開花その68 新入会員 前編
私が自身の重大な過ちに思い至ったのは、洞窟の中で溺れかけた事件から間もないころだった。
エドの魔法の杖は、単純に魔力を増幅しているのではなかった。
正しくは、魔力をより効率的に魔法へと変換しているだけなのだ。きっと。
それだけ、人類の魔法技術にはまだまだ改良発展の余地がある。言い方を変えれば、未成熟で拙い技術なのだ。
だから私の造るべき杖は魔力を絞り取るのではなく、魔力をより効率悪く無駄遣いしながら魔法へと変換する、より未成熟で拙い技術を用いた、出来の悪い駄目杖なのであった。
それならば、絞り削った魔力のオーバーフローに怯える心配もない。
でも、それって私が普段やっている事そのままじゃないのかな?
そう考えはしたが、先日の失敗で受けた精神的なダメージが意外と大きく、当分新たな杖にチャレンジする気力がない。
もういいや。どうせまた無駄遣いした魔力が漏れ出ておかしな状況に陥ったりして、失敗を重ねるに決まっているのだ。
どうせ私なんて、魔力がでかいだけの役立たずですよーだ。
という具合に、私は少々心がすさんでいた。
学園の一年生としてローティーンの子供に混じり暮らすうち、どうやら私の精神年齢も似たようなところまで下がっていたらしい。実に情けなく、恥ずかしい。
でも本当はまだ七歳なのに、十歳児並みに精神年齢が下がっているとは?
おかしい。私の存在自体が、根本的に間違っているに違いない。
その週の終わり、研究会を早めに抜け出した私たち一年生四人組は、約束通りフィックスで夕食会を催した。
街は収穫祭から続くおかしな浮揚感からやっと抜け出し、本来の落ち着きを取り戻していた。
「殿下、本当に私たち四人だけですからね!」
私が何度も念押しした結果の、四人だけの食事会である。ああ良かった。
広い個室に四人だけというのはやや寂しいが、殿下の護衛たちは扉の外に待機し、本当に伸び伸びと話ができる。
この日の話題は、収穫祭の模様を殿下に問われるままに答える質疑応答から始まった。
だがそうなると話題の中心は、私がやらかしたあれこれになってしまう。
「長くて太い立派な緑のアスパラをアリスが杖のように手で持って振ったら、杖が成長して立派な花束のようになったんですよ!」
「アスパラガスの花?」
「そうなんです、ふさふさの緑の葉の間に、小さな白い花が咲いたんです」
「アスパラを売っていた屋台の主人が腰を抜かしたので、また三人で逃げ出す羽目になって……」
「その花束は?」
「ちゃんとお店の
「凄いな。まるで、エルフの魔法のようだ」
「あははは……」
思わぬ場面で、自分が本当にエルフの仲間なのだと証明してしまう。乾いた笑いで逃げるのが、上手になった。
「もう一度やれと言われても、できませんよ」
「二度としないでね。もっと酷いのは、逃げながらアリスが変な認識阻害系の魔法を使ったことです」
「認識阻害だって?」
「はい。おかげで誰からも相手にされなくなって、その日はもう買い物さえできなかったんですよ」
「だけど、お陰で上手く逃げられたじゃないの」
「あの後、寮に帰ってからも食堂で何も食べられずに大変だったでしょ!」
そんな事を一つ一つ暴露されたが、殿下が喜んでくれたので楽しく食事は進んだ。
あ、そういえば祭りの屋台で、あの焼き鳥屋のおっちゃんに再会したのだった。
だが、照り焼きソースの秘密を他人に話すわけにもいかない。
私は黙って焼き鳥を何本か買い、元気そうなおっちゃんの顔だけ見て帰った。
おっちゃんは、私に気付かなかった。それでいい。
こんなに変わっちまった私の事なんか、早く忘れてくれ。
昨年の春に出会った私は六歳、今の私は十歳だ。顔も違うし。
……そりゃ気付くわけがないよね。
そうこうしているうちに、冬だ。
年末年始にはクリスマスもお正月もない。特別休暇もない。何もない。
そう思っていたのだが、年末には大きなイベントがあった。
学園に入学する生徒は、入学の前年に十歳の誕生日を迎えた者たちだ。つまり同じ学年の生徒が、年末には揃って同じ年齢となる瞬間である。
すみません、そんな事は私も知りませんでした……
私の本当の誕生日は春だが、アリス・リッケンは十二月初旬に十一歳となった。
そうして各学年の生徒が全員同じ年齢を迎える年末に、全校誕生日祝いのパーティーが行われる。
年末のこの日、十一歳から十五歳まで綺麗に揃った年齢の各学年の生徒が講堂に集い、立食パーティーを催す。
毎年個々の誕生日を祝う風習のないこの世界で、この宴は学園から全生徒への、大きな誕生日プレゼントであった。
しかし私が思うに、これを年越しパーティーと呼ばない方が無理がある。変な意地を張らずに、年越しを皆で祝ってもらいたい。いや、まあそれはいいか。
しかし楽しい誕生祝いの席で、妙な出会いがあった。
私は一年生の仲間と次々に料理を皿に盛っては、広い会場の隅で夢中で話しながら食べ、再び空になった皿を持って人気料理の行列に並ぶ行為を繰り返していた。
半年前に比べれば、ずいぶんと大食いになったものだ。
それでも子供の胃袋は、すぐに限界が来る。
デザートのフルーツをもう一皿取りに行くかどうか悩んでいると、後ろから頭をポンポンと叩かれた。
これは、会長かな。
振り向くと、アズベル会長の笑顔が。
「やあ、アリス。他の三人は一緒じゃないのかい?」
その時の私は、メイとハースを中心とする武術組とふざけ合っていた。
「あの三人は今、ケーキのお代わりを選びに行っていますけど」
そう。胃袋の小さい私は、一人だけ置いて行かれたのだ。
「では、先に紹介しておこう。三年生の新入会員だ」
会長の後ろに隠れていた女生徒が、私の前に姿を現した。
私は、この人を知っている。
「新入会員の、テン・オハラです。よろしくね」
この人は、入学直後に寮の食堂で私を魔術研究会へ勧誘した人だ。同じ寮に暮らしながら、最近ほとんど顔を見なかったのはどうしてだろうか?
