開花その78 ヌシとの遭遇 後編



 どうやらトカゲにひと舐めされた私は、美味そうとは思えなかったらしい。


 私が言い聞かせた言葉が理解されたのかは知らんが、その後私が射た獲物を口でキャッチすると、本当にフリスビードッグのように咥えて持って来るようになった。


 私はその矢を抜いて、獲物をトカゲに与える。


 ルアンナが憑依しているのではと疑ったが、そうではないらしい。


 鳥とウサギを合わせて十羽ほど与えると、トカゲは満足したのかどこかへ去った。暑い時間なので、活動の限界だったのかもしれない。


 その後私は夕食のおかずに鳥を一羽仕留めて、第一キャンプへ戻った。


 さすがに、このオオトカゲの件はプリセルの二人には言えなかった。どんな話し方をしても、容易に信じてはもらえまい。



 プリスカは険しい岩場に手を焼きながらも、安全に私が登れそうなルートを探している。


 セルカも岩場の上部を探索しながら、キャンプ地の安全を確認している。


 そして私は、犬のようなトカゲと日々戯れていた。

 オオトカゲはますます私に懐いて、草原へ降りてポチ、と名を呼ぶと走って迎えに来る。


 何だこりゃ。


 魔物の住まぬこの島なので、ただひたすら大きなトカゲであるらしいが、ただのトカゲではないよなぁ。



 魚類や爬虫類は、環境さえ整えばその成長を止めることがないと言われる。というか、私の前世ではそうだった。


 川のヌシやら沼のヌシなどと言われるのは、そうして際限なく長生きして成長を遂げた魚の事であるらしい。


 魔物が滅びたこの島でも、その後数十年を生き延びた爬虫類のヌシがいるということなのだろう、と私は理解した。無理矢理にだけど。


 このオオトカゲ、私が入江で闘ったサメに近い大きさである。通常のオオトカゲの軽く三倍はある巨体だ。そりゃ腹も減るだろう。


 体型も変化している。一般的なこの種のトカゲは物陰に潜み、近くへ寄って来た獲物を大きな顎で捕らえる。瞬発力勝負の狩りである。


 しかしこの個体は、巨体が宙に舞うほどの跳躍力を誇り、静かに草原を走る事もできる。その分、脚の筋肉が異常に発達している。


 特に、後ろ脚だ。


 それにより、二足歩行に近い形態で跳躍できる。これってまるで、恐竜なのだ。ひょっとすると、ドラゴンへ進化する過程なのかもしれない。



 ポチの他にはこんな奴を見ないので、特異な成長を遂げた異常固体なのだろう。魔法の喪失で天敵の魔物が消え、その中で島の生態系の頂点に立ち、ヌシとなったのではないか。私はそう想像した。


 だとすれば、きっとこの個体の成長過程で選択した手段が、他のトカゲと違う何か特別なスキルを生み出したのではなかろうか。


 それを磨いてスキルアップを果たし、魔法の使えぬこの島で特別なステータスの上昇に至った。


 結果、巨体にもかかわらず素早く長い時間行動可能な能力を獲得し、この個体は島で無敵の攻撃力を持つ化け物へと成長する。


 巨大な頭と強力な顎を持ち、持久力と機動力をも備えたスーパーオオトカゲへと変貌を遂げたのだ。


 それはまるで、私が前世で知る太古の恐竜か、映画館のスクリーン上で無双する怪獣のようでもあった。


 いや、そこまで巨大ではないけどね。


 唯一絶対の存在である島のヌシとの死闘が始まらなくて、本当によかったよ。



 山の中腹にあるこの広い草原地帯が、ポチの生活圏の中心だ。


 私が草原で狩りを始めると、ポチが寄って来て得物をねだる。最初の頃のように、獲物を強奪することはなくなった。


 ポチは草原に潜む獲物を私のいる方向へ追い込む役目を果たし、私が自分用の獲物を確保するのにも協力的だ。


 猟犬ならぬ、猟トカゲであった。


 そんなこんなで、ポチは本当に私の愛犬になってしまったようだ。

 本来暑い昼間は日陰で寝ている時間なのに、私の気配を感じると寄って来る可愛い奴だ。


 ただ、このままだといつかプリスカに発見されて、首を斬り飛ばされかねない。

 一度プリセルの二人にも、正式に紹介しておかねばと思っていた。



 私も、毎日狩りばかりしているわけではない。


 最近のポチは、小川近くの木陰で眠っていることが多い。


 この小川には魚やカエルなどの餌も多く、水は冷たく気持ちが良い。


 そして昼寝をしているポチの背中に登るとひんやりとして気持ちがよく、私もそこで昼寝をするようになった。


 昼寝をしているポチの体は本当にだらしなく弛緩して、ウォーターベッドのような心地良さである。


 もしかすると、ポチには私の体が暑苦しいのかもしれないけどね。


 でもそんな事を気にする素振りもなく、ポチはぐったりと眠っている。この警戒心の無さこそが、島の生態系の頂点を極めた者の余裕なのだろうか。


 ポチは、プリスカという凶悪な獣をまだ知らない。


 その日は、ポチと一緒にキャンプ地へ戻った。



 プリスカはまだ探索から戻らず、セルカは日向に干していた食器類を岩穴の奥へ運んでいた。


 その背中に、私は声をかける。


「ただいまー。今日もウサギを狩って来たヨ」


「はい、お帰りなさいー……」


 振り向いたセルカが凍り付いた。


 私は、ポチの頭の上に座っている。


 普通サイズのオオトカゲでさえ、私の身長を優に超える。ポチの場合は体長が三倍で、しかもその体重を支える足腰の筋肉や巨大な顎を支える首から背中の筋肉などのボリューム感が盛り盛りで、圧倒的な存在感がある。


