開花その86 通常運転
####################
初出時に誤って一段落すっ飛ばして掲載してしまいました。
掲載翌日に気付いて加筆しましが、最初に読んでいただいた方々には本当に申し訳ありません。
ご勘弁ください。
追加したのはデンデンムシの下りです……
####################
海への旅に出た目的も忘れがちだが、南の大陸の探索に出たまま行方不明であるウミヘビのウミちゃんを探す旅だった。
ついでに海図で発見した無人島に立ち寄り、武術の修行をしようなどと思っていたのだが、想像以上に濃い修行となってしまった。
シロちゃんの捜索については別途出直すこととして、カタツムリの島から大陸へ戻る途中で、別の島を見つけてしまった。
「まさか、ここが本物のエンファント島ですか?」
「おいおい」
「私らがいたのは、エンファント島じゃなかったのかよ?」
船を島に近づけようとしたら、プリスカに怒られた。
「姫さま、人がいるかもしれません。早く服を着て下さい!」
「あっ、そうか……」
私は変わらず、裸でハンモックに横たわりダラダラしていた。
「ついでだから、大人に化けるかな。ルアンナ、お願い」
そうして久しぶりに、私は二十歳の冒険者アイリスになった。視点が高くて新鮮だ。
「遭難者がいるかもしれないので、島へ近付いてください」
「はいよ~」
私は船を、ゆっくりと島へ近付ける。速度を落とすと船首は沈み、金属製の船体を程よく海中に隠しながら、偽装している木造船にふさわしい速度を保つ。
「小さな島ですね」
セルカの言う通り、島影は低く緑に覆われているが、カタツムリの島より小さい。しかし周囲をサンゴ礁に囲まれ、穏やかな南国のリゾート地のように見えた。
「ああ、閉じ込められるならこっちの島が良かったですねぇ」
「じゃ、プリスカはここへ置いて行くか。セルカはどうする?」
「私は早く帰らないと、兄さんが心配していますから」
「では、そういうことで」
「どういうことですか!」
島の周囲を回りながら様子を見ているが、人の気配は感じられない。
「姫様、島に上陸しないのですか?」
プリスカは、望遠鏡で島を観察中だ。
「浅瀬の珊瑚にぶつけそうで、あまり近付きたくないんだよね。プリスカ一人で、ちょっと様子を見て来てくれないか?」
「まさか、本当に私を置いて行かないですよね?」
そんな、真顔で言われても。
「姫様、まさか島に上陸するのが不安なのですか?」
セルカは正しい。
「そうだよ。また何か起こるんじゃないかと思うと、私だって怖いんだ」
「では、私がひとっ走り偵察して来ましょう」
「それなら、こいつを連れて行け」
一人で島へ向かおうとするプリスカに、私は拳大の石のような物を手渡した。スプ石よりは一回り大きく、色も灰褐色である。
「こ、これはカタツムリ……」
「ああ。最初に船の上で祝福を与えた樽の中の連中に懐かれてな、結局連れて来た」
「ええっ、大丈夫なのですか?」
「また呪われるのは嫌ですよう」
「大丈夫、こいつらは半精霊化していて私の使い魔と同様、普段は私の影に入って休んでいる。餌をやる必要もない」
「で、これをどうするんですか?」
「そのまま、耳元へ当ててみろ」
「はあ」
「同じように、私も一匹取り出して耳元に当てる」
「どうだ、聞こえるか、プリスカ?」
「あ、はい。カタツムリから姫様の声が」
「ああ。私はこれを、デンデンムシと呼んでいる。離れた場所で、会話ができるようになる」
「そいつはお前に預けておく。普段はお前の影の中にいるから、必要な時は呼べ。それに私が呼び出せば、ブルブル震えながらお前の手の内に現れるだろう」
固定電話ではなく、携帯電話だぞ。
「ほら、セルカにも一匹やろう。通話したい相手を思い浮かべれば、勝手にこいつが呼び出してくれる」
「デンデンムシと呼ぶのですか」
「今、そう名付けただけだよ。でも私たちは海賊じゃないから、間違っても漢字で書くなよ」
「相変わらず姫様が何を言っているのか、まるでわかりませんけど……」
「あと、腹が減っても食うな」
「食べませんよ!」
「あ、あの、このデンデンムシが耳にヌメヌメとくっつくのは何とかなりませんか?」
「それはきっと、セルカが特別に好かれたんだ。耳が食われる心配はないから、気にするな」
「気になりますよう!」
プリスカは海に飛び降りると、太陽に輝く青い水面を蹴って島へ向かった。水上を走りきり、プリスカは難なく海岸の浜へ到達する。
砂浜を歩くプリスカが奥の林に姿を消すと、やがて私とセルカの影からデンデンムシが飛び出した。揃ってそれを耳に当てる。
「ヤッホー、ここは穏やかな島です。人や魔物の気配も痕跡もありません」
「そうか。じゃ、そっちに向かうよ」
「あ、魔法も普通に使えますよ。ご安心を」
船は島を囲む環礁の隙間を抜けて、プリスカの待つ浜へと船を向ける。