「アリスも知っているだろうけど、彼女は魔法の才能豊かだが、事情があって秋に魔術研究会を辞めているんだ。でも、より高度な研究をしたいとの意欲があり、うちの研究会の扉を叩いた。拒む理由はないよね」
「そうですね。優秀な魔術師として、学園では有名ですから」
棒読みにならないように、私は頑張った。正直、どうでもいい。
「あ、戻って来たようだ」
会長の視線の先に、両手に
「そんなにケーキばかり食べたら太るぞ、エイミー」
会長が平気で禁句を口にする。知らんぞ。
「あ、会長じゃないですか。これは差し上げませんよ」
エイミーがそう言って両手の小皿を後ろへ隠す。今夜のエイミーは、酒でも飲んでるのだろうか?
「大丈夫、取らないよ。実は、君たちを待っていたんだ」
「会長、ごきげんよう」
「こんばんは」
後方の二人は、何種類かのフルーツを盛った小皿を持っている。
そこでやっと会長は、隣にいるテン・オハラを三人に紹介した。
「三年生というと、アルフレッド先輩と同学年ですね」
「オハラ家の三女は、学園で一二を争う魔力を誇ると聞いている。お会いできて光栄だ」
さすがに殿下は、良く知っているようだ。確かオハラ家は一代限りの騎士爵で、その三女ともなれば平民に近い。
しかしテン先輩の場合は、魔法の実力でそのまま王宮魔法騎士にもなれる、立派な素質を持つ。
「こちらこそ、殿下と同じ研究会に所属させていただけるなど、夢のようですわ」
そもそも、彼女は魔術研究会の広告塔だったのに。何があったのだろうか。
「テンは前期試験の後に訳あって暫らく学園を休んでいたが、最近戻って来たんだ。その間に魔術研究会を退会していたので、改めてうちで活躍してもらうことになった」
学園の魔術研究会は貴族至上主義の派閥なので彼女には居心地が悪く、将来を見据えて穏健派へ鞍替えした、といったところだろうか。
それにしても、この過激な錬金術研究会を穏健派と呼ぶのには抵抗がある。どんなブラックジョークだよ。
多少は私にも責任がある、とは思うが。
「それに、近いうちにもう一人三年生が入会する予定だ」
「こんな時期に、もう一人ですか?」
「そうだ。一緒に紹介しよう」
気付かぬうちに、テン先輩の隣に地味な男子生徒が立っていた。
「三年のケネスです。私もテンと一緒に入会したかったのですが、魔術研究会の退会手続きが遅れていて、入会は来週以降になります。でも、もう口頭で了承を得ているので、よろしくお願いします」
まあ、彼らが挨拶したいのは殿下であって、他の三人はオマケだ。
だから代表して、クラウド殿下が答える。
「会長、三年生の魔法使いのトップと座学のトップ二人を引き抜いたら、魔術研究会と揉めるのでは?」
そうなのか。ケネス先輩は頭脳明晰なのだな。あれ、でも私も試験の成績だけは一年のトップだぞ。つまり、私も頭脳明晰と自称して良いのでは?
「殿下、心配ご無用です。あちらとは以前からずっと揉めていますから」
私の優秀な頭脳が空回りしている間に、会長がとんでもないことを言っている。
「はぁ。それでいいのか?」
「冗談です。ちゃんと話がついていますので、ご安心を」
ケネス先輩は家名を名乗らなかったが、何者だろうか。殿下は知っていたみたいなので、きっと穏健派へ鞍替えしたい貴族なのだろう。そのうち誰かに聞いてみるか。
そうして二人は手を振って、去って行った。
残った会長が言う。
「研究会では君たちが先輩なのだから、遠慮せずに色々教えてやってくれ」
「もしかして、私たちが最初にやっていた一連の実験から始めるんですか?」
「もちろん。アリスもまた一緒にやるかい?」
「いえ、もう結構です」
「会長。あの爆発を見たら、二人ともすぐに逃げ出すんじゃないですか?」
やはり、今日のエイミーは妙にアグレッシブだ。
「うん、そうだな。エイミーみたいに肝の据わった生徒じゃないと、ここではやっていけないだろう」
会長に言われて、エイミーは顔を赤くする。この人は、よく見ているな。
「大丈夫、すぐに慣れるさ」
「殿下、私はまだ慣れませんよ」
兄上はそう言って、苦笑いを浮かべる。
「ああ、ブランドンは夏祭りや収穫祭でも色々痛い目に遭っているようだからな」
「その通りですよ」
話の方向が変わるまで、私は黙って聞いているだけだ。
そうして年が明けて間もなく、錬金術研究会は二人の新入会員を迎えた。
後編に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます