開花その62 記念撮影 後編



 会長の奢りで美味しい食事にありついた翌日、いつものように授業が終わり、兄上と殿下とエイミーと連れ立って、錬金術研究会へ行った。


 そういえば正式な入会届とか何にも出していないが、いいのだろうか?



「アズベル会長、昨日はごちそうさまでした」

 エイミーは礼儀正しい。


 私もついでに隣で頭を下げる。


「とっても楽しかったです。また誘ってくださいね」

 にっこり笑って、タダ飯をリクエストしておく。


「じゃ今度はアリスの奢りでな」

 あっさりと返された。


「殿下、会長がこんなこと言っていますけど……」

「うん、次もアズベル会長にご馳走になりたいものだ」


「いや、クラウド殿下。そこは次こそ王宮の支払いで、と言って胸をドンと叩くところじゃないのですか?」

 会長も言うじゃないか。



「うむ。残念ながら、国の財務状況は大変厳しいのだ」


「ええっ、ホントですかぁ?」

 つい私は、殿下の顔をマジで覗き込んでしまう。そんなの嘘に決まっている。


 しかし殿下は動揺すらしない。

「ああ、最近では王族以外の貴族と大商人ばかりが潤っているからな」


「じゃ、実家の商会が羽振りの良さそうな、エイミーにお願いしよう」


「え、私?」

 突然会長に振られて絶句するエイミー。でも、儲かっているんでしょ?



「殿下、本当によろしいので?」

 会長は意地悪そうに笑って殿下を見る。


 殿下も苦笑して、両手を上げた。

「いや、降参だ。そうもいかないので、次は私が何とかしよう」


「やったぁ!」


「では、今の一連の実験が上手く成功したら、また皆でやりましょう」

「ああ、それはいい」



 こういうちょっと生臭い話になると、例え冗談交じりでも、貧乏子爵家の嫡男である兄上は困惑の表情を浮かべ終始無言を通している。不憫で泣ける。


 いやホント、何とかならんのか?


 ウッドゲート家は父上よりも、お婆様がとてつもなく厳格な倹約家なのです。きっと、過去に私の知らない苦労が多かったのでしょう。



 その後はいつものように私は簡単な雑用を終えると暇になり、部屋の隅の机で本を読み始めた。


 ふと思い出して、昨日レストランで試しに保管した視覚情報を再現してみた。


 これをやると、再現した情報に没入し、現実の視覚と魔力感知が完全に遮られてしまう。


 それは、次の課題だね。


 先に、室内での食事模様を見た。


 匂いや音声はないが、臨場感のある場面が切り取られていて面白い。


 これをみんなで共有できれば、とても楽しいだろう。そんな風に思いながら、次に何枚か撮った窓からの夜景を再現してみる。



 正面に見えた高い塔は、王都で一番大きな教会であった。ルアンナたち王都にいる精霊の、井戸端会議の場所らしい。


 なるほど、遠くから見ても色々な気配を感じる。


 その中に、気になる魔力を私は見つけた。

 それは精霊ではなく、人間の持つ魔力であった。


 何かが引っかかる。最近どこかで見た。何だっけ?


 そうして首を捻って二時間ほど考えるうちに、やっと思い出した。


 あの聖杯事件で呪われた子爵家に残された、怪しい司祭の魔力の痕跡と一致したのだった。



 人間もエルフもドワーフも獣人も、誰もが精霊を敬うこの世界では、教会は非常に多くの重要な役割を担っている。


 教会は王国から任を受け星片の儀を行い、聖魔法とも呼ばれる光系統魔法の適合者を見つければ、優先的に受け入れる。


 そうして教会は治癒魔法を中心とした市民救済組合のような組織を、王国全土に作っている。これは、あくまでも人間の国での話。


 当然そのトップには王宮が位置し、国を支える大きな事業の一つとなっている。


 そういう意味では社会福祉と信仰とが結びついているように見えるが、私に言わせれば、精霊信仰は宗教とはちょっと違う。


 何しろの世界には本物の精霊があちこちにいて、もはや生態系の一部ともなっている。


 極端に言えば、動物園のパンダに祈りを捧げているようなものだ。それは、推し活にもよく似ている。


 どんなに祈っても、パンダは庶民の願いを叶えない。同様に、精霊も、だ。だからこの世界の精霊への崇拝は、宗教よりも推し活に近いような気がする。



 さて、行方不明の怪しい司祭の気配が、王都の中央教会に現れた。だからと言って、あの事件の裏に教会が絡んでいると考えるのは早計だろう。


 あの事件は王宮の警護部門が追っている筈なのに、その後何の進展も聞かない。


 まあ、あの腹黒エルフのステファニーが私に黙っているだけかもしれないが。一度、つついてみようか?


「とりあえず、ルアンナ。昨日の夜にあの教会で何かあったか知ってる?」


「ああ。昨夜は満月だったので、月の精霊の祈念祭がありました」


「何それ?」


「私を崇め奉る催しですよ、珍しくもありませんが」


「そこの塔に、あの聖杯を王都に持ち込んだ司祭の気配があったんだけど」


「そうですか。昨夜は天気も良く、大勢の人で賑わっていたのでよくわかりませんね」


「そうかぁ……」


 しかしその人物は、今も平気で王都の教会へ出入りしているのだな。これは黙っていていいものだろうか?


 今度の休みには、中央教会を訪ねてみよう。



 ということで、やって来ました中央市場、じゃなくて王都の中央教会。ホントは市場に行きたかったのに……


 ちなみに、エイミーは実家へ戻り商売のお手伝いで、兄上は例によって錬金術の研究であった。殿下の休日の予定までは、知らん。


 では気を取り直して、突撃隣の中央教会!



