番外5 セルカの災厄 後編



「さあ先生、金玉を狩りましょう!」


 朗らかに叫ぶセルカだが元気なのは声だけで、残る魔力は少ない。


「私がやるしかないか……セルカ、例の魔道具で結界を作れ。まだ魔剣に魔力は残っているな?」


「はい」

「じゃ、ちょっと行って来る」


 プリスカは、金の光を放つスケルトンの大将を目指して走り出す。


 アンデッドには、プリスカの得意な火炎系の魔法は有効だ。だがスケルトンの群れは一度破壊されても復活する。


 骨まで焼き尽くす高温の大火炎か、聖職者の使う聖魔法でなければ消滅できない。

 動きは遅いが、剣や盾を持っているのも厄介である。


 だがそんなことは言っていられない。とにかく薙ぎ払い、金の光を目指す。


 そしてあと一歩で金の光に到達しようという時に、後方で絶望的な叫び声がした。



「ああっ、皿が割れた。やっぱり不良品だったのね!」


 そして、骨が砕ける激しい音がプリスカの後方から迫る。


(何だ、新たな魔物か?)

 それは、背後からプリスカへ襲い掛かろうとするスケルトンを、剣で力任せに打ち砕くセルカの雄姿であった。


「後ろは任せたぞ!」


「はい。金玉は任せました!」

「それは、もういい」


 二人の奮闘によりスケルトンの大将は討伐され、広間を埋め尽くした骨は悉く消えた。


「ほら先生、ハーレムが消えました!」


 ドヤ顔のセルカに、そうだね、とプリスカは心の中で呟く。


 これで生き延びたのなら、何でもよかった。


 残るは背中に咲いた花から有毒の花粉を撒き散らす、大きなナメクジである。


 接近したくないので、プリスカが剣から炎を飛ばして殲滅する。


 そうして二人は安全地帯へ向かう通路へ、どうにか辿り着いた。



「もう少しだ。この先にマップの安全地帯がある」


「ありますかね?」

「ああ。ネリンを信じて進もう」


 魔物が出現したメイン通路から左の脇道へ入ると、狭く暗いトンネルになった。

 足元だけを魔道具のランタンで照らし、ゆっくり進む。


 その狭い通路が右に曲がる場所の岩陰に人がやっと通れる割れ目があり、その中が安全地帯、と呼ばれる部屋だった。


 その割れ目は引き戸のように中の岩を転がすと、完全に塞がれる。


 床には予備として使える武具が転がり、隅の鋼鉄の箱にはポーションや非常食がデポされていた。


 手持ちの武器や食料はまだ充分残っていて、デポに手を付ける必要はない。だがこの場所がこうして良い状態で保存されているという事実には、心が落ち着く。



 とりあえずここで休息を取り、少しでも回復を図る。

 相変わらず、他の冒険者の姿はなかった。


「この状況だと洞窟から魔物が溢れ、ギルドが立ち入り制限をしているかもしれない」

 プリスカの言葉にセルカは慄然とする。


「まさか、救助は望めないとか……」


「昨夜隠れている間に、大量の魔物が上層へ向かった可能性が高い」

「ああ、だから後ろから襲われたのですか……」


「すまない。あのまま無理してでも帰投すべきだった……」

「でも、ネリンが……」


「あいつはどこかの森へ遠征中だ。私たちがこの洞窟にいることは、他に誰も知らない」

「つまり、自力で脱出するしかないと」


「この部屋で救援を待つという手もあるが」

「ここもいつまで安全か、判りませんよね」


「とにかく休んで、魔力と体力を回復させよう」

「はい」



 一夜明け、休暇三日目。


「さすがに今日戻らなければ、捜索隊が出ますよね?」


「できれば、それは避けたいな……」

 プリスカが考え込んでいる。


 アリソンが下手に動けば、二次災害の方が怖い。

 過去の出来事を思い出すだけで、ゾッとする。


「いや、まだそこまでは追い込まれていないぞ」


 昨日遭遇した魔物の状況を考えると、二人で突破を図れば二層の避難通路までは行けそうだ。


 問題は、セルカの状態だ。


 二層の天井に空いた小穴へ向かい、険しい岩の間を登らねばならない。要所には足場や鎖が取り付けられ、体力が残った冒険者であれば何の問題もない。


 だが魔物に追われて疲弊した状況では、どうだろうか?


