開花その95 編入試験



 父上に、叱られました。


 確かに、私が勝手に一人で走って姉上の編入試験まで決めてしまうとは、やり過ぎにも程がある。


 ただ、父上は私が隠し鉱山に出入りしていることもご存知のようなので、ある程度の信用を置いた上で、それでも尚これはちょっと、という思いがあったのでしょう。


 まあ、冷静に考えれば大暴走でした。


 だって、あの姉上が大きな声で母上と言い合いをするなんて、初めて見たのだから。そりゃ、私だって暴走するよ。


 ただ、最終的には姉上の安全を条件に、父上も王都行きを認めて下さいました。

 全ては姉上様のため、だからね。



 父上には後でこっそりお金の話題を出したら、また怒られましたけど。その面では本当に大丈夫なのか、ちょっと心配だけど親としての面子もあるでしょうから、仕方がない。


 それに、父上にもデンデンムシを渡して、ちゃんとご機嫌を取りました。


 通信網の発達していないこの世界においては、デンデンムシを利用して多大な金や権力を握れるでしょう。商売や戦争や犯罪行為にも大活躍。情報は大きな武器だからね。


 ただ、そんな邪な事を考えそうなのはたぶんステフくらいだろう。他の面々は、私的に乱用することはあるまい。

 ……だといいなぁ。急に不安になって来た。



 その夜は慌ただしく旅支度をする姉上の部屋へ呼ばれて、仲良く一緒に寝ました。

 旅の支度と言っても、またすぐに戻って来るつもりだけどね。


 私もプリスカにお願いした家探しが気になるので、一度王都へ行っておきたい。でも早々に戻り、ご先祖様のネルソンとも一度話をしておきたいのだ。


 果たして、すぐに帰って来られるのか?



 翌朝には雪雲が去り、きれいな青空が広がっている。

 姉上の身支度が整い、私たちは中庭の雪の上に立った。


 私は手ぶらだが、姉上は大きな革の鞄に旅支度を詰め込んでいる。

「では、行きましょうか」

「……?」


 私は認識阻害魔法を使う。これで、見送りの両親やお婆様からは姿が掻き消えたように感じる筈だ。


 そのままルアンナの結界で二人が包まれると、私は重力魔法で二人の体を軽くして、風魔法により宙へ舞った。


 姉上が私の腕を握る力が、ぐっと強くなる。眠れなくなると困るので、昨夜はどうやって王都へ行くのかは、ぼかしておいた。


 春に兄上と王都へ行った際には、のんびりと馬車で行ったしね。


 空を飛ぶと今朝告げると、さすがに姉上の想像を遥かに超えていたようで、逆に楽しそうだった。でも実際に生身のまま高空に昇ると、半ばパニックになる。それが普通だね。


 空高く上がり水平飛行で安定すると、加速のGも消えて少し落ち着いてくれた。



 空高くを行くので、かなりの速度で飛んでいても実感がない。多少揺れるけれど、上空の風に上手く乗ったので許容範囲だろう。


 上昇してからは重力魔法を解いているので、見えない結界の球体の中に腰を下ろしている感じだ。


 日本の登山口へ向かうバスよりは、揺れは少ないと思う。


「姉上、空の旅はいかがですか?」

 酸欠の金魚のようにパクパクしていた姉上の口がやっと普通に閉じたので、話しかけてみた。


「これは、夢じゃないの?」


「残念ながら、現実です。このまま王都まで飛んで、学園長室へ行きますよ。今から心の準備をお願いします」


「ひーっ!」

 今更ながら、姉上が震え始めた。



 まあ、昨日やっと勇気を振り絞って母上と対決していたのが、今日はもう王都の学園へ向かっているという不条理な世界だ。いつも冷静で優しい姉上がこうなるのは、面白くて仕方がない。


「アリソン、あなた昨日からやけに私に協力的だと思ったら、ただ面白がっているだけなのでしょ?」


「ギクッ」

「図星ね」

 その通りです。



「そういえば、姉上もかなり魔法が上達したようで」

 思いっきり話題を変える。


「私もスゴイ魔法を覚えたと思っていたのにね。こんなとんでもないのを見せられたら、やる気を失くすわ」


「大丈夫ですよ。学園の生徒なんて、みんな子供ですから」

「あんただって、子供でしょ」

 その通りです。



「おやつの時間にしましょう」

 再び話題を変える。


 でもこうして私を年相応に扱ってくれるのは、家族だけなんだよね。

 今年のマイブームは、南国の甘いフルーツだ。


 適当に冷えた果物を器に盛って、収納から取り出した。


「夏に行った南国のフルーツです。甘くて美味しいですよ」

「どこから出したのよ!」


 新鮮でいい突っ込みだ。


 じゃ、次はドゥンクを出すか。


「メイリーン様、ご無沙汰しております」

「え、誰なの、この黒猫は?」


「私はドゥンクですよ」


「え、だってドゥンクは黒犬の子だったでしょ?」

 その通りです。



「えっと、ドゥンクは黒犬と黒ヒョウの精霊の子だったようで、最近精霊の力が強くなり、あのデンデンムシのように半精霊の使い魔になっているの」


 説明になっていないかな。


「黒ヒョウの精霊だから、猫みたいな姿になっていると言いたいのね」

 おお、さすが我が姉上の理解力は素晴らしい。


「あら、このフルーツは美味しい」

「南国の樹木で熟していましたからね」


「アリソンは、そこで何をしていたの?」

 さて、あれは何だったのか?

