開花その70 卒業式(七歳編最終話) 前編



 私はステフを地下の隠れ家へ呼び出して、金の卒業メダルについての不安を口にする。


 しかしステフは、それを一笑に付した。


「ご心配なく。メダルは金貨とは別に千枚単位で王宮が発注し、納品されています。王宮内の在庫が減れば再発注しますが、当分は在庫で賄えるようです」


 なるほど、そうなのか。


「毎年五十人前後の卒業性に授与するとして、鉱山からの製品を王宮へ運ぶのは、およそ二十年に一回程度か……」


「そうです。エイミーの実家スクレイナー商会へ発注しているのは、メダルとそれを囲むミスリルリングへの名前と日付の刻印が主な仕事です」


「あ、ちなみに学園長の名前も刻印されるんですよぅ」

 ファイが少し自慢げだ。


「私は、そのメダルを貰えそうにないけどねぇ」


 幾らなんでも、卒業までの五年間をアリス・リッケンとしてここで過ごすつもりはない。


「姫様はアリソン・ウッドゲートとしてまた入学すればよろしいのでは?」


「いや、もういいよ」


 メダルの件は、杞憂であったか。



 そして二月下旬の吉日、卒業式には学園の生徒全員と卒業生の家族と共に、王族が揃って出席する。


 まさに、今後の王国を担う逸材の晴れ舞台なのだ。


 特に今年の卒業生には学年総代となったアズベル会長や、そのライバルでもあった現宰相の次男など、優秀な人材の宝庫らしい。


 しかし、アズベル会長が学年総代とは。優秀かどうかはともかくとして、私には、まともな人材が枯渇しているとしか思えない。


 卒業生には卒業の証として、例のメダルが授与される。

 卒業式とは要するに、卒業メダルの授与式なのだ。


 しかしメダルは舞台上に呼ばれた各個人に、一人ずつ授与される。生徒が少ないからね。


 では総代というのは、いったい何をする役目なのだ?


 メダル授与への不安が無くなり、私には卒業式の式次第になど興味はなかった。それに式のリハーサルもしていないので、私にはさっぱりわからない。


 いや、一年生以外は色々準備をしていたのかもしれないけど。


 とにかく一年生は何もすることが無いので、黙って指示通りに立ったり座ったり礼をしたりしていれば良いらしい。



 式が始まり、お偉い方々の挨拶が続く。


 久しぶりに、国王の顔を見た。


 王族以外にも、国の主だった貴族が出席している。


 これだけ国の重鎮が一堂に会するのは、そうそうある事ではないだろう。警備を担うステフはきっと、この数日はロクに寝られなかったのではなかろうか。


 無事に終わったら、ウマシカを紹介してあげよう。


 ん、安心して寝られるようになれば、ウマシカは不要か?



「本日はご多忙な中ご足労いただき、心よりお礼申し上げます。国の重鎮がこれだけ並びますと、既に現在の国政が滞っているのではと危惧します。どうか皆様には早々に職場へ戻り、その辣腕を存分に振るっていただきたいと愚考します。あとは、暇な王族の方だけで充分かと……」


