開花その90 隠し鉱山の三悪人 前編
王都では会うべき人に会い、話すべき内容をほぼほぼ話し合った。
聞かなきゃよかった、見ない方がよかった、という事もあったけど、概ね満足のいく結果である。
こっそり学園の食堂へ潜り込んで昼食を食べ、厨房のリンジーが元気に働くのを遠くから眺めた。
冒険者のネリンと違い、市井の人々に紛れて暮らすリンジーとカーラには、このまま穏やかに暮らしてほしい。
これ以上余計な事件に巻き込みたくはないので、今回は二人に会わず先へ進もう。
というわけで、カーラの暮らすドロルには寄らず、次に目指すのは北の山奥。我が故郷の北方に位置する、隠された金鉱山だ。
会うのは、賢者エドウィン・ハーラーと鉱山長ネルソンの二人である。この二人はエルフとドワーフであるが、学園長たちと同様に現王国の関係者でもある。
で、王都から空の旅を一人きり、はるばる飛んで来ましたよ。
兄上とエイミーからは収穫祭に誘われたのだけれど、無人島暮らしが長かった私には王都の人混みが苦痛で、結局そこから逃げ出してしまった。
お二人の邪魔をするのも、気が引けるしね。
秋も深くなり、北国の上空はとても寒い。結界マシマシで移動したので体感的には問題無いのだけれど、北の峰々はもう新雪で真っ白に雪化粧されている。気分は秋を通り越して、もう冬だ。
早く温泉に入りたい。
「姫様。ぼんやりしていると、通り過ぎますよ」
「大丈夫だって」
「でも、そろそろサトナの気配を下に感じますが」
「あれ、そう?」
サトナというのは金鉱山周辺の森にいる精霊で、エドに協力している。時々変な口調になるが、根は真面目ないい奴だ。中には、そういうマトモな精霊もいる。
マトモじゃない方の精霊代表ルアンナは、王都にいる間やけにおとなしいと思ったら、王都中の教会を行き来しながら井戸端会議に忙しかったらしい。ルアンナの言う精霊界の付き合い、という奴だ。
「王都では何か収穫はあったの?」
「はい、昔話に花が咲きましたね」
「で、封印魔獣とかの話は?」
「ああ、あの時は毎日がお祭り騒ぎで、本当に楽しかったと皆で懐かしく話しました」
「で、肝心の邪神とか南の大陸とかについては?」
「いや、そんな細かいことまでは誰も覚えていませんねぇ」
「でもさ、南の大陸と交流していたのって、実際いつ頃の話なのさ?」
「さぁ。中継地点の島にいた精霊も眠っていた魔獣も、誰も覚えていなかったでしょ?」
「でも、ルアンナは知っているんだろ?」
「ですから、私は南には行ったことがないからどんな場所か知らないし、それがいつ頃かと急に言われても、ちょっと困るなぁ」
ちょっと迷惑そうに言われた。
「急に言ったわけじゃないぞ。誰か詳しく覚えていないのかよ」
「私が覚えていないことを、他の野良精霊に聞いても無理というものでしょう」
「ホント、精霊って頭が悪いんだから」
「姫様だって、千年も過ぎれば今日の事なんて覚えていませんよ……」
「そういうものなのか?」
「当然です」
「でも、私は例の魔力写真でこの夏の記録を沢山残しているぞ」
「はは、それがいつまで続くか。記録も記憶も、すぐに未整理のままどこかへ埋もれてしまいますよ」
うーん、これは慢性的な認知症状態? それとも、それが長生きの秘訣というか、必然の帰結なのだろうか?
以前ルアンナから聞いた話と、一般的に知られる魔獣伝説は大筋でほぼ一致する。そこまでは、誰でも知る昔話として信じる他ない。
つまり、千年ほど前にある邪宗の一派が邪神と呼ばれる強大な精霊の下に集い、百体の魔獣を召喚した。
その目的は世界を滅ぼすためとも、邪神の名の下に全ての精霊と人を従えるためとも言われるが、詳細は不明だ。
北の山に眠る龍を滅ぼすためという説もあるが、それにしては封印された邪神がバラバラの場所にいる。
私の知る限り、龍は北方の山奥に眠っている。これは実際に、魔力感知でわかるのだ。
召喚された百体の魔獣に対し、エルフやドワーフを含めたすべての人種族と精霊が手を結び、邪神に対抗して大陸中で大きな騒乱が続いた。
最終的に人類は多くの魔獣を葬ったが、一部の上位魔獣だけは倒すことができず、エルフの封印魔法によって各地に封じた。それが、現在も各地に眠る封印魔獣だ。
その後邪神は力を失い、邪宗の一派も解体されたという。
しかしこの話のどこにも、南の大陸との交易などは登場しない。
以後ルアンナはルーナとアンナに分裂して、千年にわたり大陸の東西で封印された魔獣を監視するうちに、ほとんどの事実を忘れ去った。高位精霊とは名ばかりの、阿呆な精霊に退化していたのだ。
しかし、大陸に封じられた魔獣を監視する精霊はいたのだが、南の海を監視する者は誰もいない。つまり、この時の邪神はこの大陸で生まれたのであり、南からやって来たのではないのだろう。
それとは別に、一昨年の夏に漂着した南の島には、かつてハイネス様という大魔獣がいた。というか、最近までそこで眠っていた。
