開花その93 エルフの長老 前編



 ドワーフの鉱山組合長に上から目線でエラそうこいた半日後、見事に赤っ恥をかいた女、アリソン・ウッドゲート八歳(仮)です。


 ああ、消え入りたい。


 私の中にはドワーフの血も流れているらしいと聞いたので、同族の末席としてどうかお許しいただきたい。


 事件の詳細を白状できるほど私は人間ができていないので、このまま黙って逃げ去りますけどね。


「酷い女です」


 ほら、精霊はいつでもあなたを見ている。猛省せよ。見ているだけだし、そのうちに忘れるけど。



 という事で、私は早々に鉱山街から逃げ出した。

 ほら、寒いから南下したいじゃないか。


 暑いのは暑いで、今年はもう充分過ぎるほど味わった。程々の気候が望ましい。

 ただ、エルフの里は温泉もないし、何より飯がマズイ。さっさと話だけ聞いて、ご先祖様のいる山の館で温泉に浸かりながら、春まで惰眠を貪ろう。


 え、王都にいるしもべはどうするって?


 そりゃもう、このまま放し飼いだよ。時々連絡が来るけど、私がいつ帰るか怯えているみたいで不憫だ。逆に通話の声は日に日に精気を取り戻して、生き生きとしているんだよね。


 この夏は、色々大変な目に遭ったからなぁ。



 一人旅の終着点は、懐かしきエルフの里である。長老のヘルゼは元気だろうか。


 長命のエルフにとって、三年程度はあくびをしているうちに過ぎ去るような時間なのかもしれないけど。


 まさかルアンナみたいに忘れちゃいないよね。認知症のエルフとか、笑えない。


「そうですね」

「認知症の精霊もね」


「姫様。何か誤解をされているようですが……」

「いいんだよ。ルアンナはそのままで」


「全然、肯定されている気がしません」

「うん」



 エルフの里長さとおさヘルゼが住むアロイ村。


 前回訪問時には、そこにある書庫の本を自由に読んで構わないと言われていたが、色々あってその時間はあまり作れなかった。


 あの頃は、フランシスが暴れていたからね。


 貴重な歴史書やら魔術書やらというのも、ざっと眺めただけに過ぎない。


 ただ、それもここ千年以内の蔵書だったような気がする。

 それより以前に、何があったのか。


 とにかく会ってみるしかない。



 歩くのは面倒なので、私は直接アロイ村の上空からエルフの結界に侵入した。


 二度目の訪問なので油断していたが、例によって弓を持ったヴィックが家から飛び出て来た。


 彼にとって私の外見は見慣れぬ若い女なので、不審者と捉えられても仕方がない。


 ただ、私が関わったエルフやドワーフたちは、私の姿が変わってもほぼ間違えずに私の正体を看破していた。


 やはり、その辺りの感覚が敏感な種族なのだろう。


 ヴィックは敏感というより神経質な性質なので、その辺はどうなのだろうか?

 そもそも、出会った時には敵意をむき出しにされたしな。



「おお、姫様ではないですか」

「あれ、よくわかったね」


「こんな非常識な真似をする者が、あなたの他に居るわけ無いでしょう」

「そうかな?」


「間抜け面で空を飛んでいると、魔物と間違えて弓で射落とされますよ」

「ふん、できるものならやってみろ。ところで、ヘルゼに会いたいんだけど、いるかな?」


「では、ご案内致しましょう」

 相変わらず、面倒な奴だ。もっとピンポイントで、ヘルゼの家の前まで来ればよかった。


 仕方なく、ヴィックの後からヘルゼの家へ行った。



 エルフの森は、暖かい。


 ヘルゼは家にいた。良かった。

 ただ、ヴィックはもう帰っていいのに、一緒に座ってお茶を飲んでいる。


 暇なのか?

 うん、そうなんだろうな。


 ヘルゼの出してくれたお茶は、常温で味も香りも薄いお馴染みのエルフ茶だ。

 仕方がないので、私が南の島で集めた冷たいフルーツを出した。


「おお、これは珍しい物を」

「あれ、ヘルゼはこの果物を知っているの?」


「エルフの森でも、もっと南の暑い地域に行けばありますが、これは熟していて特別に美味しいですね」

「よく冷やしてあるからだよ」


「まさか」

 ここでヴィックが、私を小バカにしたように言う。ホント、ムカつく奴だ。


「嘘だと思ったら、この辺で食べている果物を魔法で冷やして食べてごらん」


「そんな無意味な真似を、エルフは行いません」


「これだから、頭の固い原始人は……」


 以前何日かヴィックの家にお世話になった時には、甘いクッキーを出したら喜んでいたような気がする。


 私はヴィックを追い込むように甘いクッキーの皿と、氷の浮かぶガラスのポットを出して、三つのグラスに注いだ。香りの高いアイスティーだ。


 黙って各自の前に置いて、私はクッキーを食べて自分のグラスを一気に飲み干す。

 美味い!


