開花その87 ゲームチェンジャー 後編



「セルカ、元気だったか?」

 狼狽していたシオネが、優しい兄の顔になる。


「はい。どうにか生きて帰って来られました」


「あ、ああ、そうだな。この姫様と一緒だと、今の騒ぎなどは日常茶飯事か」


「そんなことはないぞ」

 私は全力で否定した。


「いや、その通りです」

「こら、セルカ。嘘はいかん」


「たった今やらかしたばかりの人が、どの口で言うんですか」


「いや、トンネルはいいぞ。一年中温度が一定だから、食料を保管したり、ワインを熟成させたり、あと津波の時の逃げ道にもなる」


「ところで俺たちは、あの中を通ってどこまで逃げるんですか?」


 さすがに、魔物がうようよいる山奥まで、とは言えないよなぁ。



「洞窟の出口は、魔物だらけの森でしたよ」

「こら、プリスカ。余計な事を言うな」


「こ、これ、マジで迷宮化するんじゃ?」

 再び、シオネの声が震える。


「そうならないように、あんたの嫁さんが封鎖しに行っているんだろうが。あいつは少々間抜けだが、魔物除けの結界張りには熟練している。心配するな」


「いや、俺はフランの身を心配しているのですが」


「それこそ無意味だ。あいつと出会った魔物の方が心配だぞ。シオネと間違えて、オークでも連れ帰りかねない」


「ひでぇ……」



 そんな事を言っているうちに、フランシスが戻って来た。


「あの森は、ほぼ人跡未踏の地ですな。谷の領地よりも魔物の気配が濃い」


「おい、大丈夫なのか?」

 シオネは、不安そうに妻を見る。


「はい、向こうの入口だけでなく、途中にも何か所か結界を張っておきました。こちら側の入口には認識阻害の魔法もかけたので、他の住民は穴があることにも気付かないでしょう」


