開花その61 総合対人訓練
メイとハースは獣人なので、適性は魔法よりも肉体派寄りだ。魔法も使うが最上位の組に選ばれるほど得意ではない。
おかげで、魔法の授業は静かに受けられる。
と思っていたら、合同授業というのがあった。
魔法と同様に武術の基礎授業もランク別の組分けがあり、そちらではメイとハースは最上位にいた。
殿下と兄上は、武術でも最上位を維持している。私はその仲間には加われず、脱落した。
私はエイミーと共に、武術では最下位の組に位置する。
私も武装メイドどもから剣術を習っているが、魔法による身体強化が無ければあの重い木剣すら持てず、技も力もない。
プリスカはともかく今ではセルカですら、魔法の強化なく平気であの木剣を振り回す。恐ろしくも異常な世界だ。
学園では身体強化や結界、障壁、武器強化などの魔法は武術の範囲として使用が許されていた。
しかし私がその方面でうっかり魔法を使うと、プリスカ以上の殺戮マシンに仕上がってしまう。その状態は、迷宮で強力な魔物と闘う時くらいしか出番がない。
うっかり級友や先生を殴り倒したり模擬刀で切り刻んだりしたら、学園にはいられないからね。私だって弓を使えばそれなりの腕前なのだけど、防御を貫通しそうで怖くて使えない。
魔法が絡めば、私は常に加減のできない
だからルアンナの結界で痛くないように守ってもらいつつ、へっぴり腰で当たらぬ剣を振るうのが私には似合っている。
だって私は今や世間知らずの箱入り娘、侯爵家の令嬢なのですもの。
そうして武術の授業はエイミーや他のご令嬢たちと一緒に、キャーキャー騒ぎながら楽しく過ごしていた。ですのよ。
ところが、である。
「来週からは、魔法と武術を合わせた総合対人訓練が始まります。一年生全員が一堂に会して模擬戦を行いその能力を競い高め合うので、どうかお楽しみに」
と先生が次週の不穏な予告をして、楽しかった授業を締めくくった。
一番可哀そうなのは、魔法や武術以外の座学を専門にする一部の生徒たちだ。歴史や政治経済、薬学や魔道具学などの非戦闘系の分野に秀でた生徒である。
まあ、そういった非戦闘員系で座学専門の生徒は一目でわかるので、先生も無理はさせない。
でも私やエイミーのように、変に魔法系統の才能を持つと、悲惨だ。あのしょぼい杖一本で、武器防具を装備する野蛮な戦闘狂と闘え、というのだから。
実際、戦闘経験などまるでないエイミーのようなお嬢様は、既に怯えまくっている。
「わたし、怪我をしないうちに降参しますよー!」
「もう考えただけで膝が震えて、きっと腰が抜けちゃいますよぅ」
「どうしても、あの筋肉の塊とやり合わねばならないのですか?」
「人間同士で争うなど、なんて野蛮な行為でしょう。ああ怖い、無理です!」
「わたくしが魔法を放てば、相手の手足が吹き飛び肉団子になってしまいますわ。ああ、恐ろしい。肉団子は好物ですが、人の血を見るのは好みませんの」
私の見解だけが、他のお嬢様とはだいぶ違う……。
でも最弱の水魔法弾でも防御魔法ごと標的を粉砕する私の魔法を、そのまま対人戦に使用してもいいのだろうか?
先生は一体、何を考えているのでしょう?