 それを見ていた二人のエルフも黙ってクッキーを齧り、冷たいお茶を飲む。さすがにこれには満足そうである。


 こんなの当たり前でしょ、と声を大にして言いたい。

 これ以上は、サービスしないぞ。



「大事な話があるから、ヘルゼと二人にしてほしいのですが」


 ひと段落してから、なるべく感情の込められていない声でそう言った。ヴィックは早くお茶を飲んで帰れ、という意味だよ。


「で、では私はこれにて失礼致します」

 やっとヴィックが重い腰を上げる。


「あ、これ奥様にお土産ね」

 私は籠に一杯のクッキーをヴィックに渡した。奥様はとても穏やかで、優しいエルフであった。



「ヘルゼには、改まって聞きたいことがあるんだ」

「さて、何でしょう?」


 それをきっかけにして、実際に私が南の海で経験した事実を含めて、南の大陸に対する漠然とした不安を表明し、千年前の魔獣大戦やそれ以前の大陸との交易など、王国が隠している歴史についての疑惑など、長い話を始めた。


 加えて、私の注目しているスキルや魔書などについても、意見を求める。


 黙って話を聞いてくれたヘルゼは、最初にスキルについての私の発見に注視した。


「エルフが生来持つ弓を扱う能力や特定の魔法への適性が、種族の持つ固有のスキル、と言えるのかもしれませんね」


「ドワーフの土魔法や、採鉱技術などと同じだね」


「獣人には固有の獣スキルがある、という事でしょう」


「でもさ、人間にはそれが無いんだよ」

「あれは、罪深い種族ですから」


 ……どういう意味だ?


「古来、何も持たず生まれ、全てを手にする種族、と言われております」

「人口が多いだけじゃないの?」


「短命で特別な固有スキルも持たず、肉体的な頑強さもなく、魔法や精霊との親和性も高いとは言えない。しかし飽くなき探求心と研鑽を重ねる強い心を併せ持つことにより、常に歩みを止めずその生息域を拡大する、危険な種族です」



 なるほど。一匹見つけたら百匹いると思えという、あれか。これ以上Gのように大陸へ広がると、手に負えないかな。


 でも人間として生まれた私にも、きっとそのG細胞が眠っている……


「人間は目立つような固有スキルを持ちませんが、その分あらゆるスキルを習得できるのかもしれませんね」


 プリスカやセルカの成長を考えると、確かに恐ろしい。


「ステファニーのように野心的なエルフには、人間の国は居心地が良いのだろうね」


「姫様もその一人ではないのですか?」

「え、私には何の野心もないよ?」


「いえ、そうではなく飽くなき探求心の部分ですね」

「そうかなぁ?」



 それからヘルゼは私を書庫へ招き入れ、魔書についての説明を始めた。



 魔書というのは、レクシア王国の全盛期に一度だけ成功した、召喚の儀の産物です。南の大陸へ調査船団を送ったりしていた頃ですね。


 多くの書物を異世界から召喚することには成功しましたが、誰にも読めません。装丁や挿絵を見ると興味深いものがあるので、是非とも解読したいと我々エルフに相談がありました。


 しかし無理なものは無理。そもそも複数の違った言語で書かれた書物で、想像される内容も一貫性が無く、雑多でした。


 結局王都の宝物庫の奥で眠っていたのですが、ある頭の悪い王の時代に役に立たない書物を全て、魔術師協会へ払い下げてしまいました。


 王宮の宝物庫では厳重な保存魔法や結界に封じられていましたが、魔術師協会では研究のため一般の図書室へ放置され、以後百年余り。


 気が付けば古い書物には立派な精霊が宿り、魔術師協会の偉大な魔術師がその精霊の力を借りて内容を汲み取る魔書という技法を生み出したそうです。


 慌てた王宮は魔術師協会と取引し、精査して重要な内容を含む魔書を全て回収しました。


 魔書の作成とその後の王宮とのやり取りについては、当時王都にいたエルフが深く関わっていたので、これは間違いありません。


 ただ、多くの魔書を読んだ学者が心を病み廃人になる事件が多発し、以後魔書は封じられたとも聞きます。


 その後王宮に保管されていた魔書がどうなったのか、私たちには分かりません。



 そして、書庫の奥にある一冊の本を抜き出して、私に手渡す。


 ハードカバーで小型の絵本のような装丁。これは魔書ではなく、異界の書籍そのものであった。


 表紙には、耳の長いエルフの絵が描かれていた。


 損傷の激しい子供向けの本で、ページをめくると短い英語の文章の間に、挿絵が何枚か残っている。


 図書館の蔵書印らしき横には、廃棄のスタンプが押されていた。


 入手経路は不明だが、この挿絵のお陰でこのエルフの里へ流れ着いた物だという。


 抜け落ちたり破れたりして読めなくなったページも多く、元々の本の三分の一ほどしか残っていないようだが、魔書にならないまま残された貴重な召還物らしい。


(姫様は、このような異界の文字も読めるのですか?)

(まさか)


 ルアンナに詳しく説明する気はない。


 私は勝手に想像を巡らせる。その場所は、近現代ヨーロッパのとある田舎町。


 西洋各地の図書館から出た廃棄本や出所不明の盗品などの吹き溜めとなる泥棒市や蚤の市、或いは普通に週末に立つ古本市の一画だったのかもしれない。


 その商品の一部がある日忽然と消え去り、どこか別の時空へと転移した……

 それがこの世界での、遠い過去に起きた話なのだろうか。



(おかしいですね)

(何が?)


(エルフの里に来てから、まだトラブルが起きません)

(それでいいんだよ!)


(あんまり我慢すると、里が滅ぶような大災害に発展しますよ?)

(別に、我慢してないから!)


 変なフラグはへし折っておかねば。



 後編へ続く



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