開花その77 スキル「精霊」
私が精霊を感知し話すことができる能力も、魔法の力ではなかったようだ。
突然ルアンナの呟きが聞こえて、私はそれを悟った。
「私よ、ワタシ……」
という言葉が微かに続いたような気がしたが、特殊詐欺案件かと疑っているうちに消えた。
聞こえたのはあの時の一度きりで、その後は何もない。空耳だったか、詐欺であったのか。ノーモア詐欺被害。私だけは騙されない。
そもそもこの島では、自分の魔力以外は何も感じていない。
私にはプリセル二人の魔力も感じないので、この空間自体が何か魔力を遮断するような力があるのだろう。
だが、それだけならば体内の魔力を循環させて身体強化には使えてもいいじゃないか。
けれど、それすら不可能なので、同時に魔力を魔法へ転換する能力自体も阻害されているのだ。
朝食の席で私が珍しく深刻な顔をしていると、プリスカが口を開いた。
「この島の異常の原因はともかく、私たちがここにいるのは姫様のトラブル誘引スキルが原因では?」
また嫌なことを言う。
「でもさ、私のは際どく切り抜けるラッキー悪運スキルとセットなんだよね」
「そもそも悪運が強いだけの悪運スキルでしょう」
どうしても私のせいにしたいらしいので、反論する。
「いや、わからんぞ。トラブル誘引は、お前たち二人のスキルなのかも」
「ま、まさか……」
「で、私が巻き込まれスキルとか?」
「そんな……」
「姫様は間違いなく巻き込みスキルだし、私たちはきっと巻き込まれスキルですよ。つまり、二つの強力合体技とか……?」
「おいちょっと待て。おかしいだろ、そのだし巻き玉子は。巻き込まれているのは、私の方じゃないのか?」
「「違います!」」
「姫様。一つ忠告しておきますが、まさかこのままスキルの進化で島から脱出、とか甘い夢を見ていないでしょうね?」
「へっ、ダメなの?」
「当たり前です! スキルの本質が何かはわかりませんが、姫様の魔法制御が一向に上達しないことをよく思い出してみてください」
「いやでも、私的にはかなり成長したと思うんだけど……」
「それは、高位精霊のルアンナ様のおかげでしょう」
こいつら一般市民は、ルアンナの絶望的なポンコツ具合を知らないのか?
「そうですよ、今は魔法と精霊の加護を失った姫様ですよ」
「つまり魔法と同じで、スキルの制御能力にも問題があると?」
「元々持っていた弓スキルは別として、槍スキル(仮)についてはまだまだ不明な点が多すぎます」
「確かに、プリスカの造ってくれた槍を振り回しているとソコソコ使えるけど、あくまで子供にしては、の範囲だよね。これで魔物と闘おうとは思わないし」
「そうです。悪運スキルで生き残っているだけですから」
「お前らの不運スキルに巻き込まれたんだよ、きっと」
「それも絶対に違います!」
「不運スキルなんかじゃありません! あと、だし巻き玉子って何ですか?」
クソ、二人揃って私のせいにして。あと、だし巻き玉子という料理はこの国にはない。
その後、魔法が使えなくなった理由を一人で考えてみた。
このように魔法を打ち消す技術や能力は、世に知られていない。
同じ魔法や対抗する属性の魔法をぶつけて打ち消すカウンター魔法という技術はあるが、完全に相殺するものではないし、魔法の発動自体を妨害するのではない。
島の中でも、私の体内には変わらずに魔力を感じている。ただ、プリスカとセルカの魔力は感じ取れない。
恐らく、魔力はその体内に封じられたまま活用されていないのだろう。
私の中にある魔力は変わらないようなので、魔力が何かに吸い取られて無くなっているのでもない。
魔法自体が打ち消されているというよりは、魔力を魔法へ変換する部分で蓋をされているような感じ。きっと何かによって阻害されているのだろう。
充分に充電された電池があり、恐らくはモーターにも車体にも異常がない。
ただその間の回路に異常があり、電気的に遮断されているような感じだ。
体内の魔力循環もできないというか、循環するだけで何も起きない。
イメージの具現化の工程のどこかが阻害されている。私の苦手な魔力操作、という部分なのだろうか。
その遮断だか阻害だかが、電源全てに影響しているのか、制御系だけなのか。
どちらにせよこんな奇抜な現象が、自然に発生したとは思えない。
精霊も消えたのではなく、私が精霊を感知できないだけかもしれない。
だとすると、精霊自身も他の存在を知ることができずに孤立しているのではないか?
ひょっとすると、目的は精霊が世界に干渉することを妨害することであり、魔法が使えなくなっているのは副次的な効果に過ぎないのか。
おお、我ながら鋭い分析。何だか真実に一歩近付いたような、遠ざかったような。どっちだよ。
この島の周囲だけに及ぶ、魔法行使不可能領域。もしくは精霊不活性化領域?
その秘密は、魔法無効化範囲の形状からして、丸い島の中心付近にあるのではないか。恐らくプリスカが目指している、島の中心部に。
ではいったい誰が、何の目的で?
こんな事がそもそも可能だとは、一般には知られていない。
そりゃそうだ。こんな技術が世に広まれば、魔法中心のこの世界はパニックに陥るだろう。
だからこそ、真っ当な方法でこんな事が可能とは思えないんだよなぁ。
師匠がいれば、或いは何か気付いたかもしれない。
だが、この島にいる三人では、圧倒的に魔法に関する知識が足りていない。
ただ、何か古代魔獣を封印した時代の邪な禁術のようなものの一部ではないかと推測するのみだ。それにしては、この島がこうなったのがたかだか五十年前、というのが納得いかないけど。
古代の技であれば、精霊が何か知っているかもしれない。こんな時、ルアンナがいればなぁ。
失って初めてわかる、駄精霊の存在感か……
「私ヨ、ワタシ……」
ん、また特殊詐欺か?
