開花その76 日課と課題
二人の従者から信頼を失った私は、プリスカの単独探索を見送るとセルカの監視下に置かれる。
その間、退屈で暇だ暇だと騒いでいたら、セルカとの武術修業が妙に本格化してしまった。
私は仕方がなく、他に自主的な日課として担うべき仕事を定めた。
朝起きて顔を洗うとすぐに、私は手に馴染んだ三つ又のヤスを手に水路の掃除を始める。
池の周囲は船の謎金属の効果か植物も繫茂せず生き物が寄り付かないが、水路の方は事情が違う。
そこで池へ流れ込む水路を一度塞ぎバイパスへ逃がすと、水路の左側を歩いて上流へ遡りながら、ヤスで水路の底を攫う。
目に付くごみを取り除きながらガリガリと水路の片側を削り、水源の溝まで歩くと今度は反対側を歩いて再びガリガリと戻る。これで水路に溜まった汚れを海まで流して、水が澄むのを待ってから再び池へと流れを戻す。
手抜きのドブ攫いのように見えるが、この水路に流れるのは貴重な飲み水なので、衛生上重要な仕事なのである。よね?
これが、私の毎朝の日課となっている。
午前中は三人の汚れた服を洗い、干したらセルカと剣の稽古をする。洗濯と集中だ。フランシスも以前、確かそんな事を言っていた。
んで、午後は暑いのでお昼寝だ。目覚めたら、セルカがその隙に周囲の警戒を兼ねて食料の収集に出ているので、一人で弓の練習。いつ帰るかわからないから、海に潜るのは自重する。
ひとしきり弓の稽古をした後、戻って来たセルカの許しを得て夕飯の食材を確保するために、近場で釣りや狩りをする。
入江に潜るのは、やっぱり禁止であった。
という具合に割と暇なので、私も色々考えてみた。
スキルとは何ぞや、という話だよ。
人には得手不得手があり、得意な分野は上達が早い。
それを加速させる力が、この島で判明した新たな能力ではなかろうか?
そもそもが、学園でもスキルという概念は学んでいないし、プリスカもセルカも使わない。
これは、前世で遊んだRPGからの記憶なのかなぁ? ちょっと不安。
スキルとは技であり、今までは魔法の一部だと思われていた未知なる力である。と仮に定義しておこう。
その解明にこの島ほど適切な場所はない、というかここでないと気付かないのだ。いや、無事に島から戻って調べたら未知でも何でもなくて、そんなのは常識ですよ、とか言われそうで怖いけど。
でも少なくとも私たち三人にとっては、この世界での魔法の概念が根底から覆るほどの、正体不明の能力なのである。
世界初の試みを、私たち三人はこの島で進めているのだ。たぶん。
今までは武芸の達人が法外な力を発揮するのは、熟練した技と魔法によるアシストだと思われていた。
しかし、その技そのものは地道な努力と経験の積み重ねにより僅かずつ積み重ねる類のものと考えられている。法外なのは、あくまでも魔力による力なのだ、と。
例えそれがほんの僅かな魔力であっても、だ。それほどにこの世界は魔法を重要視していたのである。
しかしその魔法が使えなくなったこの島でも、超人的な力を発揮しているケースがあった。
それはどう考えても、スキルとしか呼べない魔法とは別の、固有の能力である。
そしてそれは、意識して使えば驚くほどに能力が伸びるらしい。
今まではきっと、魔法に頼り過ぎていたのだ。
世界を見回してみれば、恐らく魔力は弱いが技を磨くことで能力を飛躍的に上げている者が、きっとあちこちにいるのだろう。
その多くは、精霊の加護を得た魔法の力なのだと思われている。
しかし人によっては、魔力よりもスキルに依存している者も多いのではないか?
今の私たちでも、この島で様々なスキルを得ることにより、今後島外の魔物に対抗可能な力を得られる。そんな希望が芽生えた。
では、スキルを上げるには、どうすればよいのだろう?
例えば、魔法を使うにもスキルは必要だ。
私の魔力と魔法の出力は、持って生まれた才能なのだろう。それは、技ではないよね。
それは例えば、高性能な自動車に搭載された動力性能に似ている。
最終的に、その優れた車を動かすためには高度な運転技術が必要となるのだ。
魔法の行使をEVの運転に例えるならば、魔力は電池に相当し、魔法を発動するのはモーターだ。
大きなパワーを生み出す強力なモーターが搭載されていれば、その分だけ車を操るのは難しくなる。
例え大きな電池を搭載していても、一度に供給できる電力が少なければモーターは大パワーを出力できない。ここまでが動力部分だ。
そして、発揮したパワーを無駄なく地面に伝え走らせる車体も必要だ。
それらが揃って、車の高性能化は実現する。
私の場合は、でっかくて重い電池に同じくハイパワーなモーターが搭載済み。車体の方は、どうなのだろうね?
最終的に、その巨大なパワーの車を操るには、繊細なアクセルワークとブレーキング、ハンドル操作などの運転技術も必要となるし、安全のための技術的な知識や規則も学ばねばならない。そうか、これは教習所で習ったのか……
車ごとに違うその操作性を理解して的確に操るのが人間の運転技術、つまりスキルだね。様々な運転アシスト機能や自動運転については考えない。よくわからないから。
人により、その技の成長度合いや熟練度は変化する。
運転の得意な人も、下手な人もいる。だが、何もしなければその能力は決して向上しない。
魔術のスキルも、きっと似ている。
あらゆる人間の能力を底上げ可能なのが、スキルではないか。スキルも才能に依存するだろうが、魔力の大小よりは、努力により成長できる可能性が高そうだ。
何よりも、単純な肉体の力や武術の技の他にも、人の持ち得る技術はとても幅広い。
例えば、サメに襲われた時を思い出してみる。
あの時確かに、私は集中すると同時に並列思考へとスムーズに移行した。
つまりは、きっとあれも魔法による強化ではなく、スキルの一種なのだろう。
自身に顕在化しているスキルの強化と、新たなスキルの習得。これが重要だ。
そのためには、スキルについてもう少し深く知ることが必要かもしれない。
私が身に付けていると思われるスキル……何だろう。
ステータスオープン、とか口に出してみてもステータス画面は現れない仕様なので、地道に自分の頭で考えるしかない。
弓術…これはエルフのアイデンティティによる先天的なものだろうか?
