開花その69 学年末



 有名人が突然にとんでもないことを言うと、爆弾発言などと呼ばれて世間を揺るがす場合がある。


 私の場合は本物の爆発により研究室だけでなく建物全体を揺るがしてしまったために、世間体を考えた学園長から正式な呼び出しを受けた。


 しかし学園長は過去に自分の隠れ家を吹き飛ばした張本人でもあり、命の恩人である私には何一つ文句の言いようがない。



 ついでに言うと、私の周辺にいる身元の怪しい者たち。


 具体的には、うちの武装メイド二人と、冒険者のネリン、食堂で働くリンジーと合わせて四人だが、実はセルカ以外の三人は私と共にウッドゲート家の館で冬を過ごした経験を持つ。


 セルカ自身も、フランシス師匠の義理の妹だしね。ちょっと調べれば、わかることだ。


 要するに、ウッドゲート家に縁のある者であれば、その正体に気付いてもおかしくない。密かに谷を監視していた組織とかね。


 セルカとプリスカは主に女子寮にいるので、兄上と顔を合わす機会はほぼない。リンジーも多少見た目を変えているので、兄上も気付かないのだろう。


 もし彼らの身元を怪しむとしたら学園長や警備担当のステフだろうが、私を含めて全てエルフコミュニティの一員なので、何ら問題はない。


 つまりこの学園は実質上、エルフの支配下にあるのだ。


 どうだ、人間の国の愚民ども。ここはウマシカの軍団を統べる魔王様が支配する学園だぞ。


 ついそんな気になってしまう。



 私としては、正式に学園長室へ呼ばれて説教を受けて寮の自室で謹慎、という流れになれば暫らく一人で遊んでいられるので、それはそれで嬉しい。


 あとは携帯ゲーム機でもあれば、言うことはない。


 でもこんな事をうっかり口に出すと、アズベル会長が本当に造ってしまいそうで怖い。



 学園長の話によると、錬金術研究会へのテン先輩の移籍は、恋人であるケネス様への配慮であった。


 ケネス先輩は伯爵家の嫡男で、しかも父親は次期宰相との噂に上がるほどの実力者だ。


 対してテン先輩は王国騎士の娘だが、学園の魔術研究会に在籍して貴族派の広告塔として利用されるような、目立つ存在だった。しかも、赤毛の美人で男子生徒のファンも多い。


 オハラ家では昨年の秋にこの件で揉めて、家庭内で色々とあったのだろう。テン先輩は前期試験以後暫らく学園を休み、実家へ帰っていたらしい。


 その間、ケネス様も婚約者としてテン先輩を迎えるべく、色々と根回しを始めていた。


 そんなこんなで二人揃って第三王子のいる錬金術研究会へ移籍し、目出度く穏健派の仲間入りをするとともに、婚約へ向けて順風満帆、ということのようだ。


 そんな時に錬金術研究会の悪い魔女が二人の仲を引き裂かんと凶悪な手段で大爆発を起こして震え上がらせ、目の前で嫌がらせの毒薬まで創った。



 で、これからその悪い魔女が学園長によって成敗され、お話はハッピーエンドに向かう。でも、それだけではあまり面白い話ではないでしょ?


 恋する二人には、もうひと山ふた山乗り越えるべき障害があった方が、愛は深まるだろう。たぶん。


 頼まれなくても、きっと卒業間近で暇な会長が、何か用意をしているに違いない。そういう意味では、私は会長に絶大な信頼を置いている。そのせいで二人が破局を迎えても、私は知らんが。


 例えば同じ三年生である公爵家の次男を巻き込めば、面白いことになりそうだ。アルフレッド先輩は男前で人当たりも良く、優しくて面倒見もいい好人物だ。気にし始めたら、きっとテン先輩の心は揺れるだろう。


 アルフレッド先輩、ごめんなさい。私は悪い女です。



 あとは、テン先輩よりもスゴイ魔力を持つライバルの女子生徒がケネス先輩に急接近するとか。あ、それは私の役目か。ちょっと無理。


 私は悪役令嬢ではなく魔王ポジションらしいので、小者は相手にしないのだ。

 ……かつては大賢者様と呼ばれていたのになぁ。


(最近の姫様は、魔王ルートに入っていますね。応援します)

 大丈夫。ルアンナの応援があれば、きっと失敗するだろう。


「大賢者様と呼ばれていたのに、気が付けば魔王ルートに入っていた件」

 改題するか。


 問答無用で敵も味方もなぎ倒す無慈悲な大魔法とか、私にはそちらの方が似合っている。



 さて、私は学園長を脅して、見事に一週間の自室謹慎処分を勝ち取った。


 だが陰謀渦巻く学園がそのまま許すはずもなく、私は各教科の先生が出す大量の課題に追われることになった。


 全くもって、想定外。身から出た錆という奴だ。学園を支配する魔王なのに。


 でもそんなに勉強をしたら、また学年末試験でトップになってしまうじゃないか。


 しかしクラウド殿下に遠慮して成績を落としたら、きっと軽蔑されるだろうな。密かに兄上とエイミーも、トップを狙っているし。


 私たち四人は単なる仲良しではなく、ライバルでもあるのだ。


 ああ、これではまるで、学園ドラマだ。恋愛要素が薄いので、ラブコメにもならない。単なる学園コメディか?


 でも私にとっては悲喜劇で、しかも道化役に過ぎないのが悔しい。


 じゃ、主役は誰かって?

 そんなの、麗しの兄上様に決まっているでしょ!



