開花その84 穿孔



 この島の真の脅威は、実は魔法が使えない事ではないのかもしれない。


 一つは、島を取り巻く魔物の群れだ。

 群れなす海の魔物たちが島に近付く者を拒み、脱出者を葬り去る危険な罠となっている。


 もう一つは、時に海辺まで下りて来る雷雲の存在だ。

 この島に元々住んでいた魔物たちは、きっと魔法が使えなくなって滅んだのではないのだろう。


 魔物というのが魔力を持つ獣だと規定するならば、我が従者などは二人とも凶悪な魔物の範疇に入る。


 ええっ、私もか?

 まさかな。私は二人の従者に守られる、無力な子供だし。



 そしてその凶悪な魔物の二人がこうして今も島で生きているのだから、きっと魔物は魔力を使えなくなっただけでは死なないのだ。


 ではなぜ滅んだのかと言えば、島からの脱出を試みて海の魔物に襲われたか、あの雲に呑まれ雷に打たれて焼け焦げたかの、どちらかであろう。


 そう考えると、この島の中で暮らすのに一番重要なのは、予告なく海辺近くまで下りて来るあの雷雲をいかに躱すか、ということに尽きる。


 いざという時に海岸線の近くにいれば、ポチのように海に入れば助かるのだろう。

 ポチは賢い。


 カタツムリが海中で繁殖する以上、一緒にいれば雷に打たれる心配はない。


 だがうっかり山の方にいれば、慌てて山から下りる必要がある。

 雲とのダウンヒル競争に敗れれば、雷の直撃であっけなく排除されてしまうだろう。


 これはうっかり山には近付き過ぎるなよ、というカタツムリたちの無言の警告になっている。



「要するに、生き残りたければ無理して山には近付かないことだ」

 火口を取り巻く森に閉じ込められている私が言っても、今更だけどね。


「でもさ、運よくこの森から脱出できれば、もうこの島の危険は他にないよね。だからのんびり入江の生活を満喫しようじゃないか」


「はいはい、ここから戻れたら検討しましょうね」


「そうです。無事に入江に帰れたら、その話の続きをお願いします」


 うう、考えようによっては、この森だって結構な楽園だぞ。

 私が間違っているのか?



「今日の夕食は私が作ろう」


 山頂の森に閉じ込められた次の夜、私は従者二人を気遣ってそう言った。


「魔法が使えなくても大丈夫ですか?」

「ああ、この島に来てからは焚火にも慣れたし、何度も料理しているだろ」


 この島に来て以来、プリスカとセルカは頑張っている。

 私は基本的に遊んでいるだけだけど。


 時々食事を作るくらいは、何てことはない。



 さて、出来上がりだ。


「で、このいい匂いの白いスープは?」


「イワヤギの乳とチーズを使ったクラムチャウダー風だ」


「聞いたことのない料理ですね」


「原材料は国産カタツムリ(遺伝子組み換えでないとは思えないヤバい奴)、プリスカが森でむしって来たキノコ(たぶん食える)、入江の浜大根とエシャレット風ネギ(無農薬)。これは、いつものより数倍美味いと思うぞ(当社従来製品比)」


