開花その91 ドワーフの鉱山 後編
実家に逗留している間に冷たい雨が降り、それが北の山では大雪となっていた。鉱山の周囲は、完全に真冬と同じ白銀の世界だ。
美しいが、寒いのはあまり好きじゃない。気が進まないが、私は西へ旅立つ。
とにかく高く飛んで、一刻も早く現地へ到着したい。
ドワーフの鉱山には、確か広い露天風呂があったよなぁ……
人のほぼいない北の山奥なので、堂々たる昼間の単独飛行である。
私は動きやすいように、再び大人のアイリスの姿に変じていた。大人の女である。ここからは、責任のある大人の行動が求められるのだ。
「こんな時に変な冗談はやめてください。笑うと結界が乱れます」
何故ルアンナには、これが冗談に聞こえる?
「要するに、あんたみたいな駄精霊とは違うと言いたいのさ」
見通しの良い岩と雪の世界で下手に高度を下げると人目に付く。私はやや南に進路を取り、手前に広がる針葉樹の森に着地した。どちらにせよ、ほぼ誰もいないんだけどね。
ここから歩いて鉱山を目指せば、特段怪しまれることはなかろう。組合本部の場所は、覚えている。
この一帯の森には、グロムという精霊がいる。
私が知る限り、このグロムは精霊の中では一番有能で、信用できる。以前ひょんなことから私の魔力とのパスが繋がり、ルアンナのような気の置けない仲間になっていた。
「姫様、お久しぶりです」
「ああ、グロムか。また冬が来たね。今年もよろしく」
私がバルム親方を訪ねてこの森に来るのは、毎年冬から春にかけての季節だ。グロムは大陸西側に広がる広大なエリアを統括する高位精霊なので、どこぞの口だけ高位精霊よりも遥かに有能で、しかも精霊なのに、まともな会話ができる。
今年の来訪は、いつもよりちょっと早い。
「今日はどちらへ?」
「うん、ドワーフの鉱山に用事があってね」
「そうですか。ちょうど今、バルムも鉱山の街に出かけていますよ」
「あ、そうだったんだ。それは心強いね」
とはいえ、今回の件にバルム親方を巻き込むつもりはない。
私は雪の道を歩いて、鉱山街を目指した。
林を出て明るく険しい雪道を歩いて、街に入る。人間の街と違い、特に城壁や門も物見も無い。ただ魔法的な結界が施されているのだけは感じる。この辺は、エルフの里に似ている。
結界を超えると、何となく街がざわついていた。
またまた、いやーな予感がする。
「グロム、何かあった?」
「そのようですね」
グロムがまだ落ち着いているので、きっと大したことはないのだろう。
しかしグロムはエルフの森と呼ばれるこの大陸西側一帯の広大な森の精霊であって、ドワーフの守護精霊というわけではない。
ドワーフの鉱山は森林限界を超えた北の山岳地帯にある。この地にはきっと、別の精霊がいるのだろう。
とりあえず、記憶にある組合へ行ってみよう。
組合本部付近は石畳の広場になっていて、そこへドワーフが集まり大騒ぎになっている。
近くにいた、ドワーフのおばさんに聞いてみた。
「何があったの?」
「坑道の奥で落盤事故があったんだよ。まだ大勢が閉じ込められているの。最近は、こんな大きな事故は無かったのだけどねぇ……」
結構な大事のようだ。
私は聞き耳を立てる。
「事故があったのは、どうやら闇の迷宮付近らしいぞ」
「どうして、あんな所に行ったんだ?」
「知らんのか? 新しい鉱脈の調査を本格的に始めたのを」
「あ、そうか。有望なダークミスリルの鉱脈ってのは、そこらだったのか」
「そうさね。大きな鉱脈らしいってんでよ、組合が人を集めて本気で調査に入ったところだ」
「だけどよ、そこが迷宮だったんだろ」
「いや、確かに立入禁止地区だが、迷宮の外だったらしい。何が起きたのか……」
近くにいるドワーフたちの話を聞いていると、近くでバルム親方の気配を感じた。
後ろの、宿屋の前だ。
