開花その75 サメ殺し剣
サメとの死闘を制したおかげで、ついにプリスカは私を一人で留守番させるのは危険であると判断した。
私の身を案じての事ではあるが、外敵の脅威ではなく私自身が何をするかわからないので放っておけない、という意味の脅威だ。
悔しいが、正しい判断だろう。……自分で言うか。
試しに、二度としませんから、とウソ泣きをしたがプリスカには簡単に見破られた。どうしてだろう。
翌日からセルカを監視役として残し、プリスカは一人で山へ出かけて行った。
どうやら歩きやすいように、道を切り開いているらしい。
「あのサメが五メートルもあったとか、冗談だよね」
「いえ、私も見ましたが、確実に五メートル以上はあるサメでしたよ」
「でも私が戦ったのは、三メートルくらいだよ」
「おかしいですね。普通は水の中では大きく見えるのですが……」
「そう。だから、二人が見間違えたんだって」
「そんな事は絶対にありません! 普通は怯えて、相手が実際よりも大きく見えるものです。姫様は色々おかしいので、自覚してください!」
セルカがキレた。まあいいか。
しかしどちらにせよ、このままでは島からの脱出は難しいよな。
「とりあえず当分は暮らしに困らないし、明日からは予定通りに修行を始めるぞ」
「あの、魔法が使えない姫様は、か弱い八歳の女児なのですが大丈夫ですか?」
「うん。無茶すると簡単に命を落としそうだから、気を付けてね」
「いや、ですから修行など止めて、おとなしくしていてくださいよ」
「それは無理」
「どうしてですか?」
「だって、体を鍛えて武術を学ぶ、せっかくのチャンスじゃないの」
「それって、必要ですか? サメ殺しなのに」
「でも、このままずっとこの島にいることになるかもしれないし」
「うわぁ、嫌な事を言わないで下さい。そのために先生は一人で島の探索を進めているんですよ」
「セルカだって、暇だろ?」
「うう、確かに……」
木剣を使って、剣術の稽古をしてみた。
セルカは強い。驚くほどに強くなっている。
「姫様は驚くほど進歩がないですねぇ」
「悪かったね」
「でも、任せてください。私も先生のお陰で、少しだけ自信がつきましたから」
「これで少しだけなら、プリスカはどうなってるんだ?」
「そりゃあもう、鬼神のごとき強さ、です」
「うーん、悪鬼のごとく、だろ」
「そうとも言いますね」
「でも、魔法を混ぜればセルカもいい勝負するだろ?」
「いえ、体力勝負になれば敵いません。先に私の魔力が尽きますし」
「そうなのか?」
「どちらも、姫様の魔法に比べれば児戯に等しいですよ」
「あのね、今私が全力で剣を振り回しているのが、その児戯って奴だぞ!」
「いえいえ、朝に比べれば、ずいぶんマシになって来ましたよ」
「本当か?」
「ええ。この調子です」
「セルカは、子供は誉めて伸ばす派か? フランシス師匠とは正反対だな」
なんだかんだで嬉しいし、何よりも暇潰しにはなる。
セルカはこの一年、プリスカに相当鍛えられたのだろう。
「姫様、一度でいいですから、もっと真面目に剣に向き合ってみてはいかがでしょうか?」
「はっ? 私はいつだって真剣だぞ。いやこれは木剣だが」
「ほらやっぱり、不真面目ですよね」
そうか……私は剣に苦手意識があり、考えてみると一度も真面目に稽古した記憶が無い。
常にどうせダメだから、という意識でやっていた。
その気持ちは、ここへ来ても何も変わっていないような気がする。
丁度いい機会なので、気持ちを切り替えよう。
「わかった。やってみるよ」
私はサメと闘った時の緊張感を思い出しながら、剣を握る。よし。目の前にいるのは、お人好しの少女ではない、凶悪なサメだ。そして私の持つ武器は剣ではない、か細いヤスだ。
そう思いながら緊張感を高めて、セルカに向けて両手で握った剣を突く。
「おおっ」
咄嗟に剣で止めたセルカが私の突きに押されて、二、三歩下がる。
「姫様、今の突きは鋭い。この調子です」
「これぞサメ殺し剣」
ほめ殺しの件、じゃないよ。
「なるほど。名前は酷いですが、筋はいいですよ。ではもう一本!」
何だかやれそうな気がする。
「次は受けきれるかな」
私はサメのエラを突き刺したイメージで、三連続の突き技を使った。
「おお、三段突きとは、お見事」
必殺の突きを、いとも簡単に止められた。こいつ、サメより強いな。
私は、ムキになって突きを連発した。
そうか、あの時は片手突きだったな。
私は右手一本で突きを放つ。それがセルカの頬を掠めた。
セルカの顔色が変わる。
「これぞ真の、サメ殺し突き」
「いや、さっきと名前が違いますけど!」
「あ、サメ殺し剣だっけ?」
「どっちも恥ずかしいから、やめてください!」
続いて、セルカの剣が振るわれた。
だがこんなものは、サメより遅い!
「甘い!」
私はセルカの剣を弾き、一歩踏み込んで突きを放つ。今度は避けたセルカの髪が剣先で散った。
「姫様には、細剣使いの才能があったのですね」
セルカに言われて我に返る。
確かに、フェンシングのように片手で突くスタイルがしっくりきている。これもロンでヤスを、いや、ヤスでサメを突きまくった成果なのだろうか?
