開花その92 鉱山組合 前編
後先考えずに行動するのは、よろしくない。
ホント、これは良くない傾向だ。
坑道の事故現場で救助した面々を引き連れて、例の古い立坑の場所まで戻るとして、その先はどうする?
そこから連中を引き連れて、どうやって上に行くんだ。深い垂直の穴だぞ。
少しは考えろ。
しかも、私自身は認識阻害魔法なしで、冒険者アイリスのままの姿だ。薄暗い坑道の中なので、きっと外見はよく見えていないだろう。たぶん。だといいなぁ。
私は小柄なので、フードを被っていればドワーフか人間かもわからないかもしれない。混乱に乗じて、まだ名乗ってもいないし。
でもホント、少しは考えろよ。
私は慌てて認識阻害魔法を使い、それからヤケクソのように睡眠魔法を使った。即刻昏倒する奴ではなく、ウマシカ版のマイルドな不眠症治療魔法だ。
強い緊張に晒されていたドワーフたちは、ひとたまりもなく全員がその場で横になり、寝息を立て始めた。
「いきなり、何をしているんですかっ!」
ルアンナも何も考えないタイプなので、私の困惑を理解できないだろう。
「あんたの闇の眷属がこれ以上坑道に入れないように、補強しておくよ」
「いいんですか、これ以上強い魔法を使ったりして?」
「光魔法で中和したから、いいんじゃないの?」
「さて、どうなんでしょう?」
とにかく土魔法により、その場を物理的に隔離する。ついでに、先へ伸び過ぎたトンネルも、こちら側で塞いでおこう。
さて、次はこの人たちだな。
エルフのそこだけドアみたいな魔法が使えればいいのだけれど、私には無理だ。
この人数を運ぶとなると、パンダの吐き出した人間を運んだ時のように、何か入れ物が必要になるだろう。
今度は狭い坑道を行くので、車輪の無いトロッコのようなものを幾つか作り、そこへドワーフを四人ずつ押し込んでいく。
四台の四角い金属バケツに全員を詰め込んだら魔法で浮かべて、トンネルを引き返した。
来た時に通った古い立坑を上り返し、安全そうな広間を見つけてそこへ全員を横たえた。
近くには人の気配があるので、そのうちに発見されるだろう。あとは、悪い夢を見た、という事にでもしておいてもらおうか。
私は念のために魔物除けの軽い結界をその場に張り、立ち去った。
急いで再び宿の窓から部屋へ戻り、服装や髪形を変えておく。
疲れた。
秋の日暮れは早い。今日は早めに夕食を食べて、寝てしまおう。
一休みしてから、一階の食堂へ降りた。
肉が多めの野菜炒め定食のような、ボリューミーな夕食を詰め込んで、ふと思い出して、おかみさんに聞いた。
「温泉に入りたいんだけど」
「ああ、それなら組合の露天風呂に入って来るといいよ」
「あ、あそこに入れるんだ?」
「そう。組合の裏に入口があるから、そこで料金を払えば誰でも入れるよ」
「ありがとう。行ってみるよ」
「ほら、これを持って行きな」
この宿の名が書かれた、割引券であった。
「うちのカウンターにいつも置いてあるから、勝手に持って行きなよ」
きっと、以前貸切りで入らせてもらった露天風呂なのだろう。あれは良かった。
そのまま部屋に戻らず外に出ると、日はとっぷりと暮れて凍えるような風が吹いている。
組合の裏に行くと、細い道の両側に残る雪が、白い線になって続いていた。
入口で料金を支払い脱衣場に行くと、ドワーフのおばちゃんたちの大声が響いている。内容を聞いて、ひと安心。
ああ、そうか。あの人たちは無事に発見されたのだな。良かった。
私は喧騒を避けるように下を向いて、脱衣場の隅で服を脱いだ。
湯に首まで浸かって弛緩している間も、調査隊の帰還が大きなニュースとなってドワーフたちの口から口へと伝わって行く。
どうやら私の介入は、ドワーフの守護精霊の化身か何かのような不思議として、好意的に解釈されているようだ。
もしくは、気まぐれな闇の精霊の悪戯と光の精霊の加護だとか。
間違っていないのが怖い。
ああ、でももう私には関係のないことだ。
翌朝食堂で朝食を食べていると、バルム親方が近寄る。
「おはよう、親方」
「お、おう。おはようさん」
そう言いながら、親方は私をじろじろ見る。
捜査中の刑事みたいな目は、止してくれ。
「なぁ、姫さん。あんた何かやっただろ?」
尋問かよ。
「さぁ、何のことだか」
純真な瞳を逸らさずに、首を捻っておく。
「ま、それはいいか。今日の午前中いつでもいいから、組合長が会いに来てほしいってよ」
「えっと、それは犯人捜しとは別の意味だよね」
「何言ってんだ。姫さんは恩人だぜ。嫌なら何も聞かねぇさ。ただあの紹介状を書いたのが普通の奴じゃねぇからよ、最優先で姫さんに会うとさ」
おお、そうだったか。やはりネルソンは、意外な大物なのだ。
私は食事を終えると一度部屋へ戻り身なりを整えて、気を引き締めてから組合へ向かった。
変装じゃないよ。私にやましい気持ちなどはない。ないったらない!
