開花その89 再会と再開 後編



 懐かしい錬金術研究会の、休憩室の一つ。


 私は、本来のアリソンの姿に戻っている。


 侵入した部屋で待つこと数十分、殿下が一人で室内に入って来た。だが、私の存在には気付いていない。


 殿下が向かいの椅子に座るのを待って、私は認識阻害魔法を解く。


「……」


「ウッドゲート子爵の次女、アリソンでございます」

「……君が、ブランドン自慢の妹なのか」


「はい。いつも兄がお世話になっております」

「しかし、どうやってここへ……」


「私の事は、お父上からお聞き及びの事と存じますが」


「……父上が……そうか。五歳にして特級魔術師爵の位を得た魔術の天才、水晶砕きのアリソン」


 またそれか、まあいいや。今は、それどころではない。


「本日は殿下と少しお話したいと思い、無理にお邪魔させていただきました。この部屋は私の結界で覆っていますので、恐らく護衛の方にもここで話す声は聞こえないでしょう。あの陰湿な、ステファニー・バロウズでさえ」


「君はステファニーを知っているのか?」


「勿論です。殿下の警護担当で、王国の諜報部門を束ねる人ですから」

 まあ、知られていたら困る情報だよな……



「ところで殿下、何故人間とエルフ、ドワーフや獣人が、同じ言葉を話しているのか、不思議に思ったことはありませんか?」


 世間話の後、前段となる話を始めた。


「それは同じ大陸に住む者同士、当たり前の事ではないのか?」


「いいえ、それは決して当たり前ではありません。きっと遥か昔には暮らす地域や種族ごとに、違う言葉を話していた時代があったのだと思います」


「では、どうして今のようになったのだ?」


「それは、支配する者にとって、その方が都合がいいからです」


「なるほど、そうか。言語だけでなく、歴史や文化を共通にする者同士なら同じ価値観を共有できる」


 そう。それに加えて宗教も、と言いたいところだ。


 この大陸ではどの町にも教会があって、精霊信仰が広く信じられている。だがそこには、私が前世で知る宗教と呼べるような堅苦しい教義は存在しない。


 魔法が自然科学に組み入れられているのと同じように、精霊も世界を造る自然の一部であり、生あるものも無きものも等しく、同じ自然の輪の中にいると考えられている。


 だがこの話の続きは、そういった文化面の話だけではない。



「それだけではありません」

「他にも理由があるのか?」


「いいえ。他にあるのは、地面です」

「地面……土地か?」


「はい」

 別の言い方をすれば、地理上の問題だ。


「まさか、この大陸以外の土地、という意味なのか」


「さすが殿下、ご存知でしたか」

「それは伝説として聞いている」


「決して伝説などではありません。遥か昔、大陸を魔獣が暴れ回っていた頃、あるいはそれ以前に、同じ言語を話す南の大陸と定期航路が結ばれておりました。二つの大陸は、経済的、文化的な交流があったのです」