 一週間の謹慎というか事実上の軟禁期間、自室を訪ねる者はいなかった。特に錬金術研究会の関係者との接触は厳しく禁じられ、その間研究会員たちは今後の実験方法の抜本的な見直しを行った。


 そして、ほぼ私の扱いについての厳重な注意事項をまとめると、顧問のシモンズ先生へ提出した。


 猛獣注意、といったところなのだろう。ちょっと傷付く。


 しかもこれは、学園長が直接会長へ命じたことである。私が知らないとでも思ったのだろうか。覚えてろよ。



 私はと言えば、見張りのパンダを部屋に残し、嫌がらせのように毎日オーちゃんの隠し部屋でのんびりと課題に取り組んでいた。


 寮にいると暇なメイドがうるさくて、勉強が手につかない。


「東の山向こうに、新たな迷宮が発見されました」


「まだギルドの上層部しか知らない、極秘情報です」


「姫様、夜間に抜け出して、様子を見に迷宮へ潜りましょう」


 などと、真顔で誘うのだから困る。行きたくなっちゃうじゃないか。


 一応今は年度末試験前の、大事な時期である。


 私はこのまま来年も学園に残れればいいと思っているので、勉強は欠かせない。ましてや、謹慎中に出歩いているのがばれたりしたら、もっと大変だ。



 私は真面目に課題をこなし、謹慎明けには錬金術研究会及びその他同じ棟に入居している学園内の研究会や学術学会とその研究室を会長と共に回り、謝罪と懺悔の行脚を行った。


 これでみそぎは済んだとばかりに、意気揚々と派手な実験を繰り返すような真似はしない。どこかの国の議員様とは違うのだよ。


 学園長との約束なのか、錬金馬鹿たちは寝たふりを決め込み、学年末試験も近いことから大きな実験は控えて、新入会員二人のケアに勤めつつ、おとなしく過ごしている。


 私はリヤド副会長から会の運営に関する雑務や会計業務などの指導を受けていた。これは副会長が次期会長となるために必須の、引継ぎ作業なのだろう。


 しかし、引き継ぎ先が本当に私でいいのか?



 一月下旬になると、試験直前で研究会も休みとなる。


 何だか大きな事件もなく、肩透かしの一年であった。兄上に対する陰謀は何もなく、ただ不気味なのは息を潜めている謎の司祭だけだ。


 それにしても、ステフがあれだけ大掛かりな捜査網を敷いているのに何の手掛かりもないとは、完全に王都周辺での活動を諦めたと思われる。


 何かが起こるとすれば、王都から離れた場所であろうか。例えば辺境の谷間の領地であるとか……


 考えると、頭が痛い。



 二月になると試験があって、すぐに結果が出る。下旬には卒業式と終業式があり、四月下旬の始業式と入学式まで、約二か月の春休みとなる。


 兄上は、春休みに領地へ帰ると言っている。まさか私も一緒に帰るわけにもいかないし、どうしよう?


 帰省しない子供たちのために、学園の寮は開いている。最低限の面倒は見て貰えるようだ。


 私は実家であるリッケン侯爵家へ戻るのが普通だろう。でも武装メイドの二人は嫌がるだろうな。きっとどこかの迷宮へ行きたいと思っているに違いない。



 学年末試験が終われば、ほぼやることはない。


 卒業式とその後にある宴の準備や、王都での暮らしを満喫する様々なイベントが開かれる。


 五年生は学園を卒業すると、もう大人の仲間入りだ。特に婚約者の決まらない貴族などは交友関係を広げる最後のチャンスであった。


 個人的な付き合いでお茶会や観劇に誘われることも多くなり、特に殿下の取り巻きである我ら三人の人気は高かった。


 私は必ずそこに犬獣人のメイと猫獣人のハース及びその仲間が参加するのを条件に、誘いを受けることにしていた。


 我が錬金術研究会も、比較的仲の良い魔道具研究会や魔法薬研究会などと合同で狩りに行ったり、釣り大会やお料理教室などを開いたりで、大いに楽しんだ。


 王都内での行事であれば殿下が参加する可能性もあり、研究会とは関係ない生徒も混じっていたりする。しかし同じ学園に籍があれば顔馴染みなので、誰も気にしてはいない。


 冬の終わりから春へと移り変わる季節の中で、私たちは貴重な時間を共有していた。



 ちなみに謹慎期間中の強制勉強のお陰か私は学年主席の座を維持し、その後に殿下、兄上、エイミーが連なるのも同じである。


 卒業式に向けてエイミーの実家では、学園の卒業生へ授与する卒業メダルの制作に追われているらしい。



 私のいた世界の卒業証書の代わりになる物なので、大変貴重な品であるそうな。


「金のメダルの裏には卒業生の名と卒業式の日付が刻印され、その周囲にはミスリル銀のリングが嵌められます。リングに付いたミスリルのチェーンを一人ずつ学園長が首へかけ、祝福されるのです」


「それを全部エイミーの店で造っているの?」

 ちょっと驚きだった。


「まさか。大きな金貨のようなメダルは国からの支給品で、うちの店では裏面への刻印と、それをペンダントに加工するリングとチェーンの制作を請け負っているだけなの」


 卒業生の名簿が最終的に決まるのは式の直前なので、メダルへの刻印は結構ギリギリの仕事になるらしい。


 その前に、リングとチェーンの加工を始めているようだ。



 きっとその金のメダルも、エドの鉱山で造られたものなのだろうな。


 終業式が終わったら、またエドのところに厄介になるか。あそこは温泉もあって居心地がいいし。


 ん、待てよ。謎の司祭は確か、聖杯に呪われた子爵に対し、王国の金貨の出所を質問していたらしい。


 金貨と卒業メダルが同じ場所で造られたと考えれば、次のターゲットにエイミーの実家が選ばれてもおかしくない。


 ここで、何か仕掛けてくるかもしれない。

 至急、ステフに相談せねば。



 終



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