「昨日の金玉が復活していたりしないですよね?」

「いや、もうそれはいいから!」


(昨日から壊れっぱなしだな、こいつは)



 プリスカは洞窟の案内図を広げて、セルカに見せる。


 最短のルートを指で辿り、二層の避難通路を目指す。

 最初の難所は、スケルトンに囲まれた四層の大広間。ここは、囲まれる前に駆け抜けるしかない。


 次は三層の長い回廊部分。狭い亀裂のような道が続き、天井部分は遥か高い。最悪の場合、この天井をぶち抜けば地表へ出られる可能性がある。だがそれには高い壁面をよじ登らねばならず、実用的とは言えない。


 この狭い廊下に魔物がびっしりいれば、通過に時間がかかりそうだ。


 最後の難所は、二層の避難通路の登りだ。


 恐らくそこへ到達できたとしても、かなり消耗しているだろう。避難経路を登る分の体力を残しておかねばならない。


 勿論そこから先を歩いて正規の入口へ戻れるのなら、それに越したことはないが。


 運が良ければ、途中で他の冒険者と合流できるかもしれない。



「わかりました。多少は魔力も回復していますし、身体強化で駆け抜けます」


「よし、では遅れずに付いて来いよ」


 まだ余裕のある自分が、どこまで道を切り開けるか。セルカの今の状態を考えると、それが全ての鍵を握る。


 二人は狭い通路を出て、昨日死闘を演じた大広間へ向かう。


 そこは既に多くの魔物が徘徊する、王宮前広場のような場所になっている。


 しかも、昨日砕いた骨が次々と組み上がり、新たなスケルトンが復活しつつあった。


「急いで中央突破と行くぞ!」

 プリスカは剣を構えて走り出す。セルカも必死でその後を追った。


 だが大広間の中央には、昨日には無かった物体がある。それは太い茎を延ばした一輪の花。巨大な人食い植物である。


 花の周囲を守るように、歩く樹木が周回している。


 プリスカはそれを避けるように、手薄な右側へと進路を変える。


 散らばった骨を踏みしだき走る二人に、近くの魔物が集まる。それを剣で斬りながら走る。

 しかし、魔物の集まりが早い。



「先生、切り札を出します!」

 セルカが叫ぶと、太い金属の筒を出した。


「まさか、それも錬金術の?」


「いいえ。これは姫様が作った魔道具です」


 振り返ったプリスカが、露骨に嫌そうな顔をする。


「とにかく、やってみます!」


 セルカはアリソンに教わった通りに据付脚を地面に固定し、筒先を中央の巨大花に向ける。そして、筒から伸びる導火線に着火した。


 導火線を炎が走り、筒の中へと消える。

 だが、何も起こらない。


「あれ?」


 セルカは恐る恐る手を延ばし筒の基部を掴んで、軽く振ってみた。アリソンからは動かない時は遠慮なく叩け、そして絶対に筒先を覗き込むな、と言われている。


 振った途端にズドンと腹に響く発射音がして、セルカは悲鳴を上げて尻もちをつく。

 筒先からは、確かに何かが発射された。


 しかしその弾道は狙いを大きく外れ、広間の天井へと吸い込まれて行く。


 天井の中心部で大音響と共に爆発が起き、崩れた岩盤が落下する。


「先生、これを!」

 セルカが手渡したのは、小皿だった。


「これは壊れたのでは?」

「いえ、五枚セットの木箱入りでしたから」


「とにかく結界を張るぞ!」

「お願い、壊れないで!」


 二人が一枚ずつ皿を取り、二重の結界が張られた。


 破壊された天井から落下する砕けた岩が周囲を埋め尽くし、今度こそ死を覚悟した。


 しかしどうにか結界はそれに耐え、二人は結界ごと岩に埋もれていた。



 土煙が晴れると、周囲は静かだ。岩が崩れぬよう慎重に二重の結界を解き、周囲に積み上がった岩をよじ登り、広間を見渡す。


 広間の中央付近には小山のように岩が積み上がり、そこにいた魔物は跡形もない。高い天井を見上げると、きれいな青空が見えた。


 だが、広間の壁面に開いた横穴からは、まだアンデッドの群れが続々と入って来る。


「囲まれて逃げられない状況は、何も変わりませんね」


「ああ。この騒動で、余計に多くの魔物が集まっているような気がする」


 事態は、更に悪化している。


 幸い空を飛ぶ魔物は見えないので、ここまで来るのにはもう少し時間がかかるだろう。


「もう一度結界を張り、隠れるか?」

 プリスカは、絶望的な気分で言った。



 その時、天井に空いた穴から何かが落ちて来た。


 それは猛烈な速度で広間の中に入り、空中で静止する。


「あれはまさか、フランシス師匠?」


「え?」

 呆然と、プリスカがそれを見上げる。


 空中でフランシスが杖を振ると、周囲は金色の光に包まれた。


「これは、聖魔法……」

 プリスカが呟く。


 広間を覆っていた光が消えると、アンデッドの群れも消えていた。


「姫様ですね。どうしてここへ……」


「迷宮の天井が開いて、私の魔力感知にやっと二人が引っかかったの」


「どうしてフランシスに?」

「これなら誰かに見られても、私だとは思わないでしょ?」


 アリソンの変化したフランシスは、悪鬼のごとき恐ろしい表情を変えない。


 そうか。姫様が心に思い描くフランシスは、こんな凶悪な面構えをしていたのか。姫様は毎日、どれだけ酷い目に遭わされていたのだろう。


 プリスカは、不憫さに目頭が熱くなる。


「ほら、二人ともこれを飲んで」

 それは豆粒大の小石のようなものだった。


「こ、これはまさか、完全回復薬ですか?」


「そう。結局誰も飲まないからさ、丁度いい人体実験だよ」


「「……」」


 最早逃げられないと悟った二人は、黙って丸薬を呑み込んだ。


「どう?」


「怪我も魔力も体力も気力も、全回復です!」

 セルカは目を丸くしている。


「副作用はないですよね?」


「さあ。それも実験のうちだから、あとで教えて。じゃ、私は帰るよ」

 そう言って、フランシスは飛び去った。



「あれ、プリスカじゃない。こんなところで何してるの?」


 振り返ると、横穴からまだ次々に出て来る魔物を追って、王都の冒険者たちがぞろぞろと現れた。


「ここは、洞窟迷宮の四層ですよ」


「えっ、なんか見たような洞窟だと思ったのよね。あの森からここまで、地下で繋がってしまったのか」


 どうやら、ネリンたちが探索していた森の地下からこの迷宮までが繋がり、互いに魔物が入り混じったらしい。


 それが、この洞窟で起きた異常の原因だったのだろう。


「もう、来るのが遅いですよ、ネリンさーん」

 セルカが、岩の上で泣き崩れる。



 ああ、自分はまたしても何もできず、姫様に救われてしまった……

 自らの無力感に、セルカの涙は止まらない。


 それでも、自分が先生と共にこの場所にいられる幸運には、深く感謝している。

 ああ、明日からはもっと厳しい修行を積もう。


 セルカは、震える拳に力を入れた。


「泣くな。セルカはよくやったよ」

 プリスカが、震えるセルカの肩に優しく手を置く。


 セルカはその手の温もりを感じ、全身を震わせながら思った。


「この体が震えているのは、あの変な薬の副作用じゃないですよね?」



 終




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