「やあ、親方」
「おや、姫さん。珍しいな、こんな場所で」
「うん。ちょっと組合に用があって来たんだけど、それどころじゃないみたい」
「ああ。今朝から大騒ぎでな」
「私は今着いたところだけど、親方はこの宿に泊まっているの?」
「ああ、そうだ。姫さんもここに停まるかい? 良かったら、部屋があるか聞いてみるぜ」
「うん、お願い。私一人だから」
「よし」
親方と二人で宿に入り、宿のおかみさんと話をした。三階へ上がり空き部屋を幾つか見て、日当たりのよい部屋に決めた。
目の前にある広場の反対側に、組合の建物がある。
「ちょっと俺は組合に行って、話を聞いて来るぜ」
「あ、じゃあこの紹介状を組合長に渡しておいて。私はこの宿にいるから、事件が片付いたら、会いたいと伝えてほしいんだ」
「よっしゃ。任せておけ。スプ石の姫様が来たと聞けば、すぐにでも会えるだろうけどよ」
「みんなの迷惑になるから、私は待つよ!」
「おう。わかってるって」
このドワーフの鉱山は千年以上もの時間をかけて掘り進められた人工の迷宮のようなものだが、実際に内部が、本当に天然の迷宮と化している。
ドワーフの探索魔法と土魔法により効率的に坑道が掘り進められた結果、地中深くに魔力が淀んで勝手に迷宮化する場所と、地下に元からあった魔力溜りが結晶化して巨大なコアを造り迷宮化した場所と、色々あるらしい。
魔物の出現する区域は厳重に隔離され結界で守られているのだが、時にはそれらが思いもかけない天然の洞窟と連結して、坑道へ魔物が溢れる事態も幾度となくあったと聞いた。
今回の事件はその迷宮化した坑道の近くに発見された新たな鉱脈の調査中に落盤事故が起きて、調査隊が孤立しているらしい。
普通の落盤事故なら、ドワーフの能力で脱出するのは難しくない。しかし今回は迷宮の魔物が関わっている。
魔物から逃げながら、半迷宮化している坑道を彷徨っている調査隊をどうやって発見し、救出するか。
下手な事をすると、一般の坑道へ魔物を導いてしまう恐れがある。
さて、冒険者の少ないこのドワーフの街で、その自衛組織はどうなっているのだろうか?
私は集中して、探知の輪を広げる。向かうはドワーフの鉱山の内部。
この内部に入ったこともないし、外から魔力で探知するのも初めてだ。ちょっと興味深い。
だが……ああ、こりゃとんでもないぞ。
坑道自体が、過剰な土魔法で削り取られた上に強力な魔法で通路を固められ、その上に何重もの補強となる結界魔法がかけられている。
それが幾つもある入口から延々と何十、何百キロも果てしなく枝分かれした迷路のように伸び、途中には大きな地下集落が幾つかあって、そんな地中の町は更に強力な魔法で守られている。
長い年月をかけて幾重にも重ね続けたドワーフの安全対策が、常軌を逸して過剰だった。
おかげでその坑道以外の場所には無駄な魔力が長年の歳月にわたり蓄積し続けているのだろう。
地中には、掘れば即迷宮化、というようなヤバい臨界状態を迎えている場所が至る所に存在する。
これは偶然迷宮化したとか地下の迷宮を掘り当ててしまったとかの事故ではなく、人為的な必然の結果としか言えない。
ヤバいぞ。ネルソンの金鉱山も、長い年月を経ればきっとこうなるのだ。
しかもこの状況に気付いているドワーフは、誰もいない。いや、知っていればこんな事にはならんだろう。
「ねえ、ルアンナ。どう思う?」
「どうもこうも、今回の事故は我が眷属たる闇属性精霊たちの憩いの地へドワーフが無断侵入したことに対する警告の一つですから、多少は痛い目に遭わせねば収まりません」
「あんた、知ってたんかい!」
「いや、私も今知りましたが」
「そもそも、あんたの眷属たる闇属性精霊たちとかなんとか、それってどういう意味なの?」
