開花その68 新入会員 後編
年が明けても特に何もなく、普通に学園の授業は続く。初詣も無ければ、お年玉もない。本当に、何もない。
谷間の館で暮らしている時には何も思わなかったが、こうして学園にいると何かおかしな感じだ。
それは前世で私が刷り込まれていた、年末年始のイメージが強すぎるからだろう。
それでも年が明けて最初の満月の夜には、中央教会で月の精霊を祀る夜会が普段より盛大に行われ、賑わった。
しかし今回も例の司祭については、何も情報は得られていない。
私はその前に学園長の隠れ家へ、ステフを呼び出していた。錬金術研究会の新入会員についての情報を得るためである。
ステフと会うのは久しぶりだ。
オーちゃんとファイも同席している。
「いえ、その、例の司祭についての捜査が全く進展せず、姫様に会わせる顔が無いのです……」
ということだそうな。
私も王都内の教会をあらかた調べて回ったが、何の痕跡も見つけられなかった。きっともうこの付近にはいないのだろう。
「ケネス・ウォードとテン・オハラの錬金術研究会への移籍については、非常に明確な理由があります」
ステフは自分の得意分野を質問されて安心したのか、やや声が明るい。
「今の宰相は最近病気がちで、近々引退するのではと噂されております。後任として最有力と目されているのが、ケネスの父親であるウォード伯爵なのです」
あ、それで父親に命じられ、第三王子のいる錬金術研究会へ移籍、となったのか。なるほど、これは明確だ。
「ご存知のように我が国の宰相は王が必要と認めた場合に限り置かれる役職で、世襲制ではなくその能力により選任されます」
うーん、私は全くご存知ないのである。今の宰相という人物も知らないし、世襲制ではないことも知らない。
ただこの国の歴史では、王国の大陸統一後に不安定な内政をまとめるために、王政の実務部門を代行する役職として定着したのが宰相であると学んだ。
「ですが、ケネスは父親以上に頭脳明晰で優秀な人物ですので、卒業後には父親の副官として経験を積むことが今から期待されるほどの人物です」
では同様に頭脳明晰で絶大な魔力を保有する私も、密かに各方面から期待されたりしているのだろう。きっと。違う?
「将来、第一王子のシャーロック様が即位すれば、第二王子のヘンリー様が宰相に任命されるであろうと言われております。そして、もし第三王子のクラウド殿下が国王となれば、宰相の位も不要との意見が多いところです」
「だから、そのクラウド殿下推しはやめろと言ったよね」
私はもう一度、ステフに釘を刺す。
「いえ、私は世間一般の評判を述べただけで……」
「で、テンちゃんの方は?」
「はい。彼女は魔法の能力を買われて魔術研究会に籍を置いたものの、王国の騎士である父上からは、第三王子の護衛を兼ねて錬金術研究会へ転籍せよと言われ続けていたようです」
「あ、ステフは関係ないんだ。でも、ケネスとの接点は?」
「それを聞くのは、野暮というものですよ」
そう言ってステフは、生温かい目でウィンクをして見せた。
けっ、まだ十三歳で愛だの恋だの、十年早いってんだ……
(姫様。落ち着いてくださいね)
まさか、ルアンナになだめられるとは……
「で、今の宰相というのはどんな人?」
私は落ち着くために、特に興味のない質問をしてみた。
「はい。二十年前に混乱する領地経営を安定させた手腕を買われて中央へ呼ばれ、やがて宰相の地位を与えられました。以来国内を平穏に治めた貢献者として、一定の評価を得ています」
「今の国王好みの、波風立てぬ平和主義者か……」
「はい。ですが、その優柔不断な態度により貴族主義の台頭を招いた、というマイナス面が最近では強く指摘されています」
「では次の宰相には、より融和的な施策を求めると」
「そう思われております」
「でもそれは、あの馬鹿王が優柔不断だからだよね」
「姫様、それはちょっと言い過ぎでは……」
私には、五歳の時にクラウド殿下と婚約させられそうになった恨みがある。
「ウォード家は伯爵位で、もし本当に宰相になれば異例の抜擢となり、上位貴族からは批判の声も上がっています」
貴族至上主義の過激派から、命を狙われる恐れでもあるのだろうか?
また物騒な話がやって来た。
ちなみに今の宰相は、王家の血を引く公爵家の者らしい。
二人の事情は掴めたが、そもそも二人ともかなり優秀な生徒である。
あのセミ巨大化薬のアリーネ先輩のように、こちらから魔術研究会へ移籍するのなら、何となく理解できる。
しかしその逆となると、あちらで余程の事があったのではないかと邪推してしまう。例えば、私のような役立たずだったりとか。
そして錬金術研究会は、一月中旬から新たな三年生会員二人を迎えた。
しかし、もうすぐ年度末試験が始まる。こんな時期に、何をしているのだ?