並列思考…前世の記憶が引き起こす多重人格的傾向の肯定的な側面?
ヤスや細剣による突きの強化…これはひょっとして槍スキルなのでは?
私が魔力を感知する能力も、スキルじゃないのか?
あとは何だ?
詐術スキルとか?
トラブル誘因体質も、スキルの一つなのかなぁ?
夕飯の席で、三人で話してみた。
車の話や並列思考の件は、伏せている。
「……というわけで、スキルについてはこの島にいるうちに解明する必要があると思うんだよね」
「では、明日は探索を休んで姫様の槍スキルを検証してみましょう」
「いいけど、あんたたちも身体強化以外に気付いたことはないの? あ、プリスカの船酔いスキルとセルカの車酔いスキルは知ってるから」
「あれがスキルだとすると、耐性が付くどころか経験を重ねるほど悪化すると?」
「勘弁してください」
「ああ、冗談だからね」
「……」
「姫様の毒舌スキルは上昇中ですね」
二人は、真面目に考えこんだ。
「リッケン侯爵家での奉公により、我ら二人の従者スキルはかなり上昇したと思われますが……」
確かにこの島では、色々とお世話になっているよ。
「あとは、ネリンと迷宮へ行ったお陰で、危機察知や索敵スキルの上昇も感じています。それは、この島でも役立っていると感じます」
「うーん、何か地味だねぇ」
「いや、姫様みたいなのが異常なのです」
「そうですよ」
「またそうやって、人を化け物扱いする……」
私は、悲し気に目を伏せた。
「演技スキルは拙いですね」
「まだまだだと思います」
「クソっ!」
「お行儀スキルは最低ですね」
「お嬢様スキルもカスですよ」
「何でもスキルにするなっ!」
翌日、私はプリスカが作ってくれた稽古用の槍を持って、セルカと対峙している。
急ごしらえの、子供サイズの短い槍である。
とりあえず、持ってみた。
「いつでもどうぞ」
木剣を片手に力を抜いて立つセルカに向けて、私は軽く突いてみた。
「うわっ」
セルカが大慌てで私の槍を弾く。
何となく、セルカの呼吸から打ち込むタイミングを計れたような気がする。
「これは、今までの細剣とはちょっと桁違いの速さですよ」
それから乱取りを重ねると、槍が手に馴染む。
「ち、ちょっと待って。姫様、一度あの木に向けて突いてみてください」
セルカが差した太い木の幹に、少々力を入れた突きを繰り出す。
ドン、と太い音がして、大木が揺れた。
「これは……」
セルカとプリスカが、大きな口を開けたまま見つめている。
「姫様は、今まで槍の経験がおありですか?」
セルカは、やや冷や汗をかいているように見える。
「無いけど、小さいころからずっと見ていたよ」
「ああ、そうですね。あの谷間の領地では槍の稽古も盛んでした。森の中では剣が主体でしたが、大勢で魔物を囲んで槍で止めを刺すのが基本戦術でしたね」
プリスカは、うちの領地で魔物退治の騎士たちと交流した経験がある。
そうなのだ。子供の私は触ったことがなかったが、谷では槍を使う者が多い。それは大型の魔物との戦闘には必須の武器であった。
「でも、この短いのは使い易いね」
私は槍を振り回してみる。
これなら、片手でも両手でも使える。魔法の杖だと、ロッドとスタッフの中間位の長さだろうか。これでも今まで手にしたことがない、長い武器であった。
「スキルというより、武器適性という感じですかねぇ」
セルカが言う。
「短槍というのは、使い手の少ない武器ですねぇ」
プリスカも、槍については経験が少ないらしい。
「兄さんが時々使っていました」
「あれは銛じゃないのか?」
「本人は、陸で使うのは槍だと言っていましたけど」
「そうか。陸用の短い銛なのか」
「はい。投げませんし」
「うん、投げやりな態度は嫌われるよ」
「まあとにかく、姫様はこの手の武器スキルが高いようですね」
二人のスルースキルが高い。でもそうか。あれは魚突き専門の技ではなかったのだな。
「二人とも、やはり剣なのか?」
「そうですね」
「まあ、セルカもそう見えるな」
「他に何か、スキルを感じるものはないのか?」
「特にないですねぇ」
「つまらん奴らだ」
「ですから、私やセルカが普通なんです」
「私だって、もっと魔法のスキルさえ上がっていれば、こんな苦労はないんだよ」
「あ、そうでしたね。あの壊滅的な魔法スキル……」
「そうだよ。ルアンナがいなければ、何もできなかったんだからね」
「そういえば、この島には精霊はいないのですか?」
「うん、いても感じないのか、どっちだろう? でも魔法が使えないのなら、精霊も島の近くには存在できないのかも……」
「精霊のいない場所なんて、世界でここだけなのかも……」
「早く脱出しなければ……」
「そうですね」
この世界では、精霊の存在は大きな意味を持つ。
私にとっては、正直魔法さえ使えればどうでもいいけど。あ、ゴメンね、ルアンナ。あとは、ドゥンクや他の使い魔に会えないのは寂しい。
「ソウデスネ」
えっ、ルアンナ?
終
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