開花その78 ヌシとの遭遇 前編



 ルアンナの気配が僅かに感じられるようになったが、特にそれ以上の進展はない。ただこれは、私の精霊を感知する能力が強くなっていることを意味すると思っている。


 これをもっと強化できればルアンナと交信し、場合によっては使い魔を召喚できるかもしれない。


 そうなれば魔法が使えなくとも、かなり状況が好転するだろう。だといいな。


「その笑顔、姫様はまたロクでもないことをお考えでは?」


「未来に希望を持つことは大事だよ」

 相変わらずプリスカの奴は、私のスキル成長への期待に懐疑的だ。


「そちらは、私にお任せください」

 そういうプリスカの声には、思ったよりも力がなかった。



 連日単独で行っているルート開拓により、目に見えてプリスカの疲労が溜まっているのがわかる。


 こいつも人間だったのだな。


「無理しないで、たまには休めよ」

「そうですよ。明日は私が代わります」

「いや大丈夫。ルート工作は順調に進んでいますので」


「先生、そんなこと言わず私にも協力させてください」

「それには及ばん。セルカには姫様の護衛という重要な仕事がある」

 護衛というか、監視だよな。


「無理だぞ、セルカ。こいつが一人で好きなだけ殺戮を続けられる機会を手放すと思うか」


「姫様は、私を何だと思っているのですか?」

「あれ、間違ってないよね?」


「決して殺戮ではありません。危険な生物の排除という重要任務です」

「なら、その排除をセルカにも任せればいいのに?」


「いえ、それは私が責任をもって……」

「ほら、セルカ。諦めろ」


「ですから、そういる意味では……」

「だから、そういう意味なんだろ?」


「うう……」

「先生、大丈夫ですか?」

「ほら、こんな話をするから早く血が見たいと興奮する」


「だから、血がいます!」


「先生、混乱してますよ」

 一人で血を見せておいた方が、安心なのかも知らんぞ。



 そんな日から程なく、夕食の席でプリスカが明るい顔で報告した。


「姫様、山の中腹に良い野営地を見つけました。三人でそこへ移動し、前進基地として上を目指しましょう」


「わぁ、もしかして三人でお引越し?」


「山頂探索のための基地として利用する、一時的な野営地です」


 さすがに、プリスカも毎日往復するのに疲れたのだろう。


 三人で話し合って、一人で野営をしながら先へ進むのは危険なので止めよう、という合意の下で始めた計画だ。


 こうして前進基地を作りながら山の頂上を目指すやり方は、極地法という登山方法に近い。


 今いる入江をベースキャンプ(BC)とすると、次に設営するのが第一キャンプ(C1)と呼ぶことになる。


「それなら、二・三日かけて休養を取りながら、しっかりと移動の支度をしよう」


 これで、プリスカも少しは落ち着いてくれるといいのだが。



 C1までの道は人ひとりが余裕で歩けるように、丁寧に切り開かれていた。


「二人で頑張りました」

「いえ、ほぼ先生が一人でやりましたが……」


「うん、二人ともご苦労様でした」


 準備した大荷物を二人が担いでやって来たのは、ジャングルを抜けた明るい樹林帯にある岩場であった。


 岩が庇のようにオーバーハングした広い岩棚で、奥へ入れば日陰で涼しく、風雨からも守られそうだ。


 ここはまだ雲の下で、空は青く見晴らしも良い。


 私たちのいた入江はここからでは見えないが、望遠鏡で覗くと続く海岸線の一部が見渡せた。


 ちなみに焚火の火起こしなのだが、レンズなど使わなくともバカ力の二人は石とナイフで軽く火花を散らし、乾いたヤシの繊維に簡単に火を着けていた。


 こういうところが、冒険者なんだろうなぁ。


 まあ二人が私の造った剣で稽古をしていると、ものスゴイ火花が散りまくるし。


 あの剣には自動修復機能でも付加されているのだろうか。そんな機能を付けた覚えはないけどね。



 岩棚に運んだ荷を降ろして第一キャンプを設営すると、翌日からプリスカは一人で先へ向かった。


 私はまた、セルカと留守番しながら槍のお稽古だ。


 私たちは、日中稽古以外にもキャンプの近くで食料と水の確保に勤める。


 付近の森には果実や芋もあるし、草原には小川も流れている。

 弓矢で狩りをするのも、楽しみの一つだ。


「本当に姫様の弓は凄いですね」


「じゃ、今度は弓対剣で稽古をしよう」

「いいですね」


 しかし、私の弓ごときに怯むセルカではなかった。殺す気で弓を射らないと、当たる気がしない。


 回復魔法も使えないこんな場所で、そこまでやる気はないよ。

 これを、負け犬の遠吠えと言うのだろう。けっ。



 日が暮れる前に、プリスカが帰って来る。


「野営地に異常はなかったか?」

「はい、大丈夫です。どうですか、この先は?」


「なかなか険しいな」

「無理をしないでください」


「夕飯は期待してくれ。下の草原には鳥や獣が多いぞ」


 私はセルカと共に東側に広がる草原まで下りて、狩りをしていた。大型のネズミのような姿で跳び跳ねるウサギの仲間や、飛ぶのが苦手そうな太った鳥が数多く潜んでいる。


 絶好の狩場だ。野営地にも近く、島の西海岸へ至る明るい斜面で、小さな川も流れていた。海岸線まで下っても岩場の多い断崖で、簡単に海へ入れるわけではない。しかし入江からのルートよりは幾らか歩き易そうだ。