そんな私の不安に気付いたのか、均整の取れた黒ヒョウのように美しい肉体を持つ武術の先生が、私を名指しして呼び出した。
「アリス。試しに風魔法を私に撃ってみろ」
「いいんですか?」
遠慮がちに私は先生を見る。確かに魔力による結界は充分に見えた。
「では行きます」
私は全ての標的を一撃で粉砕した風魔法弾を放った。
荒れ狂う風の刃が渦を巻き先生の体を包む。
だが、先生の防御魔法は衝撃に揺らめくこともなく、これを
おお、これなら大丈夫そうだ。
「では次に、物理ダメージに対する防御を」
指名されたハースが手にした剣で、別の先生を全力で連打する。これもすべてが防御魔法によって弾かれた。
「魔法による防御結界は、この魔道具により発動します。授業中には、必ず着用するように」
三人の武術の先生が、首輪のような魔道具を集まった一年生全員に配布した。大体五十名ちょっといる。
「魔道具の受けたダメージが一定量を超えると、着用者を守るために防御結界が半径二メートルほどに広がります。その時点で、着用者の負けとなります」
「練習後に行う模擬戦闘の前には、先生が防御魔法を込めた新品と交換するように」
なるほど。
私の風魔法やハースの渾身の斬撃を受けても耐えた魔道具は、かなりの高い防御力を備えている。
魔道具に防御魔法をチャージすると、魔道具の能力分だけ防御魔法が働く。
そういう道具のようだ。魔法を使えない戦士にとっては、実戦でも貴重なアイテムになるのだろう。
さて、私はこんな試合などさっさと負けて、気楽に見物したいところだ。
一度全ての生徒が魔道具の結界を限界まで試した後、中央で一対一の模擬戦を行う。
こうして一年生が一堂に会するのも久しぶりで、しかも模擬戦は嫌でも注目を集める。
「安全を考え、魔道具の防御許容量を最大値の五分の一に設定しています。つまり結界の五分の一を削られた時点で、負けとなります」
ランダムに呼ばれた二人が前に出て、模擬戦闘を行う。ただ意図的に魔法クラスの上位者と武術クラスの上位者が当てられているようだ。
私はどうなのだろうと思っていたら、突然兄上と殿下の試合が始まった。
二人とも魔法と武術の上位組なので、事実上の最強決定戦かもしれない。
二人の実力は拮抗しているように見えるが、幼い頃より魔物と闘っていた兄上の実戦経験が上回る。
流れるような魔法と剣術の連携で兄上が途中から圧倒し、殿下の防御を打ち破った。
おお、手加減無しか。いいな、男の友情は単純で。
女相手だと、後が大変だぞ。爽やかに笑っていても、負ければ私だったら根に持つ。フランシス仕込みの陰湿な魔法で次回は恥をかかせてやる、などと思うに決まっている。
土魔法で掘った穴に落として首だけ出して埋めてしまえば、防御魔法なんて関係ない。泣いて降参するまで、ひたすら言葉攻めだ。
ホント、師匠は厳しかった。罵詈雑言は精神攻撃という立派な攻撃手段だ、と本気で言っていたからな。シオネは無事だろうか?
いや違う、私は勝ってはいけないのだった。
ついに、私の順番が来てしまった。
相手は長槍を構えた、オークのような大柄の力自慢である。
私も上位魔法組なので、相手は上位武術組なのだろう。
仕方ない、適当に水魔法でも使っておくか。
私は魔法弾ではなく生活魔法の素から小さな水を出して、相手に向けた。
私の作った小さな水は直径三十センチの水玉となって浮遊し、相手が突き出した槍を伝って腕にまとわりついて遡り、遂にオーク少年の顔に貼りつくとスライムのように広がって、顔全体を水の膜で包み込んだ。
魔法的にも物理的にも衝撃は皆無で、魔法防御は働いていない。ただ立ったまま水を吸い込み、物理的に溺れているだけだ。
みるみるうちに少年は窒息して顔が紫色になり、槍を放り出して喉を掻きむしりながら昏倒した。
試合開始から、僅か十数秒の出来事である。
あんなゆっくり動く水玉なんだから、ちゃんと避けろよな。魔法使いを舐め過ぎなんだよ。
あ、ヤバい。勝ってしまった。
上位魔法組の大歓声が沸き上がり、肉体派の連中は蒼ざめて沈黙している。
先生も青い顔で、倒れた少年に必死で回復魔法を使っていた。
いや、これくらいで死なないよね?