 アズベル会長の挨拶は冒頭から場内をざわつかせ、最後には真面目な話で終わった。


 苦笑が収まると、いよいよ式はクライマックスとなる。総代とは、このヤバい挨拶をするだけの役目だったのか。


 エイミーの実家でペンダントに加工された卒業メダルが、学園長自ら順番に壇上へ上がった生徒の首に下げ、祝福の言葉をかける。


 会長の言うように、舞台上には王族に加えて主だった貴族がずらりと並んでいる。


「あれ、宰相ってどの人だ?」

 うっかり声に出してしまった。


「父上の隣にいる白髪の男が宰相のヤエル公爵で、その隣が次期宰相と目されるウォード伯爵だ」


 後ろに座っていたクラウド殿下が、親切に教えてくれた。


「えっ、殿下は壇上にいなくてもいいんですか?」


 何しろ、舞台の上には王妃や第一王子、第二王子まで揃っている。


「はは、父上からも言われたよ。だが、断った。私は若輩者の一年生に過ぎないからね」


 殿下は笑いながら、軽く流してしまった。


 これだから、ステフみたいにこの人を王へと担ぎたがる人間が増えるのだろう。



 舞台の上では、メダルの授与式が続いている。


 私は安心して、魔力感知の先端を外部へと伸ばしてみた。


 講堂と学園を包む二重三重の結界越しなので、結構な魔力を使う。


「……っって、おい!」


 たまたま覗いた中央教会の塔の上に、あの司祭の魔力を発見してしまった。まぎれもない、あの謎の司祭が戻って来ている。


 私は何とかしてすぐにステフへ知らせねばと思ったが、それはできなかった。


 突然近くで、膨大な魔力が沸き上がる。


 ちょうどその時、最後の一人が授与されたメダルを自慢げに首からぶら下げて、自分の席へと戻っていた。



 私は魔力の正体を見た。卒業生の座る前方の座席の一画に、巨大な魔法陣が出現している。


 その魔力は五十数個ある全てのメダルから発して、精密な魔法陣を形作っている。


 卒業生の頭上に浮かんだ光る魔法陣は、周囲の生徒たちの魔力も吸って光を徐々に強める。


「この魔力は……」


 私は、この魔法を知っている。


 うっかり中身を覗いてしまったあの廃棄魔法袋の中に、確かその原型があった。


 その後興味を持って、認識阻害魔法を使い学園の図書室の奥にある禁書庫へ忍び込んで読み漁った魔法書の中に、これに似た魔法陣が描かれていた。


 今では王国の魔法騎士が集団殲滅戦でのみ使う、最高位の軍事魔術である。


 そしてその魔法陣が作り出す強力な魔法は、この講堂の建物など跡形もなく吹き飛ばす、爆砕魔術であった。



 講堂全体は強力な結界により外部からの攻撃に対して守られているが、その内部は違う。


 魔法陣の発動を止めねばと焦るが、時間が無い。


 私は瞬時に、並列思考を始める。


 最近練習していた並列思考は、私のような分裂気味の人格を持つ者には覚え易い強化魔法だ。


 千年もの間ルーナとアンナに分裂していた駄精霊ルアンナから教えられた魔法が、珍しく役に立った。



 本来の主人格であるアリソンという思考と、前世の記憶を主とする仮のアリスという思考とを、同時に進行させる。


 私アリソンは考える。時を止める魔法を使おう、と。いやしかし、発動には時間がかかり、間に合わない!