「何故、それが事実であると言えるのだ?」


「私は以前、この大陸から遥か南方の海で、その交易路の中継地点であった島を発見しました」


「では、南の海の向こうには、今でも同じ言葉を話す民がいるのか?」

「それは私にも分かりません。ただ、以前には確かに存在していたようです」



 殿下は目を逸らし、私の背後の壁に掛かった絵画を見ながら少し考えている。


「そうか。南の大陸との友好的な交流が再開できるかどうか……この国は獣人どころか、エルフやドワーフとも争っている時間は無さそうだな」


「はい、その通りです」


「で、南の大陸へ行く目途はあるのか」

「いえ、今のところは。しかし近いうちには必ず」


「では、私にはそれに備えよ、ということだな」

「はい。その通りです」


「ステファニーには、まだまだ苦労をかけそうだな」

「あいつには、何でも命じてください」


「まるで自分の部下のように言うが」

「はは、あれは面倒な奴ですが、それでも大切な私の駒の一つですので」


「そうか。きっと、私も同じ駒なのだろうな」

「まさか……」


 殿下は何を言い出すやら。


「それ以上は口に出さなくてもよい。いつか、自分の力で同じ舞台に上がってみせる」

「期待しております」


 というか、私にはこれ以上期待しないでくれ。あとは任せたから。



「君は本当にアリソン・ウッドゲートなのか?」

「はい、勿論ですよ」


「いや、私が良く知る人物に雰囲気がよく似ているので、驚いている」

「もしかしてその人物は、アリス・リッケンですか?」


「そう、救国の女神、アリスの事だ」

「ふふふ、殿下の目はごまかせませんね」


「ま、まさか、君は本当にアリスなのか!」


「はい。殿下を騙して、申し訳ありません。兄上とエイミーには、もうバレていますけど」


「そうだったのか。良かった、君が生きていて……」

 いや、殿下まで泣かないでほしい……



「ではそろそろ本題に入りましょう」

「そうか、これからが本題だったのか……」


 さすがの殿下にも、今日はちょっと情報量が過多のようだ。


「この夏、私たちは世にも珍しい経験をいたしました。そのことを是非、殿下にお伝えしたいと思い、学園へ戻って参りました」


 できれば細かな話は、今は明かしたくない。しかし信じてもらえなければ、意味がない。


「私の魔力については殿下もご存じの通り、普通ではありません。しかしある場所で、私と従者二人の魔法が全く使えなくなる、という事態に遭遇しました」


 殿下は、今日何度目かの驚きに目を見開く。


「そこでは魔物も生息できず、精霊さえも存在できません。でも、そんな場所でも私たち三人はどうにか生き延びて、戻って参りました」


 嘘ではないよと、私は殿下の目を真っすぐ見る。



「その理由が分かりますか?」


「いや、普通の者であれば手も足も出そうにない。単に運が良かったという事なのか?」


「いいえ。ところが、魔法が全く使えない場所でも使えるスキルがあったのです」


「スキルか。一部の学者が唱える戯言たわごとだと思っていたが……」


「いいえ。スキルは存在します。何故ならその現象を起こしていた者は魔法を一切使わずに魔法無効化結界を維持し、しかもその中の天候さえ操っていたのです」


「天候を操るなど、伝説の英雄でも困難だったと聞く。それは、どの程度の範囲なのか?」


 うーん、体感的には東京ドーム何個分なのだろうな?