「おお、腕を上げたね、師匠」


「姫様は、相変わらず下手な魔法を使いますね」

 それを言われると、私の立つ瀬がない。


「ところで、先ほどのサザエのような貝はいったいなんですか?」


「ああ、あの貝はデンデンムシという半精霊でね、上手く使うと離れた場所から話ができるようになる。ほら、あんたたちにもあげるよ」


 私は二人にひとつずつ、カタツムリを手渡した。


「後で、セルカに使い方を教わってね」

「ほう、便利そうな魔道具ですね」


「魔道具じゃないよ。私のお友達の精霊さんだから、大切にしてよ」


「はぁ。相変わらず、姫様のすることは訳の分からぬことばかり」


「ところで今日は、大事な相談があって来たのだ」

 話題を変えるには、いい頃合いだ。


 私は二人に、あのカタツムリの島での出来事を話し始めた。



「剣豪のプリスカですら魔法なしでは戦えないほどの魔物の群れ、ですか……」

 最後まで話を聞いた師匠は、そう言いながらプリスカを見る。


「あの時は、本当に死ぬかと思いました」


「まさか、この世に魔法無効化という現象があるとは。危険極まりない思想ですぞ」


「自分の無力さを、思い知りました」

 セルカが思い出して、身震いをした。


「それに、スキルという能力については、広く世に認められた概念ではありません」

「あ、やっぱり研究している人もいるんだ」


「はい。魔法だけでは説明のつかない能力があると考える学者もいますが、世間は否定的ですね」


「やはり魔法が無効化された環境が無いと、証明できないか。経験により身に着く技能、みたいな認識かな?」


「ええ、そんなところです。しかも、それに加えて呪いですか」


「そう、精霊の関わらない恐らくはスキルによる呪い、だぞ。とんでもない話だろ」


「いや、困りましたね。で、そのカタツムリというのは、どんな生き物なのですか?」

「え、師匠も今さっき見たでしょ」


「えええっ?」



「ま、まさかそのカタツムリが、さっきのデンデンムシですか? そりゃ大変だ」


「他人事みたいに言うな。話を聞いた以上、もうあんたもこっちの仲間だからな。事の重大さは、理解しただろ?」


「マズイですな。姫様の魔法まで封じるとなると、世界をその手に握るだけの力にもなり得ましょう」


「……師匠、世界デスカ?」


 私を危険視し過ぎだよ。しかしあの能力を手にした者は、大陸のパワーバランスを大きく変えるような、ゲームチェンジャーともなり得るかも。


 その前に、錬金馬鹿たちに対策を検討させておく、という手もあるか。

 いやいや、それも危険だよなぁ。


 まぁ私に関しては、無策ではない。次回からは何とか抵抗してやろうと対策を考慮中だ。何といっても、カタツムリたちに精霊の祝福を与えたのは、この私だ。


 次は、私がカタツムリを飼い慣らしてやる。

 そう簡単に、私の魔法を何度も封じられるとは思わぬ方がいいぞ。ふふふ……


 あれ、もう既に飼い慣らしているように思えるのは、気のせいだろうか?



「その島の秘密を何としてでも秘匿せねば、下手をすると国を割る騒ぎに発展しかねませんね」


「うん」


「何しろ、魔王を封じる力ですから」

「セルカ、余計な事を言わないように」


「ほう、最近町で噂の魔王とは、やはり姫様でしたか」

「ええっ、こんな田舎町まで噂が伝わっているの?」


「そりゃあ大衆は皆、娯楽に飢えておりますので」

「ひょっとして、この町の貧乏人は暇なのか?」


「港町では、海が荒れれば仕事がないのですよ」

 なんてことだ。


 いや、私を魔王と呼んだウマシカは魔物だし、人間と接触する機会はないぞ。

 何故、人間界にその噂が立つ?


 私が昨年化けていたアリス・リッケンは、魔王どころか救国の女神だ。


 これはどう考えても、王都のネリンを経由して冒険者かエルフコミュニティに情報が洩れている。或いはその両方に、だ。


 冒険者は国中にいるし、この町にエルフが隠れ住んでいる可能性も充分ある。

 王都へ行ったら、ネリンに苦情を伝えておこう。


 これ以上おかしな噂を広めたら、王都を一夜にして灰にするぞ、とか。



「この問題は王宮を巻き込まねば、終わらないのでは?」


 師匠が深刻そうに、そう言った。魔王問題に、本当に王宮を巻き込む気なのか?