さすがに、これ以上弱い魔法は少ないぞ。
幸いすぐに少年が水を吹き出し意識を取り戻したので、上半身を起こした相手と仲良く握手をして試合を終えた。
爽やかな笑顔で手を握ったのだが、オーク少年はまるで妖怪でも見るような怯えた目で私を見上げていたので、少し傷付いた。
兄上と殿下のような美しい友情は、私たち二人には芽生えそうにない。何故だ?
その後私の戦法は魔法組の人気を博して連戦連勝、と言いたいところなのだけど、他の魔法使いが作る水玉は武器の一振りで弾けて散ってしまい、何の役にも立たなかった。
何が違うんでしょうかねぇ?
私は一周回って二度目の対戦で、今度は同じ魔法上位組の生徒と当たった。というか、当てられた。
彼はクラウド殿下と同じ火と土の属性に秀でて、しかも剣術の方も中々に達者だ。
私の使う水と風属性には真っ向から対立する属性で、互いに相性は悪い。
こんな挑発的な事をされてその気になり、間違って相手に怪我でもさせたら大変だ。そこで私は、今度は何もしないことにした。
私はなるべく大きな剣を選び、それを構えて相手を睨む。
相手は挑発されて私に得意な魔法を撃ち込み、同時に飛び込んで剣を突いてから即座に斬り下ろす。見事なコンビネーション攻撃だった。
派手な衝突で防御魔法が働き、更に一度引いてから追い打ちの連続魔法攻撃が私を襲う。
負ける気で全部受けているのだから、そこまで激しくやらなくてもいいのに。
気が付けば、私は何のダメージもなく立っていて、相手は魔力切れで地面に膝をついて、肩で息をしている。
(え、まさか。ルアンナが結界で守ってくれた?)
(当然です!)
(なんでだよ!)
(ふん。あんな玩具のごとき魔道具より、我の結界の方が遥かに姫様の役に立つことを証明しておかねばと思いまして)
うううっ、余計な事を……
相手は勝手に力尽きて戦闘不能で、私は不可解なノーダメージで勝利してしまった。
これぞ精霊の加護。いや、精霊の過誤か。
再び上がる、大歓声。先生は大慌てで私の使った魔道具を外して、点検している。
いや、その魔道具、今回はまるで動作していませんから……
説明を求められても困る。困るぞ~というオーラを全身で放ち、私はこそこそとエイミーの背後に隠れた。背中に頭を付けて、エイミーの胸を前に突き出す。
どうだ、この迫力あるエイミーブレストアーマーは破れまい!
「ちょっと、アリス。止めて!」
周囲の男子がエイミーの胸の破壊力に押されて、後ずさる。でも、目は釘付けだ。
これは、後でかなり怒られるな。
しかし、背に腹は代えられない。私の顔は、エイミーの胸に代えてみた。どうだ!
次の模擬戦が始まったので、とりあえず手を放して素直にエイミーに叱られた。
真っ赤な顔で怒るエイミーは、なかなか可愛い。
そんな事を考えてへらへらしていたら、思いっきり頬をつねられた。痛い。
「こうしていると、アリスの防御力はゼロなんだけどねぇ」
「どれどれ」
殿下と兄上が、両側から頬をつねって引っ張る。
「オレも」
「わたしも」
何故か集まってきた級友が、交代で私の頬を引っ張る。
特に、本来一番目立つような大活躍をしていたメイとハースが、力いっぱい両側から引っ張りやがった。
涙目になった私は、最後に模擬戦で負かした二人の男子から頬をつねられたが、何も文句は言えず、引きつった笑顔を浮かべるだけだった。えへへ。
何なのだ、これは。理不尽な仕打ちだと思ったが、本日一番理不尽だったのは私自身なので、ここはぐっと涙を堪えて我慢した。
そうしていれば、誰もが詳しく説明しろなどと無粋なことは言わず、私を珍獣のように扱うだけで、肩をすくめて背中を見せるのだった。
オーちゃんは、本当にいい学園を作ったな。
終
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