開花その64 ステフの陥落 中編
「最期に、何か言い残したいことはある?」
オーちゃんは大変お怒りの様子である。土下座をして震えるステフは思わず顔を上げるが、その形相を見てまた顔を伏せた。
そりゃまぁ、仕掛けるならきっと、ここだけじゃないよね。
方々でプライバシーを侵害されていたと思えば、気持ちはわかる。学園全体の安全管理責任が学園長にあるのだから、勝手なことをされれば怒るのは当然だろう。まあ、ステフを生かす殺すは別にして。
「全て私の独断で、私以外の人間は知りません。誰にも話していませんし、それに、仕掛けはここだけです。本当に、この部屋だけ、つい出来心で……」
「まさか、そんな言葉を信じるとでも?」
「あわわわわ……私の命を懸けて」
「いや、既にお前の命は無いので、賭けることはできない」
オーちゃんの迫力が半端ない。
「あ、あのブレスレットについては本物の古代遺物で、過去に身に着けられた者はいないと聞いています。ですから、それを装着した上に全ての力を吸収し消し去るなんて、私の理解を超えています……」
「要するに、ステフは使い方を知らないのね?」
「なるほど。それなら、もうあんたに用はない」
「そうですね」
「でもさ、じゃあどうやって呪えばいいんだ?」
私は、間抜けな声を上げる。
「わ、私は本当に使い方なんて知らないんです~」
「姫様。そもそも、どうやって聖杯の呪いを解いたのですか?」
「あれは、何となくやったらできた。あ、それなら何となくやってみようか?」
「何となくで、呪いをかけるのは止めてください!」
ステフは涙目で私を見上げる。うわあ、すごい罪悪感。
「そうですよ。また爆発したらどうするんですか? あ、姫様、魔法はもっとダメですよ。上の学園どころか、王宮にまで被害が及びます。どうか落ち着いて……」
私は落ち着いているのだが、ファイが動揺して私の腕を強く掴む。
「わかっているとは思いますが、錬金爆弾もダメですからね」
ファイが慌てた結果、激怒するオーちゃんの興奮が少し冷めた。そのまま私は、時間稼ぎに入る。
「うーん、じゃあとりあえず軽いお仕置きをしよう!」
私は収納から出した雷撃弾を放ち、土下座するステフを昏倒させた。
バチ、ぐえ、ドサドサ。
え、ドサドサ?
目の前で、オーちゃんとファイも倒れていた。ゴメン。
「ルアンナ、こっちの二人も結界で守ってやってよ」
「へっ、そんなの聞いてませんよ」
「うん。言ってないけど、察してよ……」
面倒でも、自分で結界を張るべきだった。どうも私たちのコンビネーションは、上手くいかんな。
それにしても、エルフの大魔法使い三人が不意を突かれればこんなものか。
明日は我が身かもしれないので、気を付けよう。
しかしどうすんだ、これ。ステフだけ眠らせて、一緒に相談しようと思ったのに。
倒れた三人は、その場で気を失っているだけだ。
仕方がない。学園長とファイだけ結界で包んで治癒魔法を使い、先に目覚めるのを待つことにする。
それまでの間に、私は一人静かに思索にふける。
フェワ湖で遭遇したウマシカはユニコーン、いやツノウマではなかった。
シロちゃんと同じキマイラの仲間らしい。小者なので、魔獣というより魔物だね。
あれは、このまま放っておけばいいだろう。
その前に王都の遷都記念祭に起きた魔物の異常については、今も徐々に収束に向かっている。
この世界に存在する魔力というものは、様々な現象を引き起こす。あの魔物の異常発生も、その一つによって起きた事件だ。
そしてこの一件には、人為的なトリガーが特に見当たらない。それが今のところ、冒険者ギルドの見解だった。
ウマシカの一件は私がトリガーだったけど、魔物の異常発生は本当に偶然だったろうか。それが王都の祭りの日に合わせて起きたことが、私は気になる。そこに何か、作為的なものを感じてしまうのだ。
では例えば、聖杯の呪いやセミ巨大化事件はどうだろう。
もう少し遡れば、昨年三人のエルフに起きた連続襲撃事件もそうだ。
これらに共通するのは、事件の背後には明らかに人間が関わっていることである。
これら全てを一本の線に繋げて、暗躍する邪宗の存在を感じ取るのは、いささか早計ではなかろうか。改めて、私はそう感じる。
そもそも邪宗の一つは、私が谷の領地で壊滅させた。
では、その後の出来事は、関連性のない別々の事件なのだろうか?
例えばセミ巨大化事件において、主犯のアリーネ先輩が何のお咎めもなく平然と暮らしていられるのは何故か。
そして、聖杯を王都に持ち込んだ司祭とは、何者なのか。
更に遡って、昨年三人のエルフを次々と襲った襲撃者は、一体誰だったのか?
その謎に迫るべく、私は一つの仮説を元にして行動を起こしてみた。
それが、今回のステフ土下座事件へと発展したのだった。
先ず疑惑その一。実際本当に、兄上は何者かに狙われているのだろうか?
学園へ入学以来、全くその気配がない。
昨年魔術師協会会長のケーヒル伯爵から聞いた情報によると、ウッドゲート家と王家の間に何か密約があるのではないかと疑う貴族がいるらしい。
未だ真実には届かないが、そこにある秘密に近付こうとする試みが繰り返されているという。
しかしステフのような辣腕の諜報員を擁する王宮が、いつまでもそんな事態を放置しておくだろうか?
そう考えると、この春にクラウド殿下と兄上が晴れて同級生として親しく接している時点で、兄上の身が既に安全で問題は解決済み、という事ではなかろうか。
続いて疑惑その二。やけにお粗末だった野外教室での警備体制について。
殿下の警備責任者ステフが関わっているのなら、もっと厳重な警備態勢が敷かれていなければならないし、その後始末も徹底的に行われるべきものだ。
これは、一体何を意味するのか。
ステフが王室を裏切り殿下の命を狙う、ということは考えられない。奴がその気になれば、いつでも可能だろう。
逆に、ステフは殿下を守るために一芝居打ったと考える方が自然だ。そして、まんまと間抜けな小娘が引っかかった。それはきっとアリーネ先輩であるし、私でもある。
ステフの守るべきものと私の守りたいものは近いが、同じではない。
それは、学園長のオーちゃんにも言えることだ。三人の立場は、微妙に違う。
だが私には腹の探り合いのような面倒なことは性に合わないので、力業でぶち壊してやりたいと思った。
そのために、ルアンナと使い魔たちには大いに働いて貰っている。
あ、だからプリセルの二人が暇で、豚になるのか。諜報戦の中では、武力担当の二人の出番はないよなぁ……
でも、迷宮から戻って以来、セルカの目付きが変わっている。プリスカも、以前のように触れると切れそうな殺気を纏っている。
迷宮で死ぬような目に遭ったとはいえ、これ以上君たちは何と闘うつもりなのかね、と私は言いたい。きっと彼女たちは、日々自分自身と闘っているのだろう。
フランシスがいなくなり、確かにあの狂気としか言えない魔法修行は終わった。だが、それに似た狂気が二人を包みつつある。
「もっと強くならなければ」
迷宮で己の未熟さ故に死と向き合ったセルカは、言葉少なに言った。
いや、強くなるのはいいんだけど、君たち私の従者だからね。忘れんなよ。
話が逸れた。
私が思うに、それら事件の背後にステフがいるのではないか、ということだ。
そうして調べてみたら、結果としてステフが目の前で泣きながら土下座をしていた。
どうしようか。困った……
すぐに殺すというのは脅しだけど、後に引けなくなるのも困るよね。
それにこちらの手の内も、できる限りは晒したくないし。
オーちゃんとファイの裏をかき続けるこの怪しげなエルフの目的を確認しておかないと、後々大変なことになりそうである。
えーい、面倒だ。
この場で直接聞いてみるか。
その前に、オーちゃんとファイが目覚めた。
「ごめんね。ステフだけ気絶させようとして、二人を巻き込んじゃったよ」
「いえ、もう大丈夫です」
ファイと室内が無事であることを確認したオーちゃんは、鷹揚に頷いた。
とりあえずステフはそのままにして、一人で考えていた私の周りで起きた事件とステフについての疑惑を、二人に話してみた。
「この部屋に魔道具を仕掛けたのは間違いなくステフでしょうが、それ以外の余罪が気になりますね」
「本当に、この部屋だけなのでしょうか?」
「うん、それも信用してはいけないな」
「しかし、それ以外の事件との関与については推測でしかありません」
「うん。だからこの部屋の盗聴器の責任を追及しつつ、追い込んでみようかな」
「殺す、と脅してですね」
「今更、後には引けないよ」
「お二人がそう思うのであれば、私も協力いたします」
「よし、じゃぁ起こすか」
「お願いします」
そう言ってオーちゃんは、悪そうな顔で笑った。
ステフは目覚めた。
「あんた、本当にこのまま何も言わずに死ぬ気なの?」
いきなり、オーちゃんがぶちかます。
「……」
「ひょっとして、何から話せばいいか迷っているのか?」
「いえ、その……」
「ステフがいなくなっても、この国は何も変わらないよ。別に、私はこの国がどうなっても気にしないけど」
これは、私の本音である。
「ステファニー。この部屋に魔道具を仕掛けた他に、何をしたんだ。そして、あんたは誰のため、何のために働いているんだ?」
この学園長オーちゃんの言葉でステフの震えは止まり、何かを深く考え込んでいるように見えた。
「…………この国は、百五十年に及ぶ平和な時代の中で停滞し、病みながら崩壊への道を歩んでいます」
やっと、ステフが話す気になったようだ。
後編へ続く
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