 あ、魔法無効化問題の方か。


「そうなると、相談先はあの頭の悪い王様ではなく、ステフかぁ」


「そのダークエルフ、信用できるのですか?」


「さあね。でも第三王子に心酔しているから、クラウド殿下を巻き込むかなぁ」


 クラウド殿下は若いが兄上の親友であり、信頼できる人物だ。そして錬金馬鹿と王宮、それにステフを抑えるには最適の人物だろう。


「しかし、まずはケーヒル伯爵では?」


「確かに、魔術師協会には世話になっているからね。無視することはできないよ」

「私も一緒に王都へ行きましょうか?」


 うーん、それもありだな。師匠は王国中に散らばる独身男性の魔術師に粉をかけまくっていたので、悪い意味で顔がきく。


「でも、それならシオネも来るよね。あまり大勢で動きたくないなぁ」

「そうですよね」


「セルカとシオネはここで待つ?」

「「嫌です!」」

 まったくこの兄妹は。


「じゃ、仕方ない。師匠たちはこのままここにいてよ」


「はい。では我らは当面海へ出ずに、ここで待機いたします。そのデンデンムシとやらを使い連絡が取れれば、すぐに動けるようにいたしますので」


「そうだね、そうしてくれると助かるよ」

 というか、師匠と一緒に旅をするのは私がキツイ。ははは。



 師匠が、王都のケーヒル伯爵宛に手紙を書いて、すぐに速達便で送ってくれた。

 翌日は、海の冒険者の団長に会いに行った。


 セルカが、持参した海図を広げる。


「私たちは今回、このエンファント島に上陸しました。ここはほぼ海図の位置にあり、水と食料も期待できます」


 そこまでは、いい。


「それとは別に、更に南西の位置に新たな島を発見しました。以前貨物船レッドバフが流された島よりも、大陸に近い場所です」


 そこから、島の近海に集まる魔物の群れについて説明し、絶対に近付かないように注意喚起をする。


 ここでは、島内で起きている現象については言及しないことにした。


 私とプリスカは一応、一昨年のレッドバフ号を救助した冒険者ということになっている。レッドバフの乗組員たちにも当時の事は口外無用となったままである。


 色々とセンシティブな事件だったからね。


 まあ、あの火山島については、もう一度行けと言われて行けるような場所ではない。


 悲惨な遭難事故をほぼ無傷で無事に収めた私たちメタルゲート号の乗員は、レッドバフの乗組員やオーナーだけでなく、この海の冒険者という名の傭兵団にとっても大恩人であり、その元メンバーであるフランシスは、既に傭兵団にとって不可欠な人材となっているようだ。


 セルカは自作の簡易的な海図を用意して、カタツムリの島の位置を教えている。


 間違っても近付かないようにと言われても、あんな場所に好んで行く奴はいないだろう。カタツムリの能力を解明しようなどと考えなければ、なおさらだ。



「それと、これだけど……」


 私はエンファント島の砂浜で発見した金貨に自分の資金を足して、団長の前に積み上げる。


「フランシスと相談したのだけれど、これはこの町で暮らす孤児たちの暮らしを支援する基金にして」


「こ、こんな大金を……」


「そういうのは教会や領主の仕事だけどさ、シオネやセルカみたいな子がこの町には多いって聞いたから」


(おお、魔王様が人類に施しを与えておる……)

 頭の中でルアンナが何か言っているけど、無視だ。


「だから、団長にお願いするね」


「承知しました。フランシス殿と相談しながら、ありがたく使わせていただきます」


(はは、一度こういうのやってみたかったんだよね。まるで大貴族のお嬢様の道楽みたいでしょ)


(でも半分以上は拾ったお金では?)

(それは忘れて!)



 私たちはフランシスとシオネの家に数日滞在し、その後船で川を遡行した。


 この川の上流には、古都アネールがある。そこから陸路で王都を目指すことになる。


 今更慌てても仕方が無いので、色々と王都に着いてからの行動を話し合いながら進むことにした。


 熱を感知すると水を噴射するスプ石による新たな船舶用推進器具を造り、プリスカの火魔法で制御する。


 中々いい感じだ。


 渇水期を迎え流れの緩い川を目立たぬようにゆっくり上り、私たちは旧王都アネールへ到着した。


 次第に気温が下がる北への旅は、どこかもの哀しい。南国の島が恋しくなるような冷たい風が、川面を吹き抜けていた。


 私たちは夜の闇に紛れて船を収納し、明け方高い城壁の門をくぐり街の中へ入った。


 確かここは、私が昨年学園に入学した時に学園長のオーちゃんが所用で滞在していた場所だ。


 それも後にステフの策略であったことが判明し、学園長とファイに土下座をしたそうだ。


 あいつら、今頃どうしているだろう。今年の春にも会ったのだけれど。



 そうして古都の観光を心行くまで楽しんだ後、馬車に揺られて我々は王都へやって来た。


 時は秋。あの地獄のような南国の楽園から、私たちは舞い戻ったのだ。


 わはははは、愚民どもめ。魔王の再臨である。

 収穫祭の準備で浮かれる王都に、秋の嵐が吹き荒れる。


 人知れず迫る、王国の危機。

 果たして人類は、この苦難を乗り越えることができるのか?



 いや、そんなことはないぞ。

 私は救国の女神ですもの。



 終



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