 答えられない。



 でも、姉上はドゥンクとじゃれ合って嬉しそうだ。


 そうして楽しく飛行を続けていると、王都が近付いて来た。

 予定通り、お昼が近い。


 さて、どこへ着地するか。


 本来なら王都の郊外へ降りて、陸路で王都へ入るのが正しい。でも今日は多少のリスクを冒してもいいだろう。


「ルアンナ、お願い」

「りょうかいー」


 私は地上戦に備えて、冒険者アイリスの姿へ変化した。


「だ、誰?」

「姉上、ここからは護衛の冒険者アイリスとお呼びください」

「はぁ」


 再び認識阻害魔法を使い、学園の門前に堂々と降り立った。



 門衛にはオーちゃんから連絡が届いていたのだろう。二人は無事学園に入ることができた。そのまま歩いて学園長室を目指す。


「へぇ、広いんだねぇ。アリソンは学園の中も良く知っているのね」

「はい。昨年は密かに兄上の護衛をしていましたから」


 半分は嘘です。私も兄上を危険に晒しながら、楽しんでいました。


 私はなるべく生徒と顔を合わせないように講堂の裏へ移動し、倉庫の奥から隠し部屋を経由して学園長室へと入った。


「ここはどこ?」

「あ、ここが学園長室ですよ」


「は?」


 ごめんなさい、姉上。正規ルート上を歩いてステフや殿下に目撃されるのは、ちょっと嫌だったので。特にステフには、認識阻害や隠蔽魔法を使っているとバレやすいのだ。



「学園長殿、約束通りメイリーン・ウッドゲート様をお連れしました」


 そう言って一礼する。今日はファイもいるな。


「おお、姫様。お待ちしておりました。本当に今日王都へ着いたのですね。いや、さすがに半信半疑でしたよ。そちらが姉上様ですか。何とまぁ可憐なお姿で」

 オーちゃんが、いきなりおかしな事を言う。


「さすが、救国の女神様の姉上様にふさわしい、優雅な気品を感じます」

 ファイも、珍しく舌が回り過ぎるな。


 せっかく冒険者を装ったのに、台無しだ。意表を突かれた姉上が、完全に夢の世界へ旅立ってしまった。


「姉上がびっくりしてるから、止めてよ」


「え、だって、救国の女神アリス様の本当の姉上様なのですよね?」


「……」


「あれあれ、全部ご存知なのかなと思って……」


 しまった。私が昨年来ここでしていたことを姉上が全く知らないのを、オーちゃんたちには教えていなかった。



「あ、アリソン。あなたが救国の女神様?」

 ヤバい。


「それについては、後程ゆっくりとお話ししたいのですが……」


「兄上はご存知なの?」

「……はい」


「……申し訳ありません、取り乱してしまいました。アイリーン・ウッドゲートと申します。今回は急な編入の申し出をご検討いただき、ありがとうございます」


 そう言って、姉上は畏まって貴族式の礼をする。


 慌てたのは、目の前の二人だ。ガサツな私と違う、本物の貴族令嬢の振舞を目の当たりにして当惑する。


「アイリーン様。私が学園長のオードリー・ルメルクで、これは秘書のファイです。アイリーン様には、本日形式的ですが学園への編入試験を受けていただくことで、よろしいでしょうか?」


「はい。無理を言って申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」


「では、ファイ。あとはお願いします」


 ファイは姉上を伴い、隣の会議室へ移動した。


 それを見届けると、私はその場で崩れ落ちる。


「ああ、失敗した。姉上は私がこの学園に通っていたことは知らないんだよう」

「そんな事は、最初に言ってください」

 その通りです。



 それにしても、悪事が露見するのが早過ぎる。これじゃ探偵も必要ないよ。


「あのね、これ以上姉上には何も言わないでね。大賢者とか魔王とか、余計な事を言ったら承知しないから」


 完全な八つ当たりであるのは、分かっているよ。


 お互いに気を取り直して、私は王都を出てからの旅のあれこれを語り始めた。この際だから、ウッドゲート家の置かれた立場も良く知っておいてもらった方がいいし、エルフの里長ヘルゼにデンデンムシを渡してあることも伝える。


「で、今後のご予定は?」


「一度谷に戻り、また姉上を連れて来るヨ。その時には寮に入れるようにしてね」

「はい。それはもう、いつでも大丈夫です」


「私は王都に家を借りるか買うか、考えているんだよ。今プリスカに物件を探してもらってる」


「ほう、それは王宮が喜びそうな情報ですね」

「だから、ステフには会いたくなかったんだ」



「今は、ステフの気配が学園内にはにないね」

「ええ。今日は一日戻らない予定です」


「そうだったのか。なら職員用の食堂でお昼にしよう」


 私から誘える立場じゃないけど、学生用の食堂よりメニューが少ない分だけ味がいいのだ。きっと、高価な食材を使っているのだろう。


 無駄話をして待っていると、ファイと姉上が会議室から戻って来た。

「素晴らしいです。さすが姫様の姉上様。これなら今の一年生の中でも上位の成績を修める事でしょう」


「ありがとうございます」


 姉上とファイは、何となく打ち解けている。


「では食事の後、学園内をファイに案内させましょう」



 私たちは職員用の食堂へ行き四人で食事をして、午後からはファイが姉上の案内係になってくれた。


 その間に私はプリセルと連絡を取り、商業ギルドの前で待ち合わせをした。


「やっとワイの個室もできるんかぁ」

「こらパンダ。お前は呼んでない。いや、でもお前の言う通りだな」


「でしょ」

「よし。パンダには特別室を用意しよう」


「いやいや、普通のお部屋でいいんですよ」

「結界と鉄格子に、魔力封じもオマケしちゃおうか。地下に最高の個室を造ってやる」


「……もしかして、地下牢?」

「迷宮化したら、ごめんね」



 終



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