「相変わらず何を言っているのかわかりませんが、見た目と匂いはいいです」


「そもそもイワヤギの乳とかチーズとかは、どうやって入手したのですか?」


「それも、この島産だよ。第一キャンプ近くの岩場にいるすばしっこいヤギさんたちとお友達になってさ、乳を分けて貰えるようになったんだ」


 私が軽く自慢すると、プリスカが食いついた。

「お友達ですって?」


「いやほら、ポチと同じで私のお友達だから、凶暴な女には絶対近付くなと言っておいたから。あまり見かけなかったでしょ?」


「確かに、滅多に姿は見ませんでしたが、それってテイムじゃないですか!」


「おお。姫様、早くここのカタツムリたちともお友達になってくださいよ」


「あ、その手があったか! でもこれだけ食いまくってたら、カタツムリと仲良くなるのは難しいんじゃね?」


「で、本当にカタツムリはテイムできないのですか?」


「いや、だから向こうから積極的にアプローチしてくれないとさ、ちょっと難しいというか、どうしていいのかわからない」


「何ですか、その貴族のお嬢様みたいにお上品なスキルは。もっとこう強引に服従させるような技は無いのですか?」


「いや無理。私は本物の貴族のお嬢様なのだが、いけないか?」



 私たちは、刻んだカタツムリ入りの濃厚なクリームシチューを食べ始めた。


「そもそも何度も命が脅かされているこの島の、どこが楽園なのですか?」

「えっ、この島に来て以来、そんなヤバい事件があったかな?」


「「えええっ?」」

 こういう時には、二人の息がぴったりと合う。


「すみません、良く聞こえなかったのでもう一度お願いします」

 セルカは、特に納得がいかないようだ。


「だから、島に来てから死ぬような目になんて一度も遭ってないだろ?」


「まさか、姫様はそれが一度もないと本気でおっしゃるのですか?」


「うん、そうだよ、本気と書いてマジ」

「また意味不明なことを……」



 呆れてセルカが黙ったので、今度はプリスカが身を乗り出した。

「姫様は、入江でサメに食われかけましたよね?」


「でも勝ったよ」


「いや、あれは思うに、手足の五本や十本食われていてもおかしくないようなヤバい状況でしたが……」


「当店の手足がそれだけ豊富な在庫を抱えていたら、もう少しサメにもサービスしてあげられたのだけどね」


「で、では雷雲の中で雷に追われて逃げた時は……」


「ああ、あれはちょっとヤバかったね」


「そ、それだけですか?」

 プリスカも言葉を失った。



「普通の人は、それらを死にそうな目に遭った、と言うんです」

 セルカが幼子を諭すように言った。


「じゃ、プリスカが島から泳いで出た時も死にそうな目に遭ったの?」

「勿論、もうだめかと思いました」


「ええっ、だってちゃんとロープを引っ張ってあげたじゃないか」


「ロープが切れたり、引っ張るのがもう少し遅ければ、私は戻れませんでしたよ」


「そういう時はさ、自分自身が死ぬ方にセルカと賭けをしておけばいいんだよ。大抵外れるんだろ?」


「ああ、このちびっ子は色々とダメです」


「どうでもいいから、私は早く帰りたいですよう」


「ええっ、こんなに美しく平和な楽園の島なのに!」


「ですから、美しいけど平和じゃないという話をしているのです!」


「それはさ、無理に逃げ出そうとしたり、放っておけばいい謎にわざわざ首を突っ込んだりするからだよ」


「それはそうですが……」


「でも今の私たちは、全身がずっぽりとその謎に嵌まって抜けないんですよ~」

 二人は、泣きそうな表情を浮かべた。



「それは、この森から無理に出ようと思うから、そうなるの。もう少しこの森でのんびり遊んで行こうか、と思えばいいのよ」


「でも、我ら三人はこの森で朽ち果てるのではないですか?」


「あ、まさか姫様は千年も平気で生きるから大丈夫、とか思っていませんよねぇ。私たち二人の命は儚いですよぅ」


 おお、そんな長いスパンで物事を考えていたとは、セルカはなんかスゴイな。


「プリスカはさ、いつこの森を脱出できるかとか、二人で賭けでもすれば?」


「はい、それなら明日ですね」

「はい、私も当然明日ですよ」


「あのね、それは二人の願望でしょ?」


「切望?」

「熱望?」


「絶望だったりして……」

「「止めてください!」」



「しかし簡単に呪いとか言っていたけど、スキルによる呪いがあるとすると、どうやって解呪するんだ?」


「……」