「我は光と闇の精霊故、闇属性の者どもを統べる身です。特に闇属性の者はコミュ障で暗い地下深くを好む者も多く、扱いを誤ればたちまちのうちに邪神化する恐れがあります」
「なんだ、その邪神化って?」
「平たく言えば、凶暴な魔物が多く生まれると」
「やっぱりあんたが、邪神だったか……」
仕方がない、私が行くしかないな。
とは言え、混乱するドワーフたちが素直に行かせてくれるとは思えない。
忍び込むか。
魔力サーチにより、侵入しやすそうな入口を探す。
「じゃ、救けに行くよ」
「はいはい」
私は最近の定番となった認識阻害魔法を用いて、三階の部屋から空へ飛び立った。
入り組んだ坑内を、重力魔法と風魔法を駆使して下って行く。目立たぬように、天井付近を飛んでいるのだ。
しかし、坑道は迷路のように曲がりくねっていて、面倒くさい。
私は廃道となっている立坑の一角へ入り込み地下深くまで下りて、障害物となる坑道の無い深度から、得意とする(?)トンネルを一直線に掘った。
おお、これで封鎖されている現場の内部まで、直通だ。というか、例によって貫通してその先まで延びてしまったが、気にしない。
今度は、地上に出る前に止まったからね。
私は天井から降りて、ゆっくりと新しいトンネルの床を歩く。
ドワーフの坑道と違い、断面が円形で平滑だ。横並びだと、ちょっと歩きにくいかな。一応今回の避難経路として使うつもりなので、修正するか。
かまぼこ型に、床を上げて平らにしてみる。おお、やればできるじゃないか。
前方の様子を伺うと、十数人のドワーフの気配がある。近くには、ゴブリンの気配も多い。そうか、地下に潜むダークゴブリンてのは、普通のゴブリンと違い闇属性なのか。
ダークゴブリンにダークミスリルだと?
何にでもダークを付ければいいってもんじゃない。私の知るダークエルフは、ちょっと目の色が濃いだけだぞ。あれは詐欺エルフと呼ぶか。
で、その闇ゴブリンの親玉がルーナ?
いつか親玉を滅ぼしてやらんとな。
ドワーフたちは私のトンネルに気付いて、こちらへ向かっているような気もする。
怪我人がいるといけないので、急ぐか。
走って先へ進むと、ドワーフの一行と出会った。やはり怪我人を多数抱えて、進めないようだ。
「これで全員ですか?」
声をかけると、めっちゃ驚かれた。
「ほら、ついに魔王に追いつかれたと、絶望しています」
ルアンナの言葉を無視して、私は近寄った。
「怪我人は?」
「はい。落盤事故と魔物の襲撃で、ほぼ全員が傷を追っていますが、命には別状ありません」
「そうか、良かった。じゃ、治癒魔法を使うね」
私は一番重症そうな横になっている一人に近寄り、生活魔法による治癒を試みた。
次の瞬間、周囲はまばゆい光に包まれる。あれ、前にもこんな事があったな。
「あああ……我が闇の眷属が!」
悲鳴のようなルアンナの言葉が脳内に響き、辺り一帯を覆っていた闇の気配が消えた。
「あれ、あんたの眷属も全て浄化しちゃったみたい」
「なんと酷い……」
「でもあんたって光の精霊でもあるんだよね。」
「それはそれ、です」
「あ、だからあんたは消えなかったのか。存在自体が矛盾の塊だな」
「そんな事はありませんよ」
「何が何やら……」
「ああっ、傷が消えたぞ?」
「おや、痛みが無い!」
「俺たちゃ、救われたのか?」
「おおおお、地の底に光の女神様が!」
よし。悪は滅びたし、帰ろうか。
「姫様、酷いです……」
「なんか、ごめんね」
「まあ、放っておけばそのうちまた湧いて出るでしょう」
「そういうものなの?」
釈然としないが、とにかく地上へ帰ろう。次の魔物が湧く前に穴を塞ぐように、とだけは言っておかないと。
やれやれ。
終
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