鉱山組合の受付から案内されて組合長室に入ると、恰幅の良いドワーフが一人だけいた。
室内には防音の結界が張られているので、安心できる。
巨大な執務机の前に置かれた、これまた豪華な応接セットに招かれ、向かい合って腰を下ろした。
「ご挨拶が遅れて、大変失礼しました。私が組合長のゼルフです。バルムから話だけは色々と伺っておりましたが、姫様はご多忙なようでお会いする機会も無く……」
「こちらこそ、もっと早く挨拶に来るべきでした」
「いえ、非礼なのはこちらです。スプリンクラー石のお陰でどれだけ我々ドワーフが救われているか。それに、昨日の落盤の一件も」
「あ、昨日の件は後でちょっとだけ話すからね。このままだと、この鉱山は大変なことになるよ」
「え、まさか……」
「今日聞きたいのは、別件で」
「はい。ネルソンからの手紙に書いてあった……」
「そう。あとはネルソン自身の事も少し教えてほしいかな」
私が組合に求めている情報は、多くない。そんなに期待していない、とも言う。
千年前の魔獣大戦(ドワーフがそう呼んでいた。カッコいいので、使わせてもらう。王国では邪神戦争と呼ぶことが多いが、それには封印魔獣の存在を隠蔽する意図が見える)の件と、南の大陸の情報、それに魔書についての三点だ。
「魔獣大戦の詳細については、王国が公式な歴史書等に記している以上の事実は特にありませんし、特別な資料も残っていませんね」
「そうですか」
「この近くに封印されている魔獣については、常時監視下にありますが、特に変化はありません」
予想通りの回答だが、王国はその魔獣の位置すら公表していない。私は全て把握しているので、改めて聞く必要もないけど。
「南の大陸については?」
「我らはこの北方の山岳地帯に暮らす民ですので、海の向こうについては特に何も。それに、魔獣大戦当時の事を知る者は、ドワーフにはおりません。エルフの長老であれば、或いは……」
そうか。エルフの方が長生きなのか。
「魔書については、人間が過去に何度か使った大規模な召還魔法による遺物と聞いています。ハイランド王国が人間の国を統一した際に、全ての魔書を今の王宮が集めた、と聞いています。実際のところ、噂でしか知りません」
うーん、ほぼ収穫なし、だな。
落胆する様子の私を見て、組合長は微笑む。
「ネルソンの存在は、気になりますか?」
「うん、ちょっと毛色の変わったドワーフだからね」
「まあ、奴は遠くエルフの血を引いていますからな」
「へえ、そうなんだ」
ちょっと意外である。
「そして、姫様たちウッドゲート家の祖先の一人でもあります」
「えっ?」
目を丸くした私を、楽しそうに見つめる。
「元々ネルソンは、ウッドゲート家があの地の領主に任じられる以前より、鉱山長としてかの山に暮らしておりました」
「それって、エドが来る前からってことだよね」
「はい。賢者殿がいらっしゃる以前よりハイランド王国と協力して開いたのが、あの鉱山でした」
「いつ頃の話なの?」
「開山は王国統一の百年ほど前ですが、その頃はまだ我らドワーフは関与していませんでした。五十年程して下流域に鉱山の毒が溜まり不毛の土地が広がり、我らドワーフの介入により鉱山は魔法掘削を始めました」
ああ、この鉱山の土魔法による掘削とデタラメな魔法結界が、その時からあの地でも始まったのか。
「その時に、ネルソンが来たんだね」
「はい。その後、ご存知のように賢者殿が鉱毒を完全に無害化する技術を確立し、こちらの鉱山にも導入されて、以降は山麓に住むエルフとの関係も修復されました」
男爵領の南西に広がる荒れた未開拓地も、最近やっと王国により開拓されつつある。
「で、ネルソンがどうして我が家の先祖になるの?」
「ウッドゲート男爵が谷の領地へやって来た際に、そのご息女がネルソンと婚姻を結びました。その後色々あって、二人のお子が男爵家の跡継ぎとなったのです」
「そんな家系図は見たことがないなぁ……」
「それは、当時は別の名を名乗っていたからでしょう」
ネルソンではなく、別の名前?
「……あ、カイン。不死身のカインかぁ」
「やはり、ご存知で」
「うん。あの年、流行り病で大勢の家族が亡くなり、まだ幼かったカインの息子が領地を継いで、今の私たちの祖となった」
「はい。その通りでございます」
「谷間の領地へ来た頃に男爵家の娘婿になっていたカインという男が、ネルソンだったのか……おかしいと思っていたんだ。娘婿であったカインの逸話は多く残っているのに、領主となった息子の方は忘れられがちで」
「はい。ですから姫様は、遠くエルフとドワーフの血を継いでおります」
「なんてことだ」
考えもしなかった収穫を得てしまった。父上と母上は、ご存知なのだろうか?
「えっと、言いにくいんだけど、私から組合に一つだけ忠告があるの」
「何でしょう?」
「ここの鉱山、迷宮化してるでしょ?」
にこやかだった組合長の顔が、俄かに曇る。
「長い歳月をかけて掘られた鉱山であれば、それは致し方のない事……」
「違う。あんたたちドワーフは、魔法に頼り過ぎている。地中へ漏れ出すその過剰な魔力が、鉱山の迷宮化を加速している」
「まさか」
「昨日の事件も、それが原因だよ」
「しかし、ど、どうすれば……」
「坑道に重ね掛けした強化魔法や結界魔法を整理して、順次物理的な補強に置き換えるんだね」
「そ、それは……」
「ああ。一朝一夕にできる事じゃないが、全力を挙げて計画的に進めないと、この
「そ、それほどの事とは……」
「これは、単なる脅しじゃないからね」
組合長は首をすくめて、探るようにこちらを見る。
だが、私の目が笑っていないのを確認すると、顔を上げて姿勢を正した。
後編に続く
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