開花その62 記念撮影 前編



 私の魔力は富士の麓に湧き出る泉のごとく溢れ出て、尽きることを知らない。


 あ、そうそう。泉といえば、山から下りて数日ぶりに入る新穂高温泉は、実にいい湯だったなぁ……美肌の湯として有名なだけあった。


 この世界にも温泉はあるが、その湯の効能までは不明だった。誰かが鑑定をしてくれないものか。きっとここでは、誰もそんなことを求めちゃいないんだろうなぁ。



 さて、源泉かけ流しである私の魔力を有効活用する手段として錬金術というものに期待を寄せたのだが、どうも私の想像していたものとは少し違った。


 セルカはパーセルで暮らしていた頃、錬金用の魔道具を使い簡単な薬を作っていたという。そのセルカに断言されたのだが、私が何かの拍子に作り出す謎金属やスプ石のような謎道具は、錬金術とは完全に別物らしい。


 そして今、学園で実際に錬金術に接してみると、セルちゃんプリちゃんの忠告通り、錬金術というのはとても私の手に負えるような代物ではないことが判明した。


 成果が無かったわけではないが、私のようにガサツな者が積極的にアプロ-チをするには、錬金術のハードルは遥かに高く、デリケートで危険すぎた。


 今の私は錬金術研究会の会員というよりは、役に立たない愛玩動物ペットに近い扱いなのだが、邪魔にされない分だけマシということだ。


 研究は、優秀な他の会員たちに任せておけばよい。



 で、私は考えた。

 師匠はよく言っていた。魔法とは魔力を介したイメージの具現化である、と。


 それならば、私が見ているこの映像をイメージとして定着する魔法があっても良いのではないか。


 目で見た画像をそのまま立体或いは平面で再現する、という魔法はない。幻影魔法とか、一時的に複数の人間同士で視覚を共有する魔法はあるらしいが、正確なイメージの保存ができるものではない。


 例えば先日私が変身したフランシス師匠の姿はさながら悪魔のようだった、とプリセルが声を揃えて言っていた。それは、私の主観が師匠を悪鬼のごとく捉えているからだろう。


 当然だ、それが師匠の真の姿である。


 という具合に、正確に姿を真似る、というのも意外と難しいのだ。


 だがしかし、私には魔法収納という美味しい裏技がある。おお、オッティモー!


 だから魔法により画像を定着すれば、収納魔法で保管できるのではないだろうか。


 つまり、魔法による写真の誕生である。

 いや、これから誕生する予定なんだけどね。たぶん。


 保管した画像を紙などに焼き付けることができれば、少なくともモノクロ写真なら再現可能だろう。


 何だか面白そうだ。



 視覚イメージを画像化する。

 普通なら魔道具の開発が妥当な考え方だが、それがこの世に無いということは、きっと難しいのだろう。要するに、カメラだよね。


 だが、魔力により強化された視覚なら、イメージ化することが可能ではないか?

 で、色々試してみた。


 そんな事を、いつやっているのかって?

 そりゃ放課後の錬金術研究会で、ですよ。


 基本的に私は時々頼まれる雑用以外は放置されている。部屋では様々な資料を見られるし、常時結界があるので多少の事なら外には漏れない。何かと便利なのだ。


 最初は、漫然と目前の景色を見ているだけではその視覚情報をどうにかできる気が全くしなかった。いきなり挫折したのだ。


 やはり、魔力を伴う視覚情報でなければダメなのか?


 では、魔力により増強された視力をそのまま魔法収納へと保管できないだろうか?

 何度かトライしていたら、できちゃった。私って天才。


 これは、両目の視野全体を一瞬だけ切り取って魔法収納に保存する技だ。


 保存した視覚情報は魔力による強化がかかっているせいなのか、取り出してみると視野全体に焦点を動かせる。普通に景色を見ているようで、便利だ。


 これは視覚情報というよりも実際には魔力感知のようなもので、完全に目で見ているだけの情報ではないのかもしれない。


 そう考えると、保管する情報を視覚だけに留める理由もない。


 魔力感知による魔力情報と強化した視覚情報を重ねたものが保存できないか?


 などと遊んでいると、放課後の時間はあっという間に終わる。



「アリスは何をしているのかな?」


 三年のアルフレッド先輩が、ぼーっとしている私に後ろから声をかけた。


 この人は私の養父であるリッケン侯爵とも親しいムライン公爵家の次男で、王都の祭りの際にはちゃんと式典に参加していた。


 会長の家で仮病を使って遊んでいた会員とはちょっと違う、しっかりとした人物だ。



「あ、何かお手伝いしましょうか?」

「いや、いいんだ。今日はもう帰る時間だよ」


「先輩は、帰らないんですか?」

「うん。一年生は早く帰さないといけない決まりなんだ」


「先輩たちはまだ帰らないんですね」

「ああ。今作っている音声伝送装置の実験をもう少しやりたくてね……」


「ほどほどにしてくださいよ」

「はは、それは会長に言ってよ」


「俺に、何か用か?」


 その後ろに、会長がいた。



「会長も、たまには早く引き上げてくださいね。他の会員が帰れませんから」

 私は、まだ目をギラギラさせている会長を見上げる。


「そうだな。じゃ今日はみんなで食事に行くか」


「え、どこへ?」

「いい店がある」


「ああ、一年生はまだ行っていないか」


「殿下は大丈夫?」

 私は、気楽にクラウド王子へ声をかけた。


 さすがの会長も、これにはちょっと引いていた。



「ああ、ちょっと警護の者に声をかけておく」


「どうせこの会話もステファニーが盗み聞ぎしてるんでしょ、大丈夫よ」

 あ、つい口が滑ってしまった。


「ん、アリスはステファニーと知り合いなのか?」

 すかさず、殿下の突っ込みが入った。


「うん、ちょっと野外教室の後でね」

「ああ、そうか」


 あの騒ぎの後で私が警備責任者から事情聴取を受けていても、不思議ではなかろう。まぁ半分は事実だし。



「そういえばアリスは入学式の後、食堂で学園長と一緒に食事をしていたよね」


 そうだ。あの時オーちゃんに化けたステファニーと一緒にぎこちない食事をしたのが、このアルフレッド先輩だった。


 いやだから、先輩もあのダークエルフと一緒に食事をした仲じゃないですか……とは言えないけど。


「ほう。さすが、アリスは大物だな」


 なるほどそうか、とうなずいて変に納得するクラウド殿下であった。


 いや、そこで簡単に納得するなよ。



「しかし、この部屋の中を監視することは私がきつく禁じている。外で待つ護衛には、先に話しておこう。ブランドンとエイミーも一緒に行くね?」


「もちろんです」

「はい」


 そうして殿下が確認を取ると、会長が残っている全員に伝えた。


「今日の作業は終いにして、フィックスで食事会だ。用のない者は全員集合!」

 部屋の中に歓声が上がった。



 初夏の夕方、まだ明るい時間だった。学園の正門前に停まった二台の大型馬車に、私たちは乗り込んだ。


 おお、さすがは王都の貴族様だ。私のような田舎貴族には縁が無いので、きっと兄上も緊張しているだろうと思って見ると、普通に殿下と談笑していた。


 やはり貧乏子爵家でも、嫡男は違うな。頼もしい。


 私が父上と共に王都へ向かった馬車は、こんなにきらびやかじゃなかった。

 あ、リッケン侯爵家の馬車は、とても立派でしたよ。



 馬車に乗るほどの距離でもないが、殿下を歩かせるわけにもいかないのだろう。


 フィックスというレストランは小ぎれいな隠れ家的な店で、常に奥の一部屋を会長のファンテ侯爵家のために空けているらしい。


 色々と、政治的な利用も考えての事なのだろう。


 あ、そうか。今日は殿下が一緒なので、本当に政治的な用途なのかもしれない。

 さすがに、上位貴族は違う。


 あの会長が、そこまで考えているとは思えないが。



 十五歳になればお酒も飲めるこの国だが、殿下が一緒なので今日は飲まないらしい。あの祝祭の日には流行り病で隔離された生徒が飲んで騒いで悪酔いして、大変だったのだけど。


 馬車は店の前を素通りして一本奥の通りに入り、密やかに佇む立派な門構えの家に乗り入れ、その先に建つ古い屋敷の前で停まった。


 馬車を降りると屋敷には目もくれず、広い車寄せから奥の庭へと続く石畳を歩いて辿り、高い石垣の奥に見えた建物が、実は先ほどの店の裏口だった。


 裏口から直接通された二階にある部屋の窓からは、通り抜けて来た邸宅の美しい庭を見下ろせる。しかも、通りからは巧妙に隠れて見えないように配置されていた。


 あの屋敷もきっと、ファンテ侯爵家にゆかりのある家なのだろう。



 そこで供された食事は信じられないほどの美味しさで、驚いた。


 この世界でも、これほどに洗練された料理があったとは。確かにリッケン侯爵の家でも専属の料理人が毎日腕を振るっている。


 しかしこの店の料理は、どこか根本的なレベルが異なるように思える。


 それは私の前世で食べていたレストランを思い出させる、懐かしい味であった。


「やはり、フィックスの料理は一味違うな」

「さすが、ここの主人は元宮廷料理人の血を引くだけある」

「他では味わえないのは何故なんだろう?」

「会長の家がこの味を独占しているんですか? ずるいです」


 聞けば聞くほど、私と同じ転生者の匂いがする。


「今の宮廷料理人に勝るとも劣らぬこの味は、素晴らしいとしか言いようがないな」

 殿下も絶賛の料理であった。



「会長、この料理はいつでもこの店で食べられるのでしょうか?」

 私はアズベル会長に小さな声で尋ねた。


「いや、これは店で出すメニューとは別の、特別コースだ。店ではもっとリーズナブルな価格で提供しているので、そちらもお勧めだよ」


 そうだろうな。店の外観は高級料理店には見えない。ちょっと気の利いた街の定食屋といった風情だった。


 私は痩せた子供で一度に多くを食べられないので、こっそりと料理を魔法収納に入れて持ち帰る事にした。



 腹が満ちると、私は窓の外が気になり席を立って窓際へ向かう。


 陽が暮れると王都といえども、すっかり暗くなる。街灯が無いので、東京のような不夜城とはまるで違う。


 ただ建物には魔道具による灯がそれなりに点灯しているので、遠くに見える街の明かりが美しい。


 今夜は満月で、ひと際高い塔が黒く夜空に浮かんでいる。塔の窓から漏れる黄色い光が、空に向かって列を作って宙に並んでいた。


 私はその光景に心打たれて映像を残したいと願い、最近試していた魔力写真を何枚か撮影して保存してみた。


 今日という日のいい記念になるかな、との軽い考えでその後もぼんやりと外を眺めていた。



「アリス、デザートが来たぞ」

 窓際で放心していた私に、兄上が声をかけてくれた。


 私は席に戻ろうとして、部屋の中の光景も何枚か撮影し保管してみた。楽しいスナップショットである。



 そんな気楽な記念撮影だったが、翌日その写真を見て驚くことになろうとは。



 後編に続く





  

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