 休日なので、さすがに人出が多い。


 で、中に一歩入って驚いたのなんのって。


 私の知る教会には、種々雑多な精霊がごった煮状態で祀られている。五歳の時に王宮を脱出して逃げ込んだのも、そういう教会の一つだった。


 だけど、この中央教会には二種類の精霊がメインに祀られていて、他はオマケ扱いだ。


 で、その二種類というのが、太陽と月の精霊だった……


 嘘じゃないよ。



 内部にいる多くの人が、ルーナとアンナを象った二体の木像に向かい、熱心に祈っている。


「ルアンナ。あんた、少しはこの人たちに申し訳ないとか思わないの?」

「いえ、別に」


「何でだよ。あんたこの熱心な祈りを捧げる人たちの悩みを聞いてやろうとか、望みを何か叶えてやろうとか、考えないわけ?」


「いえそれは、姫様の守護精霊となることにより、間接的に世界の平和と幸福に貢献していますので」


「私が叶えるの?」

「そうですよ」


「やめて。それなら私たち、ここで別れましょう」

「え、姫様、今何と?」


「だから、私にはこの大勢の人の祈りを受け入れるようなことはできないから!」


「もう遅いです。私は姫様がこの世を去るまで離れることはできません」


「ええっ?」

「言いませんでしたか?」


「まさか、祝福や加護と呪いは同じ事だって?」


 私は頭が痛くなって、もう不審な司祭など些細なことに思えてしまう。これ以上仔細を調べる気力が、すっかり萎えていた。


 ああ、私はこの世界で一番人気の精霊と、転生前の世界で一番人気の動物だったパンダとの両方を得た幸せ者だ。でも、あまり幸福を感じない。なぜだろう?


 そういえば、国王もルアンナの声を聴いて感極まっていたな。そういうことだったのか。


 こいつは、とんでもない詐欺師だ。精霊による特殊詐欺案件だぞ。



 せっかく来たのだから、気を取り直して塔へ昇ってみた。


 無茶苦茶大勢の人がいて、魔力の痕跡どころではない。


 要するに、東京タワーとかスカイツリーとか、そんな感じなのだ。


 子供が一人で来る場所じゃないよなぁ……


 悔しいので塔を降りて、そのまま一人で市場へ向かう。


 市場も、王都には何か所かある。せっかく行くなら、中央市場だよね。



 札幌の大通公園のような場所に木組みの屋根があり、その下が中央市場である。


 中央と言いつつ、南北に長い道沿いに広がる半露店のショッピングモールであった。


 田舎者の私はその人混みを恐れ、近寄る事さえできずに退散した。


 ここもまた、私のような子供が一人で来る場所ではなかった……


 傷心の私は、人混みを離れて裏路地を歩いていた。



 気が付くと、先日会長に案内された店の近くにいる。


 それならばせめて、あのフィックスという店で昼食を食べて帰ろう。


 私は歩いて店を探し、今度は正面の入口から中に入った。


 私のような子供が一人で来るのは珍しいのだろう。年配の給仕係が私に近付き、小さな声でお一人ですか? と耳元で囁いた。


 私は黙って頷く。


「ではこちらの席へどうぞ」


「ありがとう」


 私のような、見るからに貴族の子女が一人でレストランに入るなどということは極めて異例な事なのだろう。


 給仕は気を利かせて、店の一番奥の目立たぬカウンター席へ案内してくれた。


 こんな席なら、店主の知人の子供が店の隅で食事をしているようにでも見えるかもしれない。



 私は、給仕に手渡されたメニューを開いた。


 しかし、メニューに書かれている料理の名前は知らぬものばかりだった。


「お嬢様。この店は初めてですか?」

「はい」


「では順に、ご説明しましょう」

 親切な給仕係が、メニューの上から順に説明してくれた。


「これは、鳥の卵をミルクの油でふわふわに焼いたもの」

 あ、オムレツだ。


「その下は、炒めたライスをその卵で包んだもの」

 オムライスか。


 ということは、このメニューは普通の西洋料理ではなく、日本式の洋食ということになる。どうりであの食事会の料理は珍しく、懐かしい味であった。


 他にもトンカツやポテトコロッケ、ハンバーグにポークジンジャーなど、庶民的な洋食のメニューが並んでいて驚いた。


 カレーライスはなかったけれど、ハヤシライスはあった。



 私はハンバーグライスを食べて、泣きそうになった。


「ありがとう。とても美味しかった。また来ます」


「では、いつでもあの席を空けて、お待ちしております」


 この給仕は、もしかしたら会長や殿下と一緒にいた私の顔を覚えていたのかもしれないと気付いた。


 でもそれ以上話していると、本当に泣いてしまいそうだった。


 私は幸せな気分で、学園へ帰った。残念なのは、この喜びを分かち合える人が誰もいないことだけである。


 でも、また行こう。王都で暮らす日々の楽しみが、一つ増えた。


 私はハンバーグライスとフィックスの店内とメニューの映像を記念に撮影し、魔法収納へ大切に保管している。


 部屋に戻ってそれを見るのも、また一つの楽しみだ。



 ルンルンと部屋に戻り、私は思いついて、先日の食事会の映像をチェックしてみた。


 騒ぐ研究会のメンバーの端に、空いた皿を片付けるあの年配の給仕係が映っているのを見つけて、私は嬉しくなった。



 終




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