白い砂浜は島の周囲をぐるりと囲み、三十分とかからずに歩いて一周できそうな大きさだ。
上陸して浜を歩いてみると、近くに古い船の残骸が砂に埋まっていた。
辺りを探索すると、漂流者が暮らした小屋の跡なども見つかる。
「どうやら、ここがエンファント島のようですねぇ」
林の奥には、土魔法で固めたような溜池も見つかった。
「なんだ。最初からここに来ていれば、楽しい島暮らしを送れたな」
「あれ、姫様が言うには、カタツムリの島は楽園だったのでは?」
「はは、やっぱり楽園はこっちだよねぇ」
「そうでしょ?」
「そうですとも」
「はぁ。ここで少しゆっくりしていくか?」
「でも、二、三日にしておきましょうよ」
やはり、セルカは早く兄のいる町へ帰りたいらしい。私は、師匠のいる町へ帰るのはちょっと気が重い。
魔力感知で島全体を調べてみたが、陸上に魔物はいない。
更に広範囲を探知してみれば、遥か遠くに北の大陸を見つけたし、南西にはカタツムリの島に集まる魔物の群れも感じられる。
「この場所は記憶したから、また来られるよ」
「あれ、カタツムリの島の場所はどうなんですか?」
「それはセルカが天測していたし、私も大体の場所は掴んだ」
「はい。海図の範囲外の南へ行った場所でしたが、エンファント島ではないとも言い切れず……」
「そうだったのですか」
私たちは普通の無人島に上陸したので、思い切り寛いで、久しぶりに使い魔たちも開放した。
「シロちゃんも、たまには大きくなっていいよ」
「あ、ワイも?」
「パンダは巨大化するとキモいからダメ」
「そんな……それよりも、あのコワイ黒猫さん、何とかなりませんか?」
ドゥンクは、念のためプリスカと一緒に島内を巡回している。
「あの子、黒犬の子なのにいつの間にか黒猫になっていたの。最近は精霊化して力が強くなっているから、今のうちに仲良くしておいた方がいいと思うけど」
「えー、でも姫さんからも何とか言って下さいよ」
「私からは、パンダを見張っておいて、とお願いしているんだけど。嫌ならプリちゃんに頼もうかなぁ」
「いんや、ワイは猫派なもんで、狂犬はちょいと苦手で……」
「そうでしょ」
「へい」
こいつは大熊猫だからな。
プリスカとドゥンクが戻り、この島には大きな獣もいないことを確認した。魔法さえ使えれば、水や食料に困ることはない。
一度収納したメタルゲート号を浜辺近くの木陰に置いて、キャンプ地とする。
あとは、それぞれのんびりと好きなように過ごした。
「姫様、もう一つ、船の残骸を見つけました」
ドゥンクが私を見上げる。
「へえ。何かお宝は無かった?」
「いえ、詳しく見ている時間はありませんでした」
「ああ、プリちゃんはせっかちだからね」
私はドゥンクに連れられ、難破船のある島の反対側の浜まで行ってみた。
砂に埋もれていたのは、かつて船であったとは想像もできないような、朽ち果てた木材の切れ端や錆びた金具である。
「よし、やるか」
私は土魔法で残骸のある辺りの浜辺を隆起させた。いや、そのつもりだったのだが、久しぶりに使う土魔法の制御を誤り、島の形が変わるほどの新たな小山が生まれてしまった。
「やっぱりこうなった……」
ドゥンクにも呆れられた。
でも、ここが上陸地点の反対側で良かった。恐らく、向こうからは見えていないだろう。
急いで証拠隠滅を図り、隆起した小山の下部にある土を収納へ入れて崩してみた。
上部にある砂が落下して、船の残骸と一緒にばらばらと崩れ落ちる。
その中に、陽光にキラキラと輝くもの多数ある。
「姫様、そういうことでしたか、さすがです。こんな簡単にお宝を発見するなんて!」
「そ、そうかなぁ」
正直、金銀財宝の類は間に合っている。エドの巾着袋には大量の貴重品が詰め込まれていて、それだけで使いきれないほどの量だ。
それ以外にも、ドワーフの鍛冶師バルム親方経由でスプ石の代金が定期的にエドとネルソンの管理する隠し鉱山の金庫に運ばれている。
そこには、エルフの国やハイランド国王、それに私と関わった様々な貴族や商人から送られて来る抱えきれないほどの貢ぎ物、いや御礼金やら褒賞の数々が凄まじい勢いで集積しているらしい。
いずれハイランド王国の国庫を超えるとも囁かれ、大陸の富を吸い込むブラックホールとも噂されるホットな謎の正体が、それだ。
いや、本気にしないでね。
私は一帯の砂を一度収納に収めて、砂だけを元に戻す。
残った物からゴミを取り除くと、船の積み荷であったであろう品々が収納に残る。エンファント島の宝物とラベルを付けて、それを保管した。
さて、まとめて出してみるか。
私はその宝物を全て、足元に並べた。
朽ちていないのは、主に金貨や宝玉。あとは学園の卒業メダルにも使われていたミスリル銀とかいう希少金属やクリスタルガラス製品。オリハルコンとかは無いんかな?
