開花その65 暗中模索 後編



 ここから先の通路はもはや単なる洞窟ではなく、迷宮と呼ぶにふさわしい雰囲気だ。


 そこで私は通路を照らすライトの魔法を使おうとして、慌てて止めた。


 私は、師匠との地道な訓練を止めて久しい。生活魔法には、自信が持てないぞ。


 今の私が下手に生活魔法を使うと、レーザービームが前の三人を貫くか、眩い閃光で目を焼くか。とにかく悪い結果しか思いつかない。


 魔法はイメージの具現化である。失敗するイメージしかないのだから、成功するわけがない。


 黙っていても、ネリンとセルカが魔法の明かりを点けてくれた。


 私たちの前方と頭上に、光の球が浮かぶ。



 そのまま足元の荒れた暗い通路を上ったり下りたりするうちに、怪しい魔力の位置が見えて来た。


 ネリンが持つギルドのマップでは、森に開いた穴から一本道で王都近くの洞窟まで繋がっている。


 だが、私にはこの新たに発見された通路の更に下方から、強い魔力を感じる。


 この通路にいた多くの魔物がギルドにより一時的に一掃されているので、余計に目立つのかもしれない。


 ギルドの調査隊は、このドロドロした魔力の流れに気付かなかったのだろうか。明らかにこれは、多くの魔物の存在を暗示している。


 この迷宮にはきっとどこかに、未発見の下層へと繋がる通路がある。調査隊が見逃したというよりは、それはまだ岩に閉ざされたままなのだろう。


 迷宮の下層がどこまで広がっているのか。新たな魔物がその中で爪や牙を研ぎつつ上層への進出を待ち構えているのではないか。


 私は前の三人に、そんな話をしながら歩く。


「ギルドの魔道具では、姫様のように精密な魔力感知はできませんから」


「何か見つけたら、すぐに言ってくださいね。先生は一人で先へ行ってしまいそうなので」


「いいえ。怪しい場所を見つけたら、私が先頭で入ります。皆さんは待機でお願いします」


 プリスカの声には張りがある。普段私の部屋で、暇潰しにパンダをイジメている時とは大違いだ。



 時折出くわす魔物は、ゴースト、スケルトンなどのアンデッド系と、動き回る植物系の魔物が多い。


 どちらも火に弱いが、狭い迷宮の中ではうっかり火魔法が使えない。火炎系の魔法は、使いどころが難しいなぁ。


 そういう点では、師匠の得意だった水と風系の魔法は使い勝手が良いのだろう。


 プリスカは火魔法特化だが、剣に乗せることで魔力消費を抑えつつ効果的に魔物を切り刻んでいる。


 ネリンも魔弓の矢に火属性を加えて後方の敵を仕留め、セルカはウインドカッターでプリスカを支援する。私は学園の総合対人訓練で使った魔道具を真似た、防御強化の付与魔法を三人にかけた。


 おお、何だか統率の取れた集団戦をしているぞ。無駄と思った対人戦闘訓練も、意外と役立つじゃないか。


 魔物を倒し、通路が下がっている場所を特に念入りに探しつつ、先へ進む。


 確かに、低い場所には魔物が多いような気がしなくもない。


 相変わらずアンデッドと植物系の魔物が多い。


 しかし戦闘が激化すると、トレントのような植物系の魔物やボロ布を纏ったグールなどが過剰な火炎で燃え始め、それがセルカの風魔法に煽られて炎が上がる。


 狭い洞窟内での火災は、呼吸する人間にとって命取りだ。


 仕方なく私は小さな水魔法で鎮火に当たるが、私にとって小さな水は、この狭い通路を満たすには十分過ぎる水量であった。


 私の前にいた三人は轟音と共に、トイレの排水のように魔物と一緒に流されて行った。


 あれ、以前にも似たようなことがあったような……



 流された先、便器の底に当たる部分には、池のように水が溜まっている。


 しかしその水が、少しずつ減っていた。

 おお、ここの便器は詰まっていないぞ!