当面の解決策は二つある。
一つはプリスカが進める島の中心への探索。雲に覆われた山の頂付近に何か秘密があるのではないか、ということ。また謎の祠がある、とかは勘弁してほしい。
もう一つは、スキルの存在だ。
プリセルが言うように、スキルとはそんなに都合よく急激に成長するものではないのだろう。だから、そこへ一縷の望みを託すのは馬鹿げている。
しかし何となくだが、私の中にはある確信のようなものが生まれていた。この道の先に、何かがあると。
プリスカとは別に、私はそれを追ってみよう。だってプリスカの探索には、私はお荷物にしかならないのだもの。
スキルには急激な成長がない、と二人は言うが、それは大人の話。私は今が成長期だということを忘れているぞ。
例えば弓や槍をこの手にしなければ、私は今でもこの二つのスキルの存在に気付かぬままであったろう。
だから、私は未知の可能性を追う。
一つ気になる事がある。魔力の感知能力は単体の能力ではなく、大きなスキルの一部ではないのか?
私は今、魔力を感知できなくなっているのではない。体内の魔力は確かに感じている。だからこれ自体は、魔法による能力ではない。
精霊も、今同じ状況に置かれているとする。
実体のない精霊にとって、それは五感を全て塞がれたような状態ではなかろうか。
私だけが持つ魔力感知の力が大きくなれば、島にいる精霊の存在も感じることができるかもしれない。要するに、スキルアップである。
再びプリスカは一人でルート開拓に出かけ、私はセルカと槍の稽古に励む。
やはり、初心者と思えぬほど槍の使い方が体に馴染んでいる。
武術というのは不思議だ。師匠と魔法の訓練をしていた時にはあれほど難しいと感じた集中力の維持が、一本の木の棒を持つだけで容易く達成できる。
実は弓を扱う時には、それすらも感じることなく自然に体現していたようだ。
その意味では、私にとって弓は特別過ぎるのだろう。
槍については、意識して扱わねばそこまで集中できない。
しかし、苦労して魔法を使う時とは明らかに違う、肉体が拡張されたような快感が広がる。
楽しい。
同じ木の棒なのに、剣と槍とが何故これほどに違うのか?
私は幼い頃より眺めていた槍の稽古の風景を思い出しながら、気ままにセルカと打ち合った。
そして午後、一人になると様々な事を試しながら再び槍を振る。
例えば、これが魔法の杖だと考えてみる。
私が槍を振ると同時に、その先端から魔法が
それは、杖という媒介を通すことにより厳密に制御された魔法となる。
あらゆる魔法が、一本の棒を通すことにより制御可能となるのだ。
ではこれが、もっと短い剣ではどうか?
私は片手剣を手に、魔法の発動をイメージする。この細剣が、魔法の杖だ。先端から放たれる魔法は、槍の穂先から放たれるのと同じ、細部まできっちり制御された魔法である。
次に木剣を置き、人差し指を一本立てる。
この指が、杖である。
指先から放たれる魔法は全て、集中した私の意識による繊細な制御下にある。
それから肩の力を抜き指を開いて、頭の中に指先を思い描く。
その想像上の指先から、再び制御された魔法が発動する。
うん、最初から最後まで何も起こらないが、イメージトレーニングは完璧だ。
翌日、またセルカと稽古を続ける。
低い姿勢から膝を狙うセルカの斬撃を、前に繰り出した槍の石突で逸らし、反転した穂先で肘を払う。寸前で引いた剣の根元で防がれるが、惜しかった。
「姫様、今の技は?」
「うん、以前谷の騎士たちの稽古で似たようなのを見たからやってみた」
「そうですか。前で受け流して払うまでの滑らかな動きが、素晴らしいです。これを見ただけで出来るとは……」
「ね、天才でしょ?」
「いや、まだまだ!」
おかしいな。前はもっと褒めてくれたのに。ふふん、きっとセルカも余裕がなくなって来たな。
とか思っていると、鋭い一振りを受けきれずに尻もちをついた。
「集中が切れれば、命を失います」
「うん」
いい攻撃ができると、防御が疎かになる。何度も言われている事だった。
でも私の体力では、ゴリラの一撃を受け続けるのには無理がある。
再び私の突きがセルカを捉えたかに見えたが、体捌きで避けられてしまう。これはヤバい。次にきつい一撃が来ると、緊張した。
セルカは、私が弾ききれないギリギリの強さで剣を振る。
それならば、ゴリラの一撃を障壁で弾く!
いつも私を最後に守ってくれるルアンナの結界をイメージして、私はセルカの斬撃を受けた。
パーン、と乾いた音がして、セルカの手から木剣が弾け飛んだ。
「「えっ?」」
何が起きたのかわからず、二人で顔を見合わせた。
「姫様、まさか……」
「うん。この感触はあれだよね」
私たちにとってお馴染みのこれは、魔法障壁そのものである。
「障壁スキル?」
「ま、まさか。そんなものは無いでしょう?」
剣を拾い上げたセルカは狼狽え、震えていた。
「私ヨ、ワタシ」
「本当に、ルアンナなのか?」
「ええっ?」
「もしかしたら、精霊を察知するスキルがあるのかも……」
最初は気の迷いのようなものだったけれど、今は集中すれば確実にルアンナの存在を感じる。
ほんの微かな気配なのだけれど。
終
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