 同時に私アリスは考える。魔法収納に魔法陣ごと全部収納すればよい。だが魔法陣は卒業生の頭上に広く展開し、そこまでの距離も遠い。


 私アリスは、身体強化により素早く席から立ち上がり、前方へと向かう。


「アリス!」


 私アリソンは、後方にクラウド殿下の叫び声を聴きながら、風魔法によるブーストで加速する。



 だが、私が魔法陣に接近した時に、突然爆砕魔法が発動した。


 私アリスは、収納魔法を諦めた。


 私アリソンは、風魔法により爆心地へ移動する。


 私アリスは、結界を展開して発動し始めた爆砕魔法を、自分自身の結界で包み込んだ。


 同時に、発動した爆砕魔法が牙をむいた。



 大地を揺るがす爆発が起きる。講堂内の人々は、何が起きたのかも知らずに塵となる運命であった。


 しかし、私の展開した結界が爆砕の力を包み、巨大な音と振動だけが講堂に響いた。


 その日、講堂にいた多くの者が、一人の女生徒が空を駆けるように飛び出し、爆発の中心で結界を張ったのを目撃したことだろう。たぶん。


 そして眩い爆発の余波が収まると同時に、結界も消えた。


 そして、そこへ飛び込んだ少女の姿も、消えていた。



 私は並列思考を駆使しても尚、自分の体を守る結界を張る余裕がなかった。だが私は、ルアンナを信じていた。


 土魔法が生み出した硬い岩石の破片を、高温高圧の爆風に乗せて撒き散らすのがこの爆砕魔法だった。


 凶悪なこの魔法が発動した結界の中で、ルアンナは完全に私を守ってくれた。だからと言って、このまましれっと講堂に戻ったりすれば、また大騒ぎになるだろう。


 私は風魔法により、講堂の天井付近まで吹き飛んでいた。そのまま爆発を包んだ結界を魔法収納へ収め、薄暗い屋根の下で宙を漂う。


「ありがとう、ルアンナ」


「いえ、当然です」


「さて、どうしようかな?」


「逃げるしかないでしょうね」


「やっぱりそうか」



 仕方なく、私はそのまま認識阻害の魔法を使って講堂の天窓から外へと飛び出した。


 また認識阻害の魔法を使ってしまったので、寮へ帰っても暫くはプリセルとも話ができない。


 そこでプリセルにはパンダに事情を説明させて、私が爆死したことを受け入れて、適当に遺品を整理してリッケン侯爵家へ戻るようにと伝えた。


 まあ、そのうち認識阻害魔法も解けるだろう。


 私はそのまま、中央教会の塔に向かって飛ぶ。昼間だが、誰にも見つからないことだけが救いだ。


 きっと、あの男が爆破の犯人だ。手口の詳細は不明だが、そこはステフに任せよう。


 奴はきっと、遠く塔の上から学園の惨事を見物するつもりだったのだろう。

 今は、一人で慌てているに違いない。



 私は気配を目指して、塔の上部にあるテラスへ向かう。


 そこでは三十代くらいの貴族風の男が、じっと王宮方面を見つめていた。


 隣に着地し、様子を見る。


「くそ、どうして何も起きないんだ!」

 呟きながら、両手で髪を掻きむしる。


「俺の造った魔法陣は、完璧だ!」


 やはり、この男が犯人だ。


 私の魔法のせいで、向こうからは私の姿も見えないし、声も聞こえない。しかし、できることはある。


 私は久しぶりに収納から雷撃弾を出して放った。


 バチッ、ぐえっ、ドサッ……


 いつものように青い火花が飛んで、怪しい男が石の床に崩れ落ちる。ちょっと焦げ臭い。大丈夫かな。


 私は脈が正常なのを確認してから重力魔法で浮かべた男の体を抱え、空を飛んだ。逮捕というより、拉致だね。



 私は男を学園長のアジトへ運んでから、ウマシカの地下迷宮で手に入れた、というか襲われたので面白がってその場で従魔にした魔封じの蔦でぐるぐる巻きにして、自分の認識阻害魔法が切れるのを待っていた。


 いや、他の場所でこんなものは出せないから、一度使ってみたかったんだよね……

 今は学園長もステフも、それどころではないだろう。


 ソファーで居眠りをして起きるともう夕方で、魔法の効果も切れていた。


「パンダ、学園長とステフを呼んできて」


 シロちゃんとドゥンクは、念のために兄上とエイミーの護衛に付けている。



「ステフ、こいつが例の司祭で、今日の爆破未遂の犯人だよ」


 オーちゃん、ファイ、ステフが駆け付けた。三人とも、かなり疲れている。


「姫様、お体の方は大丈夫なのですか?」


「うん、ルアンナが守ってくれたから」


「あの程度の爆発で姫様の身が危ういとは思いませんでしたが、やっと安心しました」

「嘘つけ。くたばっていれば幸いだと思っていただろ?」


 私が毒づくと、三人が目を丸くしてぽろぽろと涙をこぼした。


「ああ、悪かった。制御不能の認識阻害魔法を使って逃げ出したから、効果が切れるのを待っていたんだ」


「そうでしたか」


「で、この男は?」


「中央教会の塔の上から、学園が爆発するのを待っていたんだ。爆発が起こらずにイライラして独り言を言っているところを捕まえた」


「なるほど。しかしこの男、宰相の嫡男ですぞ」


「えっ。では、公爵家の跡継ぎ?」



 後編へ続く






  

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