「見つけた。きっとこの底に、水が流れ落ちる穴があるのね!」


 だが他の三人は水流と共に穴へ吸い込まれつつあり、ルアンナの返事もない。


 残念な少女の独り言だった。


 私は一人だけ水面をふわふわ浮かびながら、様子を見ていた。こんな時には小さな体が有利だ。


 しかし水流で穴が削られたのか、急に流れが速くなり、三人の姿は濁流と共に暗闇に消えた。


 私の周囲は、暗闇に包まれる。


「ルアンナ、明かりを点けてよ」

「はいはい」


 視界の前方に、光の点が浮かぶ。


「じゃ、行こうか」


 私はすっかり水の抜けた便器の底に開いた、排水管へと突入した。全く何をしているのだろうか。もう、良い子は寝ている時間だぞ。



 先に穴へ落ちた三人については、特に心配していない。自分で何とかするだろう。


 それよりも、私は穴の奥から強く感じる魔力が気になって仕方がない。


 魔物が放つ剥き出しの魔力ではなく、もっと体に絡みつくような気色の悪い魔力だ。エルフの森の人工迷宮の底で感じたものに、一番近いかもしれない。


 意外と深かった。


 遥か下方に、小さな光が見える。よかった、生きてるな。


 向こうからも、こちらが見えるだろう。もしも、目が開いていれば。


 というのも、底には魔物の小さな魔力がうごめくのを感じているのだった。ちょっと急いだ方がいいかもしれない。


 近付くと、三人が折り重なるように倒れていた。死んでるわけじゃない。たぶん。


 近くに魔物はいない。いや、いるんだけど、そいつらはそんなに悪い奴らじゃない。きっと。



「ルアンナ、結界をお願い」

「はーい」


 ルアンナの強力な結界が、私たち四人を包む。


 ついでに、ずぶ濡れの三人を洗浄魔法で清めて乾かした。


「ねえ、そろそろ起きてよ!」

 私は一人ずつ、体を揺すって起こした。


 眠っているだけなので、比較的簡単に目覚める。


「あれ、ここはどこですか?」

 ネリンが寝ぼけている。


 まあ、確かにもう深夜なので、普段なら眠っている時間なのだけど。


「あ、姫様おはようございます」

「あれ、あの非常識な水流は、悪夢でしたか……」


 だが、結界の周囲に集まった魔物の群れを見て、三人が小さな悲鳴を上げる。


 黒い体に立派な角のある頭。そう、ここはウマシカの群れが暮らす、眠りの里とも呼ぶべき夢のような世界だった。


 三人には、湖の底で眠るウマシカの話はしていない。


 何かのついでに、つまらない笑い話として軽く話すようなことだ。できれば、積極的に話したくはなかった。


 あまり愉快な話でもないしね。でも特にエルフのネリンには、教えておかねばならないだろう。



「で、そのドロドロと絡みつくような魔力の正体が、このウマシカなんですか?」


 セルカがそう言いたいのもわかる。地の底でこれだけ多くの訳の分からぬ魔物に囲まれれば、普通は生きた心地がしない。


 しかも地下に下りてすぐに、一度眠らされているしね。


 湖のウマシカは殴って起こせば念話で話しかけてきたが、ここの連中は起きて歩いてはいるが、無口だ。


 ただ集団で強力な魔法を使い眠らせるだけの、厄介な連中だ。


 こんな場所で眠ってしまえば、その辺を這いずり回る巨大な花や歩く樹木のトレントなどに生気を吸い尽くされ、そのうちグールやスケルトンなどになって一緒に地下を徘徊することになるだろう。


 地上へ出て来た魔物は遺跡の墓から蘇った元住民だけでなく、ここで新たに生産されたていたのだろう。


 きっと他にもどこかに、ここへ人が迷い込むような入口があるのだ。


 それらの人間は、古代遺跡の遺物を狙う冒険者や、墓場荒らしのような盗賊連中なのだろう。


 しかし、根本的な魔力の供給源は、別の場所にある。


「でも、魔力は更に下から漂って来ているみたい」



 私はフェワ湖のウマシカと話した時のように、念話を周囲に放ってみる。


「ここのウマシカは、話が通じないの?」


「おお、あなた様はもしや、魔王様では!」


 一頭のウマシカが、歯をむき出しにして近寄って来る。


「魔王じゃないよ」


「そんな。フェワ湖の主より聞き及んでおります」


「だから、あいつにも言ったんだけどな。勘違いするなって」


「そうですか。いえ、魔王様にも色々とご事情がおありの様子と伺っておりますので、これ以上野暮な事は申しません」


「クソ、あの馬鹿は、何を考えてるんだ?」


「我らは主の指示を待ち、ここで待機しております」


「主ってのは魔王じゃなくて、湖の底で寝てる奴だよね。ここで話ができるのは、あんただけなの?」


「はい、そうです」


「じゃ、あんたらも地上に出ると迷惑だから、湖の馬鹿と一緒にここで寝ていなさい」


「いえ、ここには生気を吸い取る魔物がいて、うっかり寝てもいられないのですよ」


 それでみんな、うろうろしているのか。


「この下に魔力溜りがあるようだけど、大丈夫?」


「はい。あれは僅かな淀みですから、本格的な迷宮のコアに育つには、まだ何千年かは必要でしょう」


「じゃ、あんたらもそれまでここで待ってなさい」


「は。我ら輪王様の指示あるまで、この地にて待機いたします」


 まあ、それでもいいか。



「じゃ、ちょっとこの下の魔力溜りを確認しに行こうか」


「ええっ。姫様お願いです、もう帰りましょう」


「この場所こそが、悪夢そのものですよ」


「ここは絶対に、ギルドも手を出せませんよ。面倒事を持ち帰るより、穴を塞いで黙っているのが最善です」


 三人は、完全に戦意を喪失していた。


 確かに、ここは放っておいた方がいいかな。どう考えても、人為的な陰謀の匂いはないし。


 あとは、ネリンから森の遺跡に近寄らないようにと、ギルドへ上手く伝えて貰おう。



「このウマシカの群れをどうにかできる人間は、たぶん魔王様だけですよ……」


「だからネリンまで、魔王って言うな!」


 そのうちフェワ湖のウマシカを起こして、詳しい話を聞いてみるか。


「とにかく、この危険な空間を閉鎖してからじゃないと帰れないよ」


「はい、もう姫様の好きなようにしちゃってください」

 プリスカがそう言うのだから、そうしよう。


 興味本位でいじるには、ここは王都から近すぎた。


「じゃ、さっさと帰るよ」


 私はルアンナの結界ごと四人で宙に浮かぶと、落ちて来た天井の穴を目指した。


 そこから先は、見える限りの地下通路を全て土魔法で埋め尽くして、元の洞窟まで戻って穴から外へ出た。


 夜明けまでには、もう少し時間があるようだ。



 何だか徒労感ばかりが強い、夜の冒険であった。


 お子様が夜遊びをしてはいけない、という事なのだろうか。


 でも、疲れたよぅ。

 早く帰って、ぐっすり眠ろう。


 今夜はもう他の三人も、ウマシカの魔法は不要だろうね。



 終



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