二月の下旬には卒業式があり、すぐに終業式も行われる。始業式と入学式は四月末なので、二か月間の春休みになる。
五年生はもうほとんどの者が卒業後の進路を決めている。
ちなみに、アズベル会長はそのまま協会の研究者として、隣の研究室へ移るだけらしい。あれだけの成果を出したのだから、放っておくわけがない。
しかも会長の実家は錬金術協会の大きな
入会後の基礎実験を、私を除く三人が終えるのに約半年かかった。しかしさすがに三年の二人は要領が良くて、次々と課題をこなしていく。
このままでは、春休み前に終えてしまいそうな勢いだ。
私などひと月も耐えられずに諦めたのだが、殿下たち三人もため息をつくほどに三年生の技量は飛び抜けていた。
僅か二年の差でこんなに違いがあるものかと、さすがの殿下も感心しきりである。
そこで会長が面白がって、私にも三年生と同じ実験を試してみるようにと命じた。
「アリスも進歩したところを見せてみろ」
そう言うのだが、はっきり言って無謀だと思う。しかし会長の悪乗りに付き合うのも暇潰しとしては面白そうで、何より他の一年生三人からも強く背中を押された。
「では久しぶりにやってみますか」
「よし、いいぞ」
「あの、例の魔法廃棄袋はもう無いのですよね?」
それだけが心配であった。
「大丈夫。ちゃんと別のがあるよ」
リヤド副会長がそう言って、私の肩を叩いた。
「何なら、一人一つずつ持てるほどあるぞ」
会長が悪い笑いを浮かべる。あ、これは非合法品だな。
二人の三年生は優秀過ぎて、まだ魔法廃棄袋を使っているのを見たことが無い。というより、その存在自体を知らないのかも。その方が幸せだ。
まあとにかく、これで安心して実験ができそうだ。
これから二人の三年生が行うのは、私が到達しなかったより高度な錬成実験である。
割れた透明なガラス片を幾つか用意し、魔力の干渉により溶かして成型し直して、しかも色や模様を付けるという。
これはガラス片以外の素材を何も用いず、魔法による作用だけで行う基礎的な錬成訓練らしい。
うん、これなら爆発する要素は無さそうだ。
「では、アリスからやってみたまえ」
「はい」
ズドン!
あれ?
今までになく大きな爆発で、部屋が、というか建物全体が、揺れた。
慣れない新入会員二人は飛び上がって驚き、手を取り合って震えている。
こんな所でいちゃついてんじゃねーよ、と言いたいところだが、エミリーも蒼い顔で怯えているので、結構な衝撃だったようだ。
結界内の爆発を即座に袋へ収納したところ、透明なガラス瓶に入った赤い粒々が残った。
はて、これは何だろう?
「おいおい、これは何ができたんだ?」
会長が錬成器具から取り出した瓶には、薄紅色の錠剤のようなものが詰まっている。
「アルフレッド君、これを鑑定できるかい?」
アルフレッド先輩が慎重に瓶を受け取り、目の前にかざしている。
まさか、爆薬の類ではないよね?
「これは、薬品のようです。そう、便秘薬でしょうか? いわゆる下剤ですね」
ん?
便秘薬だって?
私は、前世の出来事を思い出す。
クライミングジムで知り合った友人はスポーツクライミングの選手で、繊細な彼女は大会前には極度に緊張して、いつもお腹が痛くなりトイレへ駈け込む、と嘆いていた。
私はそんなにヤワなメンタルを持っていないので、岩壁に向かう時にはいつも冷静だった。ただ、岩を登れば緊張して大汗をかくし、壁に貼りついている間にはトイレにも行けない。
水分の補給も充分とは言えず、山から下りるといつも便秘に悩まされることになる。
そんな時にお世話になったのが、このピンクの小粒であった。
何でこんなものが、と思ったが、久しぶりの錬成で私も無意識に緊張していたのかもしれない。いや、潜在意識というのは恐ろしい。
それはそれとして、ではあの爆発は一体何なのだ、と思う。
しかし考えてみれば、あのエナジードリンクの錬金爆弾以降、私はあらゆる実験で爆発を繰り返していた。
エナジードリンクのレシピはファイと学園長も爆発させていたので、爆発の原因については間違いない。しかし他の実験でも次々と私が爆発させていたのは、私がそう思い込んでいたからではないのか?
つまり、イメージの具現化である。
で、今回の爆発もレシピと関係はなく、しかも出来上がった便秘薬もまた、私の無意識下にあるイメージが創り出した産物だと考えられる。
これを錬金術と呼んだら、詐欺罪で逮捕されるぞ。
「ごめんなさい。私はもう二度と実験は致しません……」
しかし私には見慣れたピンクの小粒は、この世界では見慣れぬ異物であった。
部屋にいた全員が集まり、錠剤を調べ始めてしまって収拾がつかない。
「アリス、またやったのか……」
兄上が、悟りを開いたかのような目で私を見る。
「今日の爆発は、本当に死ぬかと思ったわ」
エイミーの指が、まだ小刻みに震えていた。
「私も、生まれて初めて死を覚悟した。夏祭りや収穫祭に同行できなかったのは、実は幸運だったのだな……」
殿下も、かなり動揺しているご様子。
その時、後ろから頭をポンと叩く人がいた。
「ま、気にするな、アリス」
振り返ると、会長が満面の笑みを浮かべている。
この人くらいだな、心から喜んでくれたのは。
新入会員の二人はさすがに逃げ出すわけにもいかず、怯えた目で部屋の隅からこちらの様子を伺っていた。
私は仕方がなく二人に顔を向けると、会長に倣って満面の笑みを浮かべる。
二人は幽霊でも見たような恐怖に引きつった顔で、震えながら抱き合っていた。
二人の目に映ったのは幽霊というか、ウマシカの言う魔王かもしれない。
でも、神聖なる研究室での不純異性交遊は、許されませんわ!
終
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