私が復活したアンデッドどもを魔法で一掃した際に、どうやらそのハイネス様も一緒に浄化してしまったらしい。
このハイネス様は魔獣というより精霊に近い存在で、いわゆる邪神のようなものだったらしい。ただ、それは私たちが思っていたような邪神とは、少し違った。
南北の大陸を結ぶ航路の中継点として両大陸から狙われていた島を守るために生まれた海の守護神的な存在で、島周辺の広い海域を守護していたらしい。
そして遥か昔にその中継点の島を支配すべく南の大陸から送られたのが、現在行方不明中のウミヘビの魔獣ウミちゃんだ。今は私の使い魔として、南の大陸へ派遣したのだけれど。
私の使い魔には、昔は本当に無邪気に人間を食っていたような奴がいるので困る。
そういう時代だった、と言われると納得するしかないのだが、パンダなんかは私たちの目の前でやっていたからなぁ……
ただ不思議なのは、それがいつの時代の出来事なのか不明な点だ。
この大陸では、そもそも南に別の大陸があることも含めて、過去にその場所との交流があったという歴史や伝説はほぼ失われている。
それに、千年前に生み出され最近まで封印されていた魔獣ネメスこと現パンダは、南の大陸についてほぼ何も知らなかった。まあ、あいつは何も考えずに陸上で暴れていただけなので、あまり信用できない情報源ではあるが。
ただ、邪神が百体の魔獣を召喚した騒ぎのそれ以前までに、ほぼ南との関係が途絶えていたのではないかと想像できる。
学園長たちの話しぶりからは、今のハイランド王国が人間の国を統一した時点で、歴史や伝説レベルまで含めて封印魔獣や南の大陸についての情報を隠蔽したのではないか、という疑惑もある。
最近になって、この大陸では立て続けに三体の魔獣の封印が解けた。うち二体は倒し、一体は私の使い魔になっている。
これは邪神復活を企む邪宗の動き、と考えられたのだが……
どうやら、邪宗の復活については眉唾だったようだ。
パンダを復活させたアイクスという教会の一派については、既に解体されている。
他の二体については、実はステフがやったのではないかと、私は本気で怪しんでいる。
いつか、私がステフを封印する時が来るかもしれない。
ここまでが、役に立たないルアンナの説明と、それを元にした私の拙い考察だ。
そしてこれまで私が一生懸命に目を背けて来た、この世界の裏側にある現実の一部分でもある。
それにしても封印魔獣の件に関して、ルアンナの奴は千年前から完全にど真ん中にいた当事者のくせして、よく覚えていないとはどういうことだ?
「姫様。急に、私に対する物凄い悪意を感じますが」
「あ、それは気のせいなんかじゃないよ」
鉱山へは直接行かずに、町の下にある迎賓館へ向かう。
いつも宿泊している小さな城というかちょいと大きめの砦というか、そんなサイズ感の石造りの邸宅だ。
実際に山麓から敵が上がって来た際には、ここを拠点として迎え撃つのだろう。だから、主に山の下方向を意識した造りになっている。
空から見ると、それが何だか滑稽である。
私のように空からやって来る人間は他にいないので、そんな事を考慮して造られた施設は他にも見たことがないが。
この世界では飛行する魔物はいるが、ドラゴンのような強力な系列は珍しく、鳥系には大型が少ない。
火山島でウミちゃんと闘っていたソラちゃんなどは、かなり珍しい魔獣なのだと思う。
「あ、姫様いらっしゃいませなのでーす」
館の正面に回ると、北の森の精霊サトナが扉を開いてくれた。
「お一人ですかぁ?」
「うん。エドとネルソンに話があって来たんだ。時間があるときに二人で来てほしいと伝えて」
「はーい」
「じゃ、私は温泉に入るね」
「ごゆっくりどうぞー」
「あ、パンダを部屋に置いて行くから、悪さをしないようにちゃんと見張っておいてね」
私は部屋にパンダを放置し、ドゥンクとシロちゃんと一緒に、のんびり温泉に入った。
いい気分で部屋に戻ると、パンダが隅で抜け殻の人形のように座っていた。
うん、真っ白に燃え尽きて、白熊のようになっているな。
「何があった?」
返事がない、ただの屍のようだ。
「明日は鉱山町へ連れて行ってやるから、元気を出せ」
「ホンマでっか?」
「このまま、おとなしくしていればな」
「へい」
「じゃ、私は食事に行って来る」
「ワイは?」
「これでも食ってろ」
「こ、これは……」
島にいる間はポチの前で食べにくいので船倉の隅に置いてあった、オオトカゲの黒焼きだ。焼き過ぎて焦げた、ともいう。
「精がつくぞ」
「ホンマでっか?」
「嘘だ」
「……」
「じゃ、行って来る
パンダにこれ以上精をつけてどうする。
サトナが用意してくれた夕食を戴き、明日エドとネルソンがこの館にやって来るとの知らせを受けた。
あれ、明日は鉱山町へ遊びに行っている暇はないかも。
仕方ない、今夜はもう少しパンダをからかって暇をつぶすか。
後編へ続く
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