「これだけ食っているので、今更お友達になれるとは思えないし」

 さっぱり分からんぞ。


 唯一考えられる脱出方法は、力任せに魔法を復活させることくらいか。



 この森はカタツムリの好む環境なのだろう、緑が多く湿った場所が多いのだが、私たちが飲み水を汲める場所がなかった。


 そこで次の日は森の低い場所へ移動して、雲の手前を中心に水を探して歩いた。

 いざとなれば、地面を掘るしかないだろう。


 この広い森はいつからあるのだろうか。これだけの植物が茂っているのだから、地下には必ず水がある。


 しかし僅か五十年程で、これだけの森ができるのだな。


 森の中をぐるぐると歩いていたら、窪地に湧き水を見つけた。

 ああ、良かった。


 ここを拠点にして、生き抜くぞ。



 枯れ木を集めて焚火をして、今夜もカタツムリを焼く。


 正直言って、この森は豊かに見えて、実は人が食用にできる物が少ない。


 幾らかの木の実やキノコ類、ネズミやリスのような獣と小鳥が多少いるだけだ。


 だからいくらでもいるカタツムリを、遠慮なく食べまくる。


 私はカタツムリを貪りつつ、体内に力を溜めている。

 敵が力業で私の魔法を封じようというのなら、こちらも力でそれに抗おう。


 どうにかして、再びこの不毛な魔法無効化結界に穴を穿つのだ。



 また朝が来る。

 私は芋の団子とカタツムリを煮て、雑煮のような汁を作った。


 プリスカが取って来た香りのよい青い葉っぱが、鍋に浮いている。


 沸騰する鍋の中で踊る芋団子が、汁の中を浮き沈みをするのを見ていて思った。


 周囲からの圧力を受け流し、この鍋のように対流させるのだ。


 全方向から押しつぶされるようにして、かき消された私の魔法。

 その圧力は、今も感じている。


 だが私の近くに存在するカタツムリからは、そんな力が感じられなかった。


 近くにいる奴らは、多かれ少なかれ私の影響下にあるのかもしれない。


 だから、私の魔法とスキルの影響が及びやすい範囲にいる個体を、あらゆる手段でこちらの味方にする、というのはどうだ?


 例えば、意志を交わそうとするテイムのスキル。

 強引に魔法を使用する、魔力操作系のスキル。

 そしてそれを後押しする、莫大な魔力。

 更には、消えて見えないが確実に近くにいる筈の守護精霊ルアンナの加護。



 一つ一つの力は儚いが、私の力になりそうなものを総動員して一気に押し返す、そんな機会を伺いつつ、私は集中力を高める。


 すると、森がざわついた。


 それは、樹上にいる森中のカタツムリがほんの僅かに身震いをしただけかもしれない。


 だがそのざわめきは明らかに私たちのいる窪地を中心にして、森中へ広がって行ったのだ。


「な、何ですか、この音は」

「森が揺れています」


「私の抵抗が、森のカタツムリ全体に広がったのさ」


「来るぞ、反動が」


「えっ」


 今度は逆に、森の反対側から私たちの野営地へ向けて、倍の速さで樹上の振動が押し寄せる。


「跳ね返すぞ!」


 私は物理的な振動を伴いながら押し寄せる力の波に対抗すべく、全ての力を周囲に集中させた。


 続いて起こる、衝撃音。


 腹の底から突き上げられるような振動が、足元から伝わる。


「まさか、火山の噴火ですか?」

 セルカの声も、震えている。確かに、地面まで揺れている。火山活動が始まったか。


 しかし、そんな事を考えている暇はない。



「もう一度来るぞ」

 より大きな音とざわめきが、私たちに向かってやって来る。


「今度こそ、穴を穿つ」

 その力を私は受け止め、上へと跳ね返す勢いで真空状態のようになった魔法無効化結界の中に自分の魔法結界を生み出して、ねじこむ。


「よし、穴を開けた」


「おお」

「魔法が戻りました」

(復活です)

「姫様、ただいま戻りました」

 私たち三人の魔法が戻ると共に、ルアンナとドゥンクも復活した。



「どうだ、前よりも結界が広がっていないか?」


「そうですね。これなら中に船が収まるかも……」


「こんなに早く、魔法が戻るとは」

 二人の希望より、一日遅かったけどな。


「さあ、早く帰りましょう」

「そうだな、長居は無用だ」



 慌てて朝食の雑煮を胃に収め、野営地を片付けると、私たちは結界に守られてそのまま逃げるように山を下った。



 終



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