 弓を持ったまま草原を駆けると、驚いた鳥やウサギが跳び上がる。

 そこをすかさず、弓矢で仕留めるのだ。


「明日はもう少しあの草原を中心に、獲物を追ってみたいな」


「ああ、あの辺りであれば姫様に危険は無いでしょう」


「え、じゃあ一人で行ってもいいの?」


「そうですね。小川を越えなければ……」


「やったー」



 という具合に自称保護者の許可も得たので、翌日の午後はセルカが野営地周辺の整理をしている間、私は一人で狩りに出た。


 嬉しくて草原を戯れるように走ると、驚いた生き物が逃げる。


 そうやって暫らく周囲を騒がせた後、私はそれより先には行くなと言われている小川の際までやって来た。


 川の向こう側へ逃げられると困るので、ここから山側へ獲物を追って狩りをする算段だ。


 私は小川の畔に腰を下ろして周囲を落ち着くのを待ち、草原の左寄りをゆっくりと歩き始めた。


 先ず初めに、前方でウサギがジャンプするのが見えた。遠くへ逃げるというよりも、驚いて垂直に跳び上がるような大ジャンプだ。


 私はすぐに矢を放ち、それを空中で仕留めた。


 矢に貫かれたウサギが力を失い地面に落ちるところを、横から飛びついた巨大な何かが咥えて草の中へ隠れた。


 私の獲物は、見事に略奪されてしまった。

「なんか、でっかいのがいるぞぉ?」



 私は周囲に気を配りつつ、更に数歩進んだ。


 今度は七面鳥に似た大きな鳥が飛び立つ。私は反射的に、再び矢を射た。


 今度も命中し、首の付け根に矢が刺さったまま鳥は落ちる。


 だが同じように草をかき分けて現れた大きな口が、その鳥を咥えてそのまま草の中へ消えてしまった。


 今度はしっかりと見た。私の獲物を横取りしているのは、かなりの大きさのオオトカゲである。


 あの大きさの肉食爬虫類というのは、さすがにちょっと恐ろしい。



 ジャングルを抜け岩場に至る緩衝地帯に広がるこの草原は、その三つの生活環境を跨いで得物を追える、優れた狩り場であった。


 そもそもこの島の日中は気温が高く、変温動物の爬虫類には少々暑すぎる。


 島一周の探索をした時にも、樹上や岩場の日陰でぐったりと休むオオトカゲをよく見かけた。


 かといって野営中の夜間に襲われるようなこともなく、涼しい朝夕にだけ行動しているようだった。


 基本的には昼間も夜間も寝ているのだから、実に羨ましい。


 それが、今のようなまだ日の高いうちから元気に活動しているのは、嫌な感じがする。



 この島の肉食オオトカゲは、二種類見かけている。

 どちらも尾の先まで入れると、1.5メートルくらいまでの体長である。


 一種はスリムで尾が長く素早い動きが特徴で、木登りが上手い。よく集団で木の上にいて、昼寝をしている。


 もう一種は頭が大きく尾は短めで、待ち伏せをして巨大な顎の瞬発力で獲物を捕らえる分、体全体はずんぐりとして動きが鈍そうだ。こいつらは、単独行動が多い。


 今この草原に潜み私の獲物を横取りした奴は、その顎の大きさからみて後者のトカゲのようだ。つまり不用意に接近しなければ、襲われる心配はなさそうだ。



