開花その83 第二次アタック 後編



 私が強引に使う魔法に対して干渉する力が急激に高まり、魔法の発動が維持できなくなった。


 その時に私の感じた違和感、つまり異常なまでに上昇した圧力を持った何かが、きっとこの島の秘密なのだろう。


 それは魔法ではなく、恐らくスキルの力かそれに類するものだろう。しかもその力は私に向けて、全方位から押し潰す波のような圧力に感じられた。


 一方向からの攻撃ではないので、敵の居場所が掴めない。


 間違いなくそれが、普段から島を薄く覆っている魔法無効化結界の源流だ。プリスカがこの山頂部にこだわったのは、正しかったのだろう。



 しかしこの異常とも思える力の奔流は、魔法無効化結界の側としても、相当無理な能力を振り絞ったのではないかと思う。


 それは、私たち三人が島の脅威として認識されたことを意味している。


 ここから再び雷雲の中を通り抜けて山を下るには、魔法の結界が必要不可欠だ。

 私たちは、意図してここへおびき出され、閉じ込められただろうか。


 まんまと敵の罠にはまった形だが、逆に我らを排除するつもりであれば、この力を雷雲の只中で使えばよかったのだ。


 私には、その意図が読めない。ただの偶然だろうか?


 どちらにしても、いつまでも私がこのままでいると思うなよ。それに、こちらには暴力自慢の二人の従者がいる。



「とりあえず魔法が使えなくても、この森周辺には私たちの脅威となりそうな生き物はいないように見えたけど……」

 実際、この森には大きな生き物の気配や痕跡がまるでない。


「はい。この場所では、霧の中のような危険は特に感じませんでした。姫様があの赤い火口に飛び込もうとさえしなければ」

 プリちゃんの野生の危機察知能力も、この森はセーフだと告げている。


「火口を取り巻くこの森の中であれば、安全に過ごせそうだと思います。」

 ついでに、セルちゃんも。


「では火口に飛び込むのは諦めて、今日はここで野営をするしかないな」


「やはり姫様は、あの火口が怪しいと思っていますか?」


「ううん、別に。ただダメと言われるとやりたくなるだけ」


「姫様がいなければ、私たちもここから帰れないんですからね。飛び込みたければ、私たちを第二キャンプまで無事送り返してから一人で行ってください」


「だから、飛び込まないって!」



 元々私の結界は非常に不安定だったので、この事態を想定していなかったわけではない。


 一時的に回復した魔法の袋や収納魔法から、多くの実用品を取り出してある。

 ほとんどは船に置いてきたが、今回の遠征に持ってきた物もある。


 基本的に魔道具類は私の結界内でしか動作しないのであまり意味がないのだけれど、武具関係は魔法の強化なしでも役に立つ。


 携帯食料や調理用品もそのうちの一つ。

 食材や鍋などはポチが第二キャンプまで運び、そこからはプリスカとセルカが担いだ。


 これで、今夜は無数にいるカタツムリを焼いた、サザエのつぼ焼き風バーベキュー大会だ。


 残念ながら、醤油はないけどね。



 プリスカは、野営地周辺の巡回警備に出た。セルカが一人で食事の支度を始めている。


「またセルカは賭けに負けて、雑用を押し付けられたのか?」

「いえいえ、そう毎日賭けを振られるわけでもありません」


「そうなのか? セルカはプリちゃんの分まで雑用を引き受けて偉い奴だと思っていたけど、まさか悪魔プリちゃんの奸計にはまっていただけとはね……」


「ですから、何もかもが賭けの対象ではありませんから」

 まぁ、そうなのだろう。セルちゃんはよくやっているよ。


「しかし今回みたいに、たまには勝つんだろ?」


「先生は絶望的に賭けの才能がない人なので、悩みの種は上手に負けるのに苦労するところですね」