銀貨や銅貨は、錆の塊と化していた。輝く財宝の中に幾つか、気になる物があった。
「これ、呪われています」
ドゥンクが宝の山から咥えたのは、ミスリル製のペンダント。中央には大きな青い海の色をした宝玉が輝いている。
「へえ、こんなに綺麗なのに」
私は新品のように輝くペンダントを、自分の首にかけてみた。
「あ、ダメですよっ。呪いの品を身に着けては……」
ドゥンクが叫ぶがもう遅い。
「んん? 特に何も起きないが?」
「早く外してください!」
「ああ、そうか」
だが呪いのペンダントは私の魔力を吸って突然眩く青い光を放つと、そのまま消えてしまった。
「あ、これはステフの呪いの腕輪と同じ奴だ……」
「姫様、大丈夫ですか?」
「うん。たぶん、ペンダントから祝福を受けたみたいだ」
「祝福、ですか。呪いではなかったのか。ああ、良かった」
ドゥンクは無邪気に笑う。
「さて今の呪いは何だか分かる?」
私がそう言いながら顔を上げると、ドゥンクは早くも次の呪いの宝を咥えてこちらを見ている。
楽しそうだ。
「怖いから、もう身に着けないよう。勘弁してくれ」
そう言っている間に、私の足元に黄色と赤の宝玉が一つずつ置かれた。最初の青いのと合わせて三つ。
「でも姫様。この種のアイテムは、一般人が身に着けても何も起きません。アイテム自体が、持ち主を選ぶのです」
「あ、つまり選ばれなければいいのか」
私は気楽に二つのアクセサリーを持ち上げた。黄色いのは指輪で、赤いのはブローチだった。
私は二つをささっと装着してみた。
「あああっ、ですから姫様はくれぐれもご注意ください、という意味です!」
「えっ、もう遅いよ」
黄色と赤の光が弾け、宝玉が消えた。
「今度のも祝福だといいなぁ」
「大丈夫ですよ」
「あ、ルアンナ。いたんだ」
「面白いから黙って見てました」
「何とかしてよう」
「ですから大丈夫。呪いであれば、祝福の腕輪が解除しています」
「あ、そうか」
「で、この三つは何なの?」
「何だと思いますか?」
「えっと、赤は止まれで黄色は注意、青は進め、かな」
「何ですかそれは。学園で基本四属性を習いましたよね」
「あ、この色は火と土と水か。風は無いの?」
「風と光と闇については、既に姫様は祝福を受けています」
「おお、いつの間に。あ、光と闇はルアンナか。風魔法は唯一得意な分野だからなぁ」
「これで更に三属性の魔法は威力が数段上がるでしょう」
「え、ええっ、まだ威力が上がるのかよっ。やはり精霊の祝福は呪いと同義……」
呆れてモノも言えないとは、まさにこのことだ。
「姫様、ごめんなさい」
「いいよ。ドゥンクは最初から呪いのアイテムだと言ってたもの」
私は残ったお宝を収納して、項垂れたまま島を一周し船のある浜まで戻った。
浜では、何故か赤く染まったパンダが、ヤシの木に逆さに吊るされていた。
ああ、監視役のドゥンクが目を離していたからな。でも近寄らなければ、太陽に赤く輝いて綺麗だ。
奴が何をしたのかされたのかは、聞かなくても大体想像できる。魔獣の血も赤いんだねぇ……
今の私が下手に手を出すとヤシの木ごと吹き飛ばしそうなので、放置することにした。
エンファント島には二泊した。
セルカが早く帰りたがるので、私は渋々船を出す。
風魔法で慎重に沖へ出て、試しに水魔法のジェット水流で船を進めると、大変なことになった。
「姫様、幾らなんでもこれは早過ぎです!」
プリスカが悲鳴を上げる。
水魔法が強過ぎて、まるで制御できない。
「仕方ない、空を飛ぶか」
「えええええ、それは勘弁を!」
風魔法もいつになく絶好調で、船は軽く空に浮かぶ。だが乗り心地は最悪で、風切り音が雷のように轟く。飛行速度は、過去最速を記録した。
おかげで、あっという間に目的地のパーセル沖に到着した。
「ほら、セルカの望み通り急いで帰って来たぞ」
「姫様、早く帰りたいというのは、こんな酷い意味ではありませんよう」
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます