開花その90 隠し鉱山の三悪人 後編



 翌日、ゆっくりと眠り朝湯に浸かり、また文句を言い始めたパンダをルアンナに脅してもらっていると、昼食前にエドとネルソンが館へやって来た。


 初めてここへ来た時にはこの館を覆うエドの結界が邪魔をして、中からも外からも私の魔力感知が邪魔されていた。


 しかし今では結界が無いように感じるほど、自由に感知の輪を広げられる。


 これは、私も成長したなぁ、と思っていいんだよね。きっと。


 それに、カタツムリの島での経験を経て、私は魔力だけに頼らない力を磨こうと普段から意識している。


 それをスキルと呼ぶのか他の名で呼ぶべきなのかは不明だが、魔法を遮断された無人島生活で毎日意識していたお陰か、何か別の新しい領域に近付いているという手応えがある。


 これは、ただの魔力馬鹿から私が脱する可能性を秘めた、重要な手がかりだ。


 今も部屋に居ながらにして、館の結界越しに二人がこの建物に接近する気配を遠くから感じていた。



 二人と共に、二階の暖炉の前に座る。

 さて、何から話そうかな。


「姫様、ご無沙汰で。ところで最近王都や周辺の街で耳にする魔王ってのは、ありゃ姫さんの事でしょ?」

 ネルソンが、開口一番に嫌な事を言う。


 こいつは、鍛冶場のドワーフと違って普通に身なりがいいのだが、話せばやっぱり下町のおっさんのような、ドワーフ言葉になる。


「へえ。あんたも王都へ行くんだ」


「まぁ、エドがここから動かねぇから、俺が年に一度や二度はあっちへ行く事になっちまうんでさぁ」


「意外だね。ずっと山奥に籠っているのかと思っていたよ。それに、王都ではあんまりドワーフは見かけなかったけど」


「はは、俺たちゃ姫さんがいたような上品な場所には、縁がねぇもんで」

「そうなんだ」


「当たり前です。王宮から離れた薄汚ねぇ酒場に行けば、結構ドワーフや獣人もいるもんですよ」


「ふうん。今度うちの武装メイドを護衛に連れて、行ってみる」


「ああ。そういえば、フランシスの代わりに婿殿の妹さんが姫さんの従者になったらしいですね。今度こっちにも連れて来て下さいよ」


「いいのか? そんな勝手気楽に王国の隠し鉱山へ人を呼んで」


「いや、姫様の関係者なら、王国も目くじら立てようがありません。何なら一言国王に言ってやって下さい、グタグタ言うなら王都を灰にするぞって」


「ヤメロ。その気になるじゃないか。それに、あんたたち二人も私と同じく国家に反逆する一味だぞ」



 こんな話をするために、私は遠くからやって来たのではない。


 私は、視線をエドへ向ける。


「ここへ来る前に、王都にいるエルフのオードリー、ファイ、ステファニー、そして第三王子のクラウド殿下に会って私の話を聞いて貰った。結論としてエルフの里へ行き長老に会う前に、ここで二人に同じ話をしておきたかったのだ」


「ほう、何があったのです?」

 エドの目が輝く。


 こいつも、多少は暇を持て余してはいるのだろう。


 私はカタツムリの島から始まったこの夏の事件と、王都の魔術師協会での出来事やオーちゃんと殿下に伝えた内容を、二人に話し始めた。


 正直に、全てをぶつけてみたのである。



 私が長い話を終えても余韻を整理中の二人を前にして、私は質問を始めた。


「一昨年、もっと南の島で起きた事件の話はしたよね」


「ええ。遥か昔に、南の大陸との航路があったらしい、という話でしたよ」


「そうだよ。初めてここへ来た頃はルーナとアンナが弱体化していて、千年ぶりにルアンナに戻ったばかりだったよね」


「はい」


「あれから時間がたち、多少はマシになったかと思いきや、この自称高位精霊は千年前の封印魔獣事件の当事者にもかかわらず、すっかりその詳細を忘れているんだ」


「しかも南の大陸や封印魔獣についての記憶を、今の王国が意図的に隠そうとしている。特に顕著なのは、百五十年前の戦争が終結してからのことだ」


「……」


「それって、あんたたち二人もきっと当事者だよね?」


「……」


 さて、言うべきことは言ったぞ。


「あんたたちは南から来るかもしれない危機について、心当たりがあるんじゃないのか?」



「……何故今の王国が表向きにエルフやドワーフと距離を置いているのか、比較的獣人たちとは交流があるにも関わらず……」


「……」


 返事がないが、私は構わず続ける。


「それは、あんたらが人間よりも長生きするからだろ」


「……さすが姫様。よくご存じで」

 やっと、エドが口を開いた。


「ここまで色々な人物と話して来れば、馬鹿でも気が付く。それに、王宮の中には不思議と精霊が少ないんだ。特に、高位の精霊がいない」


「ほう」


「知っているんだろ。王都の中に、無駄に教会が多い理由を。表向きは王都を守護する結界を構築するためとか言っているが、それなら教会でなくても良い」


「では何の為に?」


「精霊を教会に集め、王宮内に興味を持たないようにしたんだろうな。ルアンナを見ていればわかる。レクシア王国がやっていたその悪行を引き継ぐために、ハイランド王国はわざわざ古都アネールから、今の王都へ遷都したのだろう」


「王宮に精霊が少ないなどとは、不敬ですぞ」


「フン、普通の人間にはどうせそんな事は分からんだろう。だが言い伝えによれば、暗殺された賢者様は精霊と話ができたらしい」


「なるほど」


「エドが王都へ行かれない理由も、それなんだろ?」



「降参です。固く口を閉ざしているつもりでしたが、そうもいかないようです。さすがに大賢者様相手では、私には荷が重い」


「なんだかんだ言いながらも、王宮は私を王都から遠ざけておきたいのだろう」


「それは、姫様がクラウド殿下との婚約を蹴ったからですぞ」

「当たり前だ。あの時、私はまだ五歳だったのだぞ」


「では、今ならば?」

「冗談はよせ。こう見えてもまだ、ぴちぴちの八歳児だぞ」


「しかし大好きな兄上様と、いつまでも一緒にはいられませんぞ」

「うん。兄上には地上最強の勇者が一緒にいるから、大丈夫だよ」


 胸属性の勇者だけど、魔法の才能もすごいぞ。


「愚かな私たちは、姫様の器を見誤っておりました」


「どうしたんだ、急に? 常識知らずの変人で、クソ生意気なガキだと思っていたのなら、概ね正しいと思うぞ」


「いいえ。姫様がハイエルフとして覚醒されるのは、最低でも数百年の後と考えておりました。ですが、僅か三年足らずでここまで成長なさるとは……」


 エドが泣き崩れるのを見て、ネルソンまで涙目になっている。

 おいおい、何故二人して、ここで泣くんだ?



「申し訳ありません。実のところ、姫様がそこまで考察に及んでいるのであれば、我らが語るべきことはそう多くありません」

 エドが頭を下げる。


 こうして見ると、王都にいたオーちゃんやステフはもっとどっぷりと首まで王家に仕えていたが、エドとネルソンはまるで違う。


「なぁ、姫さんはどうしてこんな事を始めたんだ? 今年の春には宰相のバカ息子から命を懸けて国を守ったばかりだろ」


 ネルソンが不思議そうに私を見るが、別に国を守ろうなんて大義があったわけじゃない。


「卒業式の時は成り行き上、兄上の身を守るためにああするしかなかったんだよ」


「それなら、自分たちだけ結界で守れば良かったんじゃねぇのか。あんな死ぬ思いをして全員助けた上に、今はこうして大陸全土の心配までしてる……」


「あのね、私は放っておいてもトラブルが勝手に向こうからやって来る体質なの。だから何もしないと、巻き込まれた人々が目の前で次々と犠牲になってしまうわけ。好きでやっているんじゃないからね」



「いつか、俺たちの危機にも助けてくれると嬉しいですぜ」

「その前に、何度か死にそうな目に遭うわよ」


「まさか、これから大陸全土が巻き込まれるんじゃないだろうな?」

「だからそうならないように、私がこうして動いているんでしょっ!」


「姫様が何もしなければ、何も起こらないような気もしますが……」

 エドが小声で呟いた。


「エドだってさ、色々あってここに隠れているんでしょ?」

「はい。ですから、姫様にも隠居をお勧めします」


「私はまだ八歳なの!」


「姫様の命とこの大陸の命運とを天秤にかける日が、いつか来るのかもしれませんな」


「止めてよ。そんな事はいいからさぁ、どこまで話してくれるの?」

 私はエドを睨む。



「先ずは情報統制の件ですが、確かに今の王国が大陸を統一した時に、一般に広がっていたこの大陸の歴史をうやむやにして、御伽噺に付け替える作業が国中で行われました」


「やっぱりそうか」


「千年前の魔獣召喚についても、封印された魔獣の所在が特定されぬよう、極力具体的な記載のある書物は王宮が没収し、それ以上に根も葉もない御伽噺や伝説の類を大量にばら撒いております」


 ステフのやりそうな、欺瞞工作か。



「南の大陸については?」


「実は、レクシア王国は独自に、南の大陸へ調査隊を送っていました」


「ええっ、そんな事をしていたんだ」


「南の大陸の人間と手を結び、エルフやドワーフを一掃するのが最終目的だったようで、私の知る限り三度、大型船団を派遣しています」


「で、どうなったの?」


「どうもこうも、全員がそのまま行方知れずです」


「ふうん。私の辿り着いた島々にも、その痕跡は見つからなかったなぁ」


「現ハイランド王国は、その件も含めて南の大陸に関する情報を全て秘匿しました。今では魔物が潜む南の海の向こうに陸地があることなど、一般市民は考えもしないでしょう」


「そちらは御伽噺も伝説も残さない、という事か。で、南の大陸については、どの程度の情報が残っているの?」


「千年前に邪神が百体の魔獣を召喚した騒乱の原因として、南の大陸との連絡途絶が挙げられています」


「やはり、王宮は知っていたんだな?」


「はい。そもそも以前は、今のように海洋に魔獣が溢れてはいなかったようです。それが、南の大陸との連絡途絶と同時に、海には凶悪な魔物が溢れるようになったと」


 海に魔物がいなかった、だと?



「昔は魔物がいないから、航海が出来た? そんな事は知らなかった。魔物が海に溢れた原因は、わかっているの?」


「さあ。それも全く不明ですし、それが南の大陸と断絶した直接的な原因なのかすら、明らかではありません」


「王国は、とにかく南の海は危険だから、臭いものに蓋をした、という事か」


「ハイランド王国も小規模な調査は行っていたようですが、何の成果も得られていないようです」


 南の海は不可触領域か。どうりで海の冒険者のような組織が、公にはほぼ無視されているわけだ。



「ふうん。魔書は全て、王宮が管理しているの?」


「あれも、多くがレクシア王国の遺産でした。遠い過去に、何やら大規模な召還の儀が行われた痕跡だとか伝わっていました。魔書を参考にして建築物や魔道具、それに大規模な攻城兵器などが造られています。幾つかは、私が造った物もありました」


 まさか、この世界が中世ヨーロッパを模している理由が、魔書なのか?


「そうか。結局エドも、王宮から体よく追い払われた人だもんね」

「そうです」


「他に、何かある? エルフやドワーフの長老に聞けば、もっと何かわかるかな?」


「さて。連中も山や森の住民ですからな。海の向こうの事は、どこまで知っているやら」


「それなら、邪神とレクシア王国の事を尋ねてみるか」



 やっぱり、直接南の大陸へ向かうしかないのかなぁ。



 終



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