「そうか。あいつの機嫌が悪くなると色々怖いだろうしな。同情するよ」


「ですから、できれば今回もあのまま先生が勝っていれば良かったのですが……」

「なんだ、余計な事をしてゴメンね」


「いいえ、姫様のせいではありません。先生の博才の無さは絶望的ですので……」


「ところでセルちゃん、プリスカがいつ帰って来るか私と賭けをしないか?」

 さすが博才のあるセルカだ。この一言で顔から血の気が引いて、即座に後ろを振り向いた。


「せ、先生、お帰りなさい」


「で、何が絶望的だって?」


「ひーっ!」


 セルちゃんも絶望的に運がない。どっちもどっちだ。



 何事もなく一夜が明け、森には小鳥や虫の声が時折響いている。

 静かな朝だ。


 火口と森だけが雲の上に出ていて、見事な青空が広がっている。森を通り抜ける風が肌に涼しい。


 だがこのリング状の楽園は、妙に静かすぎる。


「例えばあの溶岩を湛える真っ赤な火口が、久しぶりの生贄を呑み込むのを楽しみに待っているような静けさ、とでも言おうか」


「姫様、朝から縁起の悪い事を言わないでください」


「そうですよ、爽やかな朝ではないですか」


「で、プリちゃん、今日はどうするんだ?」


「どうするもこうするも、姫様の魔法が戻るまでは行ける範囲を調べて歩くしかないですね」



 ということで、軽い朝食を食べてから三人で火口を一周し、その後は森の中をうろうろ歩いた。


「特に何も不審な物はありませんね」

「平和な森だな」

「カタツムリが多すぎますよ」


「うん、食い放題にもほどがある」


「ここは、カタツムリの森なのでしょうか?」


「確かに、カタツムリを守るためだけにある森に見えるな」


「私の住んでいたパーセルにも、ここの入江にいるような小さいのがいました。年に一度夏の雨期に入った大潮の日に、山から産卵のため海まで降りて来るのです」


「この間雷雲が海辺まで降りて来たのも、そのためなのかな?」

「はい、恐らく」

「でも、大潮の日ではなかった」


「ポチが言っていたじゃないか。時々雲が海辺まで降りて来ると。この島では年に何度もそれがあるのだろう」


「まさか、このカタツムリがこの島の本当のヌシなのでしょうか?」


「……そう考えると、色々と説明がつくよな。あまり考えたくはないけど」


「本気ですか。この美味しいカタツムリが島のヌシという事は、つまりこの島の魔法無効化結界も……」


「そう。考えたくはないのだけれど、この大量のカタツムリが見せる浮世の夢なのかもしれない」


「それは、ひどい悪夢です……」


「そうとも言えないぞ。魔物がいない平和な島じゃないか」


「うーん……」



 やはり二人には、魔法無効化の壁は大問題なのだろう。勿論私にとっても大きな問題ではあるが、その利点も大きい。


 何しろ私たちのような異物が入り込まない限り、ここは極めて争いの少ない楽園なのだ。


 それにもう一つ、未解決の大きな問題が残っている。


 今のところ私が作る結界の大きさは、船よりも小さい。

 試してみたが、結界内に収まらないものは魔法の収納に入らなかった。つまり島を脱出するには、結界に入りきらない船に乗り、無理矢理に出航せねばならない。


 それがどういう結果になるのか、未知の世界だ。


 プリスカが一人で泳ぎ入江を出て、島の魔法無効化結界の外まで行った時には、魔法が戻らず魔物の群れに襲われた。


 これって、スキルというか、ある種の呪いだったりして……


 このまま私たちが船に乗り結界の範囲から出たら、どうなるのだろうか。


 私たちが普通に魔法が使えるようになるのは、いつどのタイミングなのだろう?


 この呪いが解けなかったら、どうしよう。

 ああ、わからない。



 だから私としては、もう少し時間を貰い、船全体を包み込むほどの安定した魔法結界を作れるようになってから出航したい。


 だって、危険を冒してまでこの島を出る理由がないんだよね。ルアンナやドゥンクには悪いけどさ。


 それに、島を出るということは、ポチとの別れを意味するんだ。



「姫様の魔法が回復して、この森を魔法で焼き尽くせば島の結界が消えるのではありませんか?」


「おい、物騒な事を考えるな」


「下手をすると、一生この呪いが解けなくなるかもしれないぞ」


「呪いですって?」

「まさか!」


「その可能性がないと言い切れるか?」


「いえ、もう私たちは充分に沢山のカタツムリを食べてしまいました。既に遅いのかもしれません!」

 プリスカが、何だか情けない顔をしている。


「仕方ないよ。だって、美味しいんだもの」

「そうですね。美味しい物には勝てません」


「何を言っているんだ、セルカまで。正気か?」


「先生だって、いっぱい食べたじゃないですか。一緒に呪われています」


「そうだよ、きっとこの森でくたばれば、カタツムリが骨まで食べ尽くしてくれるぞ」


「勘弁してください!」

 プリスカが怯えるのが面白くて、止められない。



 冷静に考えてみよう。


「この島の魔法無効化結界を維持している存在が、周囲を埋め尽くす大きなカタツムリの集団であるとしよう。確かに集中すれば、膨大な数のカタツムリが集団で紡ぎ出す意志のようなものさえ感じるぞ」


「本当ですか?」


「姫様はまた、いい加減なことを言って……」


「信じなくてもいいが、ポチに似たような、確かに何らかの意志を感じる。例えばこのカタツムリは年に何度か、繁殖のために海まで下る必要があるらしい。何しろこの大集団を維持するには、大規模な繁殖行動が不可欠だろうからな」


「年に何度も、ですか」


「いや、普通に暮らしていた時には、それは年に一度だったのかもしれない。魔物が住む島であった頃にはカタツムリなど日陰の存在で、あらゆる獣たちの良い餌となっていたのだろうな」


「それなら大陸にいる奴と同じです」


「そうだ、きっと近い種属なのだろう。そしてある日ある時、島でカタツムリの反乱が起きた。それが、およそ五十年ほど前だと考えられる」



 それは何か天候や自然災害に起因するカタツムリの異常発生とか大繁殖がトリガーだったのかもしれない。


 一番考えられそうなのは、溶岩を湛えたこの火口だ。


 例えば火山の活性化による天候の変化がカタツムリの大発生を招き、そして遂には魔法無効化の能力を集団で大規模に発揮できるようになった。


 カタツムリという固有種の生存本能がスキルとなり、結果として島の結界を生んだ。

 この火山は、以前からあったのだろうか?


 今では、年に何度か山を降りて海で卵を産むようになったのだろう。


 カタツムリを守るように湿った雲が海の近くまで下がって行き、邪魔者は雷により排除する。


 だから魔法無効化とこの雷雲と合わせたものが、カタツムリの能力なのだろう。


 海の近くにいるのはカタツムリの幼体で、恐らく海で卵から育ち、ある程度成長して自力で山へ登れるようになるまでは、海岸近くで過ごすのだろう。


 そして今、私が力業で抵抗して魔法無効化結界に穴を穿ったのに気付いたカタツムリたちは、力ずくで私の結界を潰した。


 統一された意思による、集団スキルのようなものか。

 実質的な島のヌシはポチではなく、このカタツムリたちであったらしいな。


 これが、私の推論だ。



「あの、やっぱり呪いの可能性も残っています?」

「ああ、当然だろ」


「ぎゃぁー」

 プリスカは叫んで頭を抱える。


「それならもう、今夜はもっともっとカタツムリを食べてやりましょう」

 セルカは意外とタフだ。


 しかし、雑な推測だけで何も解決していないんだよ。こんなの検証できるのか?


 美味しくいただいているカタツムリさんたちと、仲良くお話ができるとは思えないし。


 やっぱりこれは、何かの呪いなのか?



 終



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