の家は市場の近くで立地は最高なのだが、ちょっと狭い。これだと地下に部屋を造り過ぎて、迷宮化しそうだ。しかも、価格はかなり高額であった。


 隠れ家としては良いのだが、ここに長く居ればストレスが溜まり、思わぬ方向へ爆発しそうで怖い。隠れ家と割り切るのなら、もっと小さな家でも良いだろう。


 三番目は、物件自体は広く新しく清潔で最高なのだが、ネルソンの言う薄汚い酒場の集まる地域に隣接し、はっきりと周囲から浮いている。


 これも何か事情がありそうな物件だが、とにかく目立つのはダメだ。


「今夜中に他の物件を当たりまして、明日も幾つかご提案と案内をさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

 泣きそうな顔でギルドの担当者が言うので、明日の朝またギルドを訪ねることになった。



 私は二人と別れて、学園へ戻る。明日の朝、また商業ギルドで待ち合わせだ。

 さて、姉上はどうなっている?


 学園長室へ行くと、姉上はファイと歓談中だった。


「兄上とはお会いできましたか?」

「ええ、少しだけ」

 そうか、良かった。


「えっと、アイリス殿」

「いやもう、いつも通りでいいよ。何を今更」


「では姫様。メイリーン様は驚くほど聡明なお方で、魔法の素養も充分です。この人材をこのまま野に置くは、国の大きな損失。学園としては、一刻も早い編入を望みます」


「えっと、学園長も?」

「はい。今は編入許可に必要な手続きをすべく、王宮へ出向いております」


「早い!」



「いや姫様、兄上様も姉上様も、実に優秀でいらっしゃる」

「とても私と同じ血を引いているとは思えない、と続くんでしょ?」


「その通り!」

 ファイは言ってから、慌てて両手で自分の口を塞いだ。


「その次は、姫様はどこでその根性が曲がったのですか? と言いたいんでしょ」

「ううううう」


「アリソン、ファイさんが困っているので、もう止めなさい」

「はい、姉上」


「おおおおお、姫様が素直に、はい、とおっしゃった!」

 こら、ファイ。そんな事で泣くなよ、恥ずかしいから。



「明日は寮の案内と教員による教科のガイダンスを予定していますが、メイリーン様を一日お預かりしてもよろしいでしょうか」


「ではファイに一任します。姉上をどうか、よろしくお願いします」


「おおおおおお、姫様が頭を下げられた!」

「オネガイ、モウヤメテ」



 私たちは兄上と連絡を取り、三人でフィックスに集まり夕食を共にした。


 私と姉上はファイの手配した宿屋に宿泊し、私は夜遅くまで姉上の質問攻めに会いとても困った。


 翌朝姉上を学園へ送り届け、私はプリセルと三人で再び商業ギルドにいた。


「こちらが、新たなリストです」

 徹夜で資料を仕上げたのだろうか。ナタリーという担当の女性は、うちのパンダみたいな目をしている。


 プリスカはそんなことを意に介さず、人斬りの無機質な目で素早くリストを査定すると、今日は五か所の物件を選択した。


「では、参りましょうか」


 馬車の中で、ナタリー嬢は次に行く物件について熱心にレクチャーしている。しかしプリスカが機械的に頷いているだけで、私とセルカは全く別の事を考えている。


 いや、私は仕方ないけど、セルカは仕事なんだからもう少し熱心に聞いてやれよ、と思う。


 こんな事をうっかり口に出すとうちの肉体派メイド共は、それならご主人がちゃんと聞いておいてください、などと反撃するに決まっているので、私は黙っている。


 ああ、お昼はまたフィックスで美味い料理を食べたいなぁ。温泉にも入りたいし、もっとのんびりできないものか。


 確か東京の地下も深くまで掘れば温泉が湧いて出ると聞いたので、王都でも温泉が出ないかなぁ……


 暇なパンダに掘らせるか。地下牢ではなく、水牢になったりして。



 最初の物件に到着したようだ。馬車は敷地内に入り、止まった。

 ん? ここは見たことがあるぞ。


 あのフィックスの裏にあるファンテ侯爵家に関わる古い屋敷が、隣に見えている。実に魅力的ではあるが、却下だ。


「ごめん、プリム。ここには住めない。次に行こう」


 ある意味理想的な立地なのだが、良すぎてもダメなのだ。隠れ家にならないよ。


 その後もエイミーの実家の近くとか、メイやハースの家の斜め向かいとか、嫌がらせみたいな立地の物件が続き、午前中は終了となった。



 午後に見た家にも何か条件面での大きな欠点があり、心に響かない。

 結局最初に見た呪いの屋敷が一番マシ、という結論だ。


 しかし元貴族の館だけあり、ちょっと値段が高いのが悩みの種だ。


「まあ、慌てることはないよ」

 私は、気落ちしたプリセルに声をかける。


「い、急いで改装工事を進めます!」

 突然、案内をしてくれたナタリーが叫んだ。大丈夫か?


「最初に見た元貴族の屋敷ですが、残りの工事代金分を売り主が負担します。それでどうか、再度ご検討ください」


「では、残りの工事代金分を値引きしてください。具体的な金額を、ご提示いただけますか?」


 ヤバい。プリスカが釣り針に掛かってしまった。


「それは、明日朝にはご提案させていただければ……」

「では、明日はそれを伺ってから、もう一度詳細な現地案内をお願いします」


 私たちの馬車は商業ギルドへ戻り、そこで別れた。



 参ったなぁ、明日も続くのか。


 昨夜の宿に戻る前に、学園まで姉上を迎えに行かねば。


「それなら、私にお任せを」

 ドゥンクの声がした。


「ここから姉上の所へ、直接行ける?」

「はい。大丈夫です」


「じゃ、お願いしようかな。私は部屋で休んでいるから」

「では、行って参ります」


 ドゥンクの気配が、私の影の中から消えた。

 何ていい子なんだろう。


「気が利かず、申し訳ありません」

 シロちゃんが謝っている。


「いいんだよ」

 シロちゃんは目立つし、姉上が驚くから。パンダは一人で外に出せないし。


「適材適所、だね」

 だから、パンダのために早く地下牢を造らねば。



 後編へ続く



  

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