「王都の街を囲む防壁がすっぱり収まるほど、というところでしょうか」


 適当に答えてしまった。島を一周してみたけど、ちゃんとした地図もないし、その広さは正直なところよく分からない。


 ただ、結構広いと感じたのは、まともな道もなく非常に歩きにくかったからだろう。


 風魔法や水魔法で狭い範囲なら気象を真似る事もできるが、天候と呼べるような広範囲でそれを操るというのは、私も聞いたことがない。



「賢者エドゥイン・ハーラーが森の砦を守るために嵐を呼んだというのは、伝説でしょうか」


「いや、あれは嵐というよりも、砦の周囲を竜巻のような結界で包んで守ったらしい」


「そうですか。今度直接本人に聞いてみますよ」


「け、賢者様に直接聞くだと?」

 殿下は頭を振って、聞かなかったことにしようとしている。うん、きっと気のせいだよ。


 今の私でもこの王宮を取り巻く程度ならできそうだけど、一歩間違うと周囲の町が壊滅してしまう……


「私たち三人も、全く魔法が使えないにもかかわらず武術の技と共に、まるで身体強化魔法のような、スキルとしか言いようのない能力強化を体感しました」


「そうか。魔法が使えないので、その境界が明白になるということか」

「その通りです」



「しかしその魔法無効化スキルこそ、恐るべき技」

「はい。魔力は自身の体内に留まり、全ての魔法が使えませんでした」


 私以外であれば、魔力封じの腕輪などを使ってスキルの実験ができそうだ。それは、殿下にお任せしよう。


「そのスキルを、手に入れられるのか?」

「いいえ。その原理は不明ですが、とある生物によるスキルであることが判明しました」


「ではその生き物を使役できれば、能力を行使可能なのか?」

「やはり、そうなりますよね」


 殿下は黙って頷いた。

 国を治める者としては、看過できない力だ。


「そこでこうして、殿下にご報告に参ったというわけです。


「そうか。有難い」



「今はこれ以上の詳細を言えませんが、今後の連絡にはこれを使ってください」

 私はデンデンムシを一匹出した。


「なんだ、これは?」

 簡単に使い方を説明する。


「学園長と秘書、それにステファニーにも渡してあります」


「消えてしまった!」

 殿下は驚いて、自分の手の中を見ている。


「はい。半精霊ですので、必要な時のみ姿を現します」


「半精霊とは何のことだ?」


「はい、私が精霊の祝福を与えたため、普通のカタツムリが半精霊状態になりました」


「まさかそんな事が……」



 そうだった。半精霊というのは、一般的に使われる用語ではない。ドゥンクを呼ぶ時に思いついた言葉なので、私の周囲では普通に使っていた。


 便利な言葉だが、厳密な定義はない。どうやら、私の視点から見た都合のいい男、みたいな呼び方だった。すまん、カタツムリ。


「そしてこの陸生の巻貝が集団で使うスキルこそが、魔法無効化結界なのです」


「なんだって、この貝がそのスキルを使うというのか?」

「はい。兄上とエイミーにも渡してありますので、研究に使って構いません」


「いいのか?」

「この子たちを虐めないでくださいね」


「それは約束する」


「あと、兄上とエイミーには、この件を含めて面倒事は一切話していませんので、巻き込まないようにお願いします」


「巻き込む、というならもう一人お願いしたいのだが」

「どなたでしょう」


「アズベル・ファンテ」


「あら、元会長様ですか。よろしいですわ。どちらにしても、錬金術学会が暴走しないよう殿下にお願いするつもりでしたから」


「彼は優秀なので、既に学会の中心人物になりつつある」


「先に殿下が上手く丸め込まないと、あの連中は必ず厄介なことを仕出かしますわ」


「ははは、それは君ほどではなかろう」

「失礼な!」


「すまん。正直に言い過ぎた」



 風向きが悪いので、話をカタツムリに戻す。


「万が一、南の大陸に友好的ではない民族が住んでいて、既にその能力を持っている可能性も捨てきれません」


「まさか」


「このカタツムリが住んでいたのも、南の孤島でした」


「判った。これも含めて、可能な限りの対策を考えよう」


「ただし、絶対に国内へ情報が漏れないようにお願いします」


「それも約束しよう」



 参ったな。殿下にはこれ以上、千年前だの百五十年前だのといった歴史の話など、うっかりできない雰囲気になってしまった……


 まあいい。ステフにも言われているし、次の場所へ行こうか。


「あ、じゃこれをアズベル元会長に渡して、殿下からお話をしてください」

 私はデンデンムシをもう一匹、手渡した。


「彼には会わないのか?」

「はい。でも皆様の事は、いつも見守っていますよ」


「さっきのは勝手に消えたが、これはどうやって渡せばいい?」

「大丈夫。本人以外には使えない仕様ですから、黙って念じれば良いのです」


「わかった。やってみる」

「では、アズベル先輩にもよろしくお伝えください」



 アズベル元会長殿は、間違いなく今後長きにわたり錬金馬鹿の頂点に君臨するであろう逸材だと思う。


 あの馬鹿たちと活動した一年は刺激的でとても愉快だったけど、正直あの人の前に出るとまた想定外の事件を巻き起こしそうで、私はちょっと怖いのです。



 終




  

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