「面白いですね、もっとやりましょう!」
それから、ひとしきり稽古を続けた。
「姫様には、新しい木剣を作りましょう」
「え、これでいいよ」
「いえ、せっかくですからもっと軽くて細い剣がいいと思います」
「そうなの?」
それからセルカがナイフで手ごろな木を削り、私用の片手剣を作ってくれた。
「上手に扱わないと、細剣は折れてしまいますよ」
そういうことか。すぐ折れないまでも、軽い剣では相手の攻撃を上手に受け流さないと、衝撃で手が痺れるだろう。
「では、これでもう一度稽古を」
セルカがノリノリなので、もういいやとも言えない。
私は片手で新しい木剣を振ってみた。
うん、いい感じで手に馴染む。これならもっと振り回せるぞ。
「それと、これを左腕に」
それは、拳から肘辺りを覆う小さな盾だった。籠手のようなものだ。
「これも軽いので、上手に受け流さないとすぐに壊れますよ。でも空いた左腕に盾を持たないのは、あまりに無防備ですから」
いや、私がこんな本格的に剣術を学ぶ日が来るとは……
ちなみに、プリスカもセルカも細めの両手剣を使うが、最近は身体強化にモノを言わせて、片手でぶん回すことが多かった。残った片手で魔法を練り、牽制や防御に役立てるらしい。
この島に来てからは、諸般の事情で剣を両手で扱うことが多いけど。
私の場合はノーモーションかつ無詠唱で魔法を発動するので、左手は盾で防御に徹するのがいいらしい。
それは、魔法の使えないこの島でも同じ事。
でも基本的にはルアンナの結界や障壁魔法があれば、盾は使わないんだよなぁ。
でもこの島では、そんな私に扱えそうな武器がない。軽いのは短刀かナイフ。どれも短い。超接近戦の訓練もした方がいい、とセルカは言うのだけれど。
結局すぐに使えるのは、例のヤスなんです。
三つ又の矛と言えば、トライデント。ギリシア神話のポセイドンだったかな。でもこれはそんな良い物じゃないよ。どう見てもやはり、夏休みに海で遊ぶ離島の小学生である。それなら、麦わら帽子も作るか。相変わらずワンピースを着ているしね。
島に麦わらはないので、代用品は何にしようか。鍋を洗うヤシの繊維でいいかな。
時間を作って、プリスカとも稽古をしてみた。
「姫様、スゴイです!」
「まだまだ」
こいつの薄い胸に一撃入れるまで、私は続ける。
と思ったけど、無理でした。
軽く遊ばれてしまいました。もうお嫁に行けません。誰か貰ってください。
「人間相手では、駆け引きが必要です。これは経験を積むしかないですね」
「いいんだよ。私は人斬りにはなりたくないんだ」
完全な負け惜しみである。だって、八歳児ですもの。
「世の中には多くの悪人がいるのを、もうずいぶんご覧になっているのでは?」
「例えばフランシスとか?」
「え?」
「そうだ。あいつを串刺しにするためなら、もう少し頑張ってみるか」
「姫様、人間性という言葉をご存じですか?」
「あんたみたいな、狂った人斬り人形に言われたくないよ!」
「ほほう、この人斬り人形に勝てるとでも?」
「やってやるよ!」
「よし来い!」
「行くぞ、秘剣サメ殺しっ」
あれれ、簡単に避けられてしまった。
で、またボロボロにされました。懲りない私……
やっぱり剣術の先生は、セルカがいいよぅ。
暇なので、弓のお稽古もしてみました。
セルカも、一日中付き合ってはくれないので。
殺傷力を上げるには、より強く弓を引く必要がある。物騒な話だけどね。
でも私の力では、自ずと限界がある。
そう思っていたんだ。でもプリスカとセルカのバカ力を見ていたら、考えが変わった。
こちらの世界ではこれが当たり前かも知らんけど、二十一世紀の地球人から見れば、こいつら二人は化け物だ。今までは魔法によるアシストがあるから、と思っていた。
でもこの島に来て魔法が一切使えなくなってから、考えが変わった。
だってあの二人ったら、非常識な体力なのよ。
明らかにおかしいのに、本人は気にしていない。
私が魔法で造った剣や銛は、本当に重くて普通の人間には持ち上げるのがやっとだ。
それを平然と振り回すゴリラが二人。どうしてそんな事が出来るのか、自分でおかしいと思わないのだろうか?
そう思って、二人に聞いてみた。
そうしたら返って来た答えが、何だかなぁ……
「姫様の方が明らかに異常ですよ。どうして八歳の子供があんな巨大なサメと戦って勝てるのですか!」
いわゆる一つの、ブーメランという奴だ。
「でも、それは私のサメ殺し剣の成せる業ですよ」
「だから何ですか、それは?」
「さぁ、必殺技?」
……ということは。
こ、これが連邦のスキルなのかっ!
どこの連邦だよ。
ということで、私の弓スキルが本物であれば、もっと強く矢を射ることができるんじゃないかなぁ、と考えた次第であります。
試しに、私は気合を入れ直して、弓を引いてみた。
「必殺、サメ殺しアロー!」
びっくりするような勢いで、矢が飛んで行った。
スゴイね。本当にできるんだ。
一々サメをイメージしないとできないところが、連邦のスキルシリーズの弱点かな。
あ、次はフランシス師匠を思い浮かべてやってみよう。
「必殺、リベンジアタック!」
……
おお。やればできるもんだね。師匠、ゴメン。
終
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