開花その65 暗中模索 前編



 兄上の安全が保障された、というか最初から危険は何も無かっただと?


 私は強風に吹き寄せられ学園の植栽に引っかかった、ただのゴミ屑に過ぎない。


 これ以上私が学園にいる理由は、もう無いのだろうか?


 ステフの奸計によりまんまと第三王子の元へおびき寄せられたウマシカには、これ以上ダークエルフに見せる悪夢もない。



 政治の事はよくわからないが、貴族至上主義者と融和派の対立は、学園内でも目立ち始めている。


 今の王家は融和派の筆頭なので、貴族至上主義の連中は陰で反体制派と呼ばれる。

 しかし王への反逆は死罪だぞ、大丈夫なのか反体制派?


 政治の現場を熟知するステフの話によれば、現在国内は三人の王子を担ぐ三つの派閥に割れつつあるらしい。


 しかも、王子本人の思いとは全く別に、武闘派の第一王子には反体制派の支援者が多いのだとか。


 三人の王子は共に建国以来掲げる王国の意志を尊重する、融和派なのだ。

 次期国王に一番近い融和派の第一王子を支援する反体制派とか、何がしたいのだろうか。


 やはり、私は政治に関わるべきではないな。



 それよりも気になるのは、未解決の聖杯事件だろう。


 今後ステフの奮闘によりその辺りが白日の下に晒されれば、私は安心してここを去ることができる。


 もう少しの辛抱だ。


 というか、安心して堂々と兄上のお傍にいられるのだから、これは貴重なご褒美タイムだ。



 私は放課後になると、相変わらずクラスの錬金仲間四人で連れ立って、魔境へ入る。


 私の前期試験の成績を知った会長や隣接する研究室のお兄様、お姉さまと怪しい紳士たちからのアプローチが、多少変化した。


 どうやら、珍獣から奇人扱いに昇格したらしい。


 殿下を含めた一年生四人の関係には、特に変化はない。


 でもどうしよう、毎日が楽しい。ああ、このまま卒業までここにいるかな。

 だって、学園は平和ですもの。



 養父母のリッケン侯爵家も、思っていた以上に私を暖かく迎えてくれた。


 入学後も時折は、二人の侍女を連れて王都にある侯爵家の屋敷へ帰る。


 そこで義理の両親と食事をしながら、学園での出来事をあれこれと話す。時には私の義兄に当たる年の離れた兄上たちとも一緒に過ごすが、一様に人柄が穏やかで、私を奇異の目で見ることが無い。


 調子に乗った私が、普通の貴族なら白目を剥いて卒倒するような奇天烈な学園生活の一端を披露しても、ただただ笑って感心してくれる。


 ここへ帰ると珍獣でも奇人でもなく、一人の幼い娘として扱われる幸せをかみしめる。


 気楽に谷の領地へ戻れない私にとって、それは貴重で特別な時間であった。



 ところで、ステフの使っていた盗聴器。


 やはりあれの出所は、我らが錬金術研究会の作成した音声伝送装置のプロトタイプを元に、隣の研究所の諸々が拡張発展させた技術だった。


 その能力は、ほぼ私の想像した通り。


 ただ綿埃への偽装と近距離通信における結界の突破には、別の独自技術が使われたようだ。



 錬金術研究会では新たな課題として、音声伝送の高品質化と長距離化の問題に取り組んでいる。


 その前に、魔術師協会が使用していた三十一文字しか送れない電信装置モドキを何とかした方がいいと思うのだが、あの装置については魔術師協会か魔道具組合だかが独占する秘密装置らしく、錬金馬鹿たちは何も知らないのだった。


 こんな所でも、派閥意識が強いのだ。やはり国が音頭を取り、もっと効率的でオープンな技術開発を目指すべきだよね。


 どうせ小さな人間の国家なのだから。でも、きっと王宮はここを大国だと思っているのだろうなぁ。


 それも通信とか物流とかが、整備されていないからだけど。



 その後、聖杯事件の司祭については、ステフから断片的に情報が入りつつある。


 学園長室など他の場所から盗聴器などが発見されなかったので、ステフの首は繋がり、オーちゃんの隠れ家も放棄せずに済んだ。


 寮の部屋にいるとプリセルやパンダがうるさいので、今では毎夜日課のように通っている。


 オーちゃんは夜には大体部屋にいるが、ファイは仕事が忙しいのか来ない日も多い。そんな時には私がオーちゃんにお茶を淹れ、茶菓子を出したりもする。


 オーちゃんは驚き遠慮していたが、すぐに慣れた。ここでは私はあまり望まれない客だろうから、少しは気を遣うのだ。


 そしてステフも時折手土産持参で、顔を出す。


「実は毎月の満月に行われる月の精霊の祈念祭に、王都の他の教会でその司祭の痕跡が見つかりました」


 また満月の日か。まさか、ルーナがらみの何かがあるのか?


 そういえば、千年前に全ての人族と協力して魔獣を封印して以来、太陽の精霊アンナは西のエルフの森に、そして月の精霊ルーナは大陸の東にある人間の国へと分かれていた。


 そのせいか王都では、月の精霊への信仰が篤い。


「聖杯の事件については、獣人への圧力を強めようとする派閥と、金貨の流通に関する情報を得ようとする動きと、二面から容疑者を追っています」


「なるほど」

 しかし、ほぼ何の進展もないのだが。



 そして秋にはまた、収穫祭という名のお祭りがある。


 勝手に一年中やっとれ、という感じだが、学園が休みになるのは嬉しい。


 王都の人混みにも少しずつ適応している私は、また兄上とエイミーと一緒に街へ出られればよいと思っている。


 ただ、夏祭りの最後はあの花火事件で散々だったので、二人が逃げる危険性もある。まあ、兄上とエイミーが二人で祭りデートをするのなら、私は許そう。


 その場合には当然私がストーカー行為、いや、陰から護衛として見守ることになる。



「収穫祭の賑わいに乗じて何らかの破壊工作があるのではと恐れ、王都内の教会を中心に獣人の隊員や魔術師の感覚強化、それに鑑定術士による警戒網を張り巡らせます」


「収穫祭か……」


「姫様にもご協力いただければ助かるのですが……」

「え、嫌だよ」


「はっ? どうしてですか?」

「だから、私には重要な予定があるので無理」


「そ、そうでしたか……」


 直接兄上に危険が迫っていないと知った以上、ステフの仕事には積極的に関わる理由がない。


 予定はまだ決まっていないけど、それでも私は兄上から離れるつもりはない。


 護衛の必要性とかは関係ない。私の兄上ファーストは、一貫しているのだ。



 それでも私は、休日にはその司祭の痕跡を求め、王都内に数ある教会を順番に訪ね続けている。


 帰りにはフィックスのカウンター席で、一人遅い昼食をとるのが楽しみだ。


 ただ、教会関連では特に収穫はない。


 この都の教会はかつてここが現王国と対立したレクシア王国の王都であった頃から変わらず栄え、精霊の加護により王都を侵略する敵から守る結界を作っていた。


 しかし賢者エドゥイン・ハーラーの暗殺に反発した教会と市民はレクシア王国を見限り、自ら結界を解いてハイランド王国軍の侵攻を受け入れた。


 精霊の加護を失い、市民とハイランド王国軍を敵に回したレクシア王国は王宮まで攻め入られて、程なく陥落した。


 ステフは、謎の司祭による一連の行動は、王都を守る教会の結界に対する何らかの破壊工作ではないかと危惧している。


 各教会も徹底して教会内部を調査し続けているが、特に怪しい痕跡は見つかっていない。



 そこで私は新たに、別の懸案事項の調査に向かう。


 それは遷都記念祭の日に、プリスカとセルカが遭遇した魔物の異常発生に関する案件だ。


 王都からやや離れた森の異常を調査に行ったネリンたち冒険者が、王都近くにある洞窟から帰還した。


 森の奥に現れた見慣れぬ魔物は、新たに発見された地下への割れ目から湧き出ていた。


 その魔物を追って冒険者の一行が地下へ入ると、長い迷宮のその先が王都近郊の洞窟へと繋がっていたのだった。


 長い地下洞窟に広がっていた魔物の多くは冒険者により倒され、その後ギルドが詳細な調査をした。


 魔物の湧き出た森の奥には古代に滅んだ街の遺跡が点在し、その幾つかが長年の地下水による浸食により崩れ落ち、魔力を蓄えていた迷宮と接触した。


 それにより遺跡に眠っていた古代人の魂が目覚め、大量のアンデッドが発生した模様である。


 それは私たちが南の孤島で体験した、嵐の夜のスケルトン軍団の襲撃によく似ている。



 冒険者ギルドはそれを偶発的な事件と発表しているが、私は完全に納得してはいない。本当はまたステフが何か企んだのだろうと思っていたが、これもステフは否定している。


 そこで私は休日の前夜、密かにその新しい地下迷宮の確認に出かけた。


 メンバーは、ネリンとプリセルと私の四人。ネリンとは、久しぶりにパーティを組む。


 さすがにギルドが徹底的に討伐しただけあって、森に溢れていた新たな魔物はほぼ一掃されていた。


 私の生まれた北の谷や王都周辺では馴染みのない、アンデッドや食人植物系の魔物である。


 どちらかというと、南の暖かい地方に多い、と学園で学んだ。


 ということは、どこか地下の暖かな場所で増えたのだろうか?


 温泉でもあるかな?



 事件以降、ギルドはこの長く延びた地下迷宮を立入禁止にしている。


 地下へと至る両側の入口と緊急脱出路は厳重に塞がれているが、私がプリセルを救けに入った洞窟の縦穴は、今もそのまま残っている。


 王都に近い森にあるその縦穴部分まで走って行き、そこからルアンナの結界と私の飛行魔法で、全員が洞窟内に降り立った。


 天井の崩落により積み重なった岩石が広場の中央に小山を作っているのは、以前と変わらない。しかし新たな迷宮へと続く横穴も塞がれていて、つい最近までその前で冒険者が野営を続けていた跡が残っていた。


 今は夜なので残る者もいないし、特に監視用の魔法や結界もない。土魔法で造られた石壁が、横穴を塞いでいるだけだった。


 私は石壁をそっくり収納に入れてから横穴に入り、すぐにまた元に戻した。


 横穴の中は、壁に付着した苔や発光生物の微かな光が続いていて、瓦礫に埋もれた広場よりも明るく感じた。


 前衛のプリスカを先頭にして、セルカがすぐ後に続く。やや離れて弓を持ったネリンが音もなく進み、私は周囲に魔力感知を働かせながらネリンの近くを歩く。



 ここは元々王都近くの洞窟の四層に当たる最深部で、ここから急な坂を下ると最後の小部屋があり、そこが元の洞窟の終点だった。


 そこでは、迷宮のコアは見つかっていない。


 ここが本当の迷宮ではなく洞窟扱いだったのは、それが理由だった。


 ただ洞窟内に漂う魔力や中にいる魔物の密度を考えると、どこか地下深い場所に迷宮のコアが隠れているのではないかと思われていた。


 かつては洞窟の終点だった小部屋手前の天井に大きな穴が開き、小部屋へ至る古い通路は崩れた岩で埋まっている。


 その岩を登るとそこは急に暗い通路となり、何やら底知れぬ魔力を遠い先に感じられた。



 後編へ続く

  

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