 その頭に乗る小さな私よりも、ポチの方に目が行くのは当然だ。


 一瞬固まったセルカは、素早く近くにあった剣を手にして身構える。


「ははは、大丈夫だよ。落ち着け、セルカ」

 セルカの殺気に、ポチの筋肉から緊張が伝わる。


「ポチも、落ち着いて。あのお姉さんは人斬りじゃない方だからね。それに、食べても美味しくないよ、きっと」


 そう言いながら、ポチの背中を何度か軽く叩いた。


 セルカが剣を下ろすと、ポチの緊張も緩んだ。


「な、何ですか、その怪物は?」

「うん、お友達」


「と、友達ですか?」

 セルカが、ポカンと口を開けてポチを見ている。その距離ほんの数メートル。


 私がポチの頭を撫でると、ポチが頭を下げた。そこから滑るように私はポチの前に降りて、ポチに寄りかかる。


 ポチは鼻先を私の背中に当てながら、長い舌を出して私の体に絡みつけた。



「危険はないのですか?」


「うん。すっかり私に懐いてるから、大丈夫だよ」


「そうですか。まさかこれほどの怪物が島にいたとは……」


「今は満腹だし、眠いんじゃないかな?」


 確かに、ここまで歩いて来る間も暑くて辛そうではあった。私は楽だったけど。

「ポチ、奥の涼しいところで寝ていていいよ」


「……」


 黙ってその通りにゆっくり歩いて行ったポチは、岩棚の一番奥まで行くといつものウォーターベッド状態になって目を閉じた。


「どうしてこんな事に……?」


 セルカは呆然と立ったまま、キャンプ地の奥で眠り込むオオトカゲを見ていた。


「面倒だから、プリスカが帰ってきたら説明するよ」



 そうして夕飯の支度をしていると、プリスカが戻って来た。


「こ、これは……」


 さすがのプリスカも、この光景には絶句する。


 それから私は、事の次第を二人に話した。


「このだらしない寝姿は、確かに見覚えがあります」

 実は、プリスカはポチの存在を知っていた。


 野営地を探して初めて下の草原に来た時に、ポチは初見でプリスカに切り捨てられそうになったらしい。


 だが、昼間に岩陰で舌を出して眠っているだらしのない姿を見て、ただ姿形が大きいだけの怠け者的存在として無害判定された。お陰で、命拾いをしている。


 プリスカに敵意を向けなかったのは、たぶん満腹で暑くて動けなかっただけで、そういった幸運度の高さも長生きの一因なのだろう。


「寝ているのを起こすわけにはいかないな」

 プリスカも、渋々この状況を認めざるを得ない。


「はい。下手に起こして暴れたら大変ですからね」


 セルカはプリスカに合わせただけなのだろうが、それは間違っている。


「大丈夫だよ、ポチはとても穏やかな性格だから、プリスカみたいに寝起きで機嫌が悪かったりしないよ」


「姫様、まさか従魔にしたのではないでしょうね?」

「違うよ。ポチは魔物じゃないから、使い魔にはできない」


「うーむ。それにしては、異常過ぎる……」

 腕を組んでプリスカは考え込むが、セルカはもう考えることを放棄している。


「しっかり見張っていろと言ったじゃないか。姫様を放置するからこうなるのだ。サメの次はトカゲか!」


「そ、そうですね。私がもっとしっかり見張っていれば……」


 何か納得がいかないが、ポチが認めてもらえるのならまぁいいか。



「少し相談があります」


 その夜、プリスカが焚火の前で真面目な声を上げた。


 ちなみに、ポチはあれからずっと奥で寝ている。


「ここを拠点に頂上を目指していましたが、岩場の踏破に手間取っています」


 前世の私であれば、大喜びのところである。しかし、今のこの体ではプリスカの言う通り、無理はできない。


「そこで、この上に次の野営地を探しております。近いうちに、三人で上の野営地へ移動したいのですが、いかがでしょう」


「私も途中まで上がりましたが、確かにここから一日で頂上へ行くのは難しそうだと思いました」


「二人がそう言うのなら、いいよ。第二キャンプの設営に向けて、準備をしよう。移動にはたぶん、ポチも協力してくれると思うし」


 そうか。ついにC2の設営か。どのくらいの荷物を運べるのだろうか。


「あのトカゲには、そこまで姫様の意志が伝わるのですか?」

「うん、マブダチだからね」


「意味がよく分かりませんが……」


「大丈夫だよ。プリスカは無理せずゆっくりと次の野営地を探して」


「はい。では明日からそのつもりで動きます」



 翌朝、目覚めたポチがプリスカの気配に怯えて、逃げようとした。


「どういうことですか、これは?」


「いや、あんたの体に染みついた血の匂いがきっと……」


「そんなもの、染みついてはいません」


「いや、これは例えだからさ……」


「先生の殺気が怖すぎたんですよ、きっと」


「ふん、でかいくせにだらしのない奴だ」


「怒ってもいいから、ポチを斬らないでね」


「斬りませんよ!」



 そらから数日して、第二キャンプの候補地をプリスカが見つけて来た。

 そこは、山上に常にかかる雲の手前らしい。


 私たちは手分けをして、次の野営地へ移動する支度を始めた。


 岩場で保存食の干し肉をかなり作っていたので、水さえあれば何とかなりそうだった。


 私はポチの背に乗ってC2まで行くつもりなので、気楽なものだ。


「その大食いを上まで連れて行っても、餌があるかどうか……」


「大丈夫だよ。この子は一週間や十日食べなくても平気らしいから」


「どうしてそんなことがわかるのですか?」


「え、だって本人がそう言ってるし」


「本人?」


「あと、プリスカを非常食にするって」


「逆ですよ。私たちの非常食にしていいのなら、そのトカゲを連れて行きましょう」


 それを聞いたポチが、プリスカに向かって大きな口を開いた。野生動物には、敵意が伝わり易いのだ。


「大丈夫だよ、ポチ。非常食はもう一人のおとなしい方にしようね」


 ポチが嬉しそうに、セルカの方を向いた。


「わ、私もダメですよぅ!」



 終




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