開花その89 再会と再開 前編



 抱えている不安の解消と疑問の核心に迫ろうとして、かえっておかしな迷路に入り込んでしまった。


 あの魔術師協会の地下で見た異様な魔書については、一旦忘れることにしよう。



 そもそも私には、今夜の宿すら決まっていない。昨夜三人で泊まった宿は、既に引き払っていた。


 今夜は、一人でどこか泊まれる場所を探さねばならない。

 とりあえず早めの夕飯を、馴染みのレストランであるフィックスのカウンター席で済ませた。


 腹が満ちると宿を探すのが億劫になり、王都の定宿へ不法侵入することに決めた。



 ということで、私は卒業式の事件後に身を寄せていた、学園長の隠し部屋にいる。当然、無断で。


 なんだかんだで、この部屋は安全で快適なのだ 。


 安全?

 一度爆発により部屋の持ち主と秘書が死にかけて、部屋も半壊しているけどね。

 まあ、あの時は学園長オーちゃんの自爆だったので、私も注意しよう。


 暖炉の前のカウチで寛いでいると、夜になってオーちゃんがやって来た。


「……姫様でしたか。脅かさないでください」

 姿は変われども一目で私だとわかるのは、さすがである。


「あれ、この春に兄上の護衛として王都へ来た時にも、この姿で会ったっけ?」

「そうですよ」


 何かやらかして身を隠す度に姿を変えているので、自分でも何が何だか。


 今後は本体以外には、このアイリスの姿だけにしておきたいものだ。


 すぐにステフがすっ飛んで来ないということは、今は監視カメラや盗聴器の類は仕掛けられていないようだ。



「ごめんね、勝手に使わせてもらってる」


「それはいいのですが、いつ王都へお戻りで」

「うん、昨日」


「そうですか。今回はお一人ですか?」


「いや、相変わらず二人の武装メイドと一緒だったんだけど、二人をネリンに預けて今日の午後からは一人なの。暫らくここに居させてね」


「はい、どうぞご自由に。ところで、夕飯はお済みですか?」

「うん。オーちゃんは?」


「私も先ほどファイと学園の食堂で済ませました。もうすぐ彼女もやって来るでしょう」


「それは良かった。時間があれば二人に聞いてほしい話があるのだけれど」


「では、お茶を飲みながらファイを待ちしましょう」

「あ、それなら珍しい果物があるよ」


 私は、南の島で採取した果実を幾つか取り出した。



 冷たい果物を食べ比べながら、王都や学園の近況などを聞こうと思っていた。

 だが、オーちゃんが果実を気に入り、興奮している。


「これは何という果物ですか?」

「知らないよ」


「こちらのは?」

「どれもわからない。ジャングルの中には様々な果物があったから」


 というか、見たこともない珍しそうな奴しか今は出していない。


「そ、そのジャングルとは、どこですか? 近いですか? すぐ行けますか?」


「いや、採れたのは南の無人島で、それについてはファイが来たら詳しく話すから」


 こちらが話を聞くどころではなかった。



「面倒だから、ステフも呼べない?」

 言うだけ言ってみた。


 あいつは忙しそうだからなぁ。


「ではちょっと失礼して、呼んでまいります」

 オーちゃんはそう言い残して部屋を出て行った。テーブルの上のフルーツに未練を残しながら。


 入れ替わりに、ファイがやって来た。


「あ、姫様。お久しぶりです」

「ああ、元気そうだね」


「おかげさまで、王国の平和は続いております」


「今ちょっとオーちゃんがステフを呼びに行ってるから、南国産の果物でも食べて待っていて」


「何ですか、これは?」

 明らかに学園長と違い、見慣れぬ果実を怪しんでいる。

 この違いは何だろうか?


 でも、これが普通の反応なのかもしれない。


 私は救国の女神ではあるが、きっとファイにとっては凶悪な魔王のイメージに近いのだろうなぁ。不徳が身に染みる。


 私は面倒なので、黙って手を伸ばして切った果実を次々と口に放り込んだ。


「ん~、美味い!」

 どうだ、これでもまだ手を出せないか?


 ファイは蒼ざめながら、震える手で果実を細い銀のフォークで刺して口に運んだ。


「こ、この甘さと程よい酸味の調和、とろけるような舌触り、そして鼻に抜ける甘美で爽やかな香り……」


 グルメレポーターかっ、と叫びたいのをぐっと堪えて、笑顔を見せる。


 どうせ口に出しても、何を言っているのかわかりません、と返されるだけだ。



「どうだ、こっちのも美味いぞ」


「はいっ、ありがとうございます」

 目を輝かせて、ファイは別の皿に手を伸ばした。


 ふふふ、ちょろいな。


 でも、私がいかにファイに信頼されていないかよく分かったよ。

 救国の女神なのにさ……


 まぁ、私にそそのかされてこの地下室ごと一度吹き飛んだのだから、ある程度はやむを得ないが。


「こっちの果実は南の島に住むオオコウモリが好んで食べる大きな実が未消化の状態で排泄されたものを集めて水洗いした、非常に希少なものだ」

 ファイの手が、ぴたりと止まる。


 テーブルの果実を見ていた首がギギギッと音を立てるように持ち上がり、私の目を覗き込む。


「今ファイが食べているそれは、フルーツを主食とする巨大カブトムシの幼虫を串刺しにして、腹の部分だけ軽く焚火で炙ったものだ。どちらも絶品だろ」


 みるみるうちにファイの震えが大きくなり、顔面が白く変わる。


「ゴメン。全部冗談だからね。南の島の密林で採取した、普通の果実だよ」


「……ほ、本当ですかぁ?」

「そうだよ。さっきまでオーちゃんも喜んで食べていたし」


 だがそれからファイは、二度と皿に手を伸ばそうとはしなかった。ちょっと悪ふざけが過ぎたか?


 うん。私の言葉は信用されているのかいないのか、どっちだ?



 がやがやとした声が聞こえて、二人の女が部屋に入って来る。

 オーちゃんが、無事ステフを捕まえてきたようだ。


「おお、姫様お久しぶりでございます」

 そうして、四人でテーブルを囲む。


「あれ、この果物はよく熟れて美味しいですね」

 勧めてもいないのに、ステフは勝手に食べている。


「この果物を手に入れたのは、遠い南の無人島なんだけど」

 頃合いを見て、私はカタツムリの島で経験したこの夏の出来事を話した。



「姫様の魔法を封じるなど、どんな魔道具でも叶わなかったこと」

 ステフが残念そうに呟く。


 もしかしてこいつは、私に黙って怪しい魔道具を試していたのか?

 まあ、いいか。


 気を取り直して、封印魔獣や南の大陸など気になる古代史について、三人に尋ねてみた。


「魔獣が暴れ回った災害については、大陸の人々が種族を越えて協力し、これを退けたという伝説が伝わっております」


「いや、それくらいは知ってるけどさ」

 学園長は、当たり障りのない事を言う。


「今の王国が大陸を統一した百五十年前に、その辺の歴史を含めて過去を隠蔽したらしいと聞いた。ステフなんかは、それに関わっていたというか、その中心にいたんだろ?」


「まぁ、確かにそうですね。しかし私たちは王国に忠誠を誓った人間として、それを軽々と話す立場にはありません。知りたければ直接王族の誰かを問い詰めるか、エルフの里で長老にでも尋ねる事です」


「クラウド殿下が話してくれるかなぁ?」


「いえ、それを若い殿下に問うのは酷ですので、勘弁してほしいのですが」


「わかった。じゃ、エルフの里でヘルゼに聞くのがいいかな?」


「そうですね」

「エドじゃダメ?」


 それには、元は賢者の弟子ナディアであった学園長が答える。


「魔法使いや教会に集う市民に人気の高かった賢者様がこの街で謀殺されたことをきっかけにして、レクシア王国は内側から崩壊しました。それには当然賢者様も私も関係していた、ということです」


「つまり、その陰謀が今も続いていると……」


「陰謀とは人聞きが悪い。ただちょっとだけ、マトモな方の王朝に肩入れしてやっただけです」


 何だか、三人ともまともにしゃべる気は無さそうだ、ということだけは分かる。


 奥歯に物がはさまったような言い方、という言い方はこの世界にはないが、まさにその歯切れが悪い話し方の典型である。


 私はすっかりやる気をなくして、ポテトチップスを収納から出して齧り始めた。



「ほら、三人にはこれを渡しておくよ」

 例のデンデンムシを三人に手渡し、使い方を説明した。


「こ、これは素晴らしい!」


 ステフには踊り出したいほどのプレゼントになっただろうが、通話相手がいなければ何の役にも立たない。


 こいつに悪用されるのは悔しいので、ステフの関係者には絶対に渡さないようにしよう。


「近いうちに、クラウド殿下にも渡しておくよ」

 まあ、その程度なら問題なかろう。



 翌日は祭りの前のざわついた王都のあちこちをうろついて、午後から兄上とエイミーに会った。


 放課後、密かに学園長室に呼び出された二人はファイに案内されて、緊張を隠せないまま応接室へ通された。


 テーブルの上には、三人分のフルーツジュースのグラスが並べられている。

 そこに待っていたのが、八歳の私である。


「アリソン。こんなところで、どうしたのだ?」

 すぐに、兄上が驚きの声を上げる。


「では、ごゆっくりどうぞ」

 ファイは、すぐに部屋を出て行った。



「エイミー、元気だった?」

 そう言いながら私は立ち上がると、瞬時にアリス・リッケンの姿に変わる。


 ぽかんと口を開けたまま私を見ているエイミーの目から、涙が溢れ出た。


 そして私は、駆け寄ったエイミーにきつく抱き締められる。


 ……エイミーは最近十二歳になった筈。まだ進化しているのか?


 こ、これはやはり、い、息ができない……


 この重大な生命の危機に私が下手な魔法を使うと、エイミーの命に関わる。


 走馬灯が脳裏に浮かぶ寸前、やっとエイミーの力が抜ける。

 私はエイミーの呼吸無効化胸結界から脱出して、大きく息を吸った。


 魔王をも絞め殺す、地上最強の女……勇者エイミー LV.12 属性:胸。



「黙っていなくなって、ごめんね。エイミー」

「いいの。アリスが生きていたのなら」


「本当の私はアリスじゃなくて、アリソン・ウッドゲートだよ」


「今年八歳になった、私の妹だ」

 兄上の言葉の後、私はまた本来の私の姿に戻った。


「まさか。あなたが水晶砕きのアリソンなの!?」

「その呼び方は、やめてくれぇ~」


「アリス。あれから、どうしていたの?」

「実はその……」


 私はその後兄上と過ごした故郷での当たり障りのない日常や、旅先の小話などをぽつぽつと話し始めた。


 二人からは最近の学園での出来事などを、懐かしい顔を思い出しながら聞く。


 それからひと時の間、三人で楽しい時間を過ごした。


「忘れないうちに、これを二人に渡しておくね」

 デンデンムシを二人に手渡し、使い方を教えた。出所は秘密だ。


「アリスは相変わらずね」

 エイミーに言われたが、いったいどこのどの辺が相変わらずなのか?



「明日は、殿下にお会いしたいのだけど」


 錬金術研究会では、警備上の問題から殿下が休憩する部屋が決められたらしい。


「誰かさんが、実験中に派手な爆発を繰り返したおかげでね」


 それは、申し訳ない。でもお陰で、殿下と二人で会えそうな場所が決まった。


 その部屋の警備は強化されているというが、私なら認識阻害魔法なんかを用いて、部屋へ侵入できるだろう。


 あまり気は進まないけど、仕方がない。



 後編へ続く



  

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