 私は少し右にルートを変え、草原の中央を目指して歩き始める。


 前方近くで再びウサギが跳ねたので、弓矢で仕留めた。今度こそ獲物を手に入れたと思った瞬間、どこからともなく現れたトカゲがジャンプをして、空中でウサギをキャッチしてそのまま草むらへ消えた。


 これでは獲物は獲れぬし、矢も無駄になるだけだ。


 それに、空中へ飛び上がったトカゲは小型の恐竜のごとき巨体である。しかも、重い体に似合わぬ運動能力を秘めていた。あんなのに襲われたら、逃げ切れんぞ。


 だが、先ほどから見るそのトカゲの動きには、どこか既視感があった。


 それを確認したくて、私はもう一度草原をうろついた。



 次に前方遠くから飛び立った鳥が、私に向かって飛んで来る。


 私の姿に慌てて空中で進路を変えようとしたところを、矢で落とした。飛ぶ鳥の勢いのまま、こちらに向けて落ちて来る。


 嫌な予感がして周囲を伺うと、やはり私の後方から草がガサガサと動き、宙へ飛び上がるような勢いでトカゲの顎が鳥をバクンと咥えて、思っていたより静かに着地して前方へ消えた。


 私はこの時点でやっと、既視感の正体を知った。


 これは、フリスビードッグである。


 飼い主が投げたフリスビーを空中でキャッチして持ち帰る、あの犬である。


 まあ、このフリスビートカゲは鹿せんべいのごとくそれを食べてしまうのだけれど。



 暇潰しの遊びと考えると、楽しい気もする。何よりも、こうして餌を与えているうちは私を襲うことは無かろう。


 トカゲといえども、餌付けをしてしまえば懐くのではないか。というより、既に充分懐いているような気もする。


 そうして草の中を歩いていると、目の前の草むらが揺れて、そのトカゲの巨体が姿を現した。


「うわっ!」


 びっくりさせるなよ。次は私を食うつもりか?


 しかし、オオトカゲの様子が変だ。


 頭を低く下げ、口を大きく開いてじっと動かない。あくびの途中で固まったような格好だ。


 お陰で、口の中が丸見えだ。


「ああ、これが原因か」


 トカゲの上顎に、私の造った矢が半分折れたまま二本刺さっている。


「そのまま食うからだ。痛いのか?」


 どうも、矢を抜いてほしいと涙目になって震えている印象である。本当に痛そうなので、可愛そうになった。


「仕方ないな。私を食うなよ」


 私の言葉に、トカゲが大きく頷いたような気がした。さすがに気のせいだと思うが。



 私は自分がすっぽり入るような大きな口の中に入り、上顎の奥に刺さっている矢を二本引き抜いてから、外に出た。


 食われなかったな。


「今度からは私が矢を抜くまでは、呑み込むなよ」


 褐色のオオトカゲは巨大な口を閉じ、返事の代わりに青く太い舌を出して私の顔をぺろりと舐めた。


 まさか、味見